理想
暑い日が続き、未だに秋に空を明け渡さない夏だったが、次第に雨の日が続き、そのたびに徐々に秋へと近づき始めた。蝉たちの歌声も蛙の合唱に負けるようになり、しとしと雨に情緒が滲む。
この雨のお陰でゴミ拾いは中止せざるを得ない日が続き、我がハンターギルドは苦しい状況になっていた。
「おい。ハンターを集めるって話、どうなってんだ?」
「現在策案中です」
本日は朝から雨が降り、ゴミ拾いは中止となっていた。その為今日は通常営業でリリアと調合作業に入っていた。
「策案たって、かなり難しいんじゃないのか?」
リリア達が今考えている作戦は、先ずはハンターを集め、そこから出来るだけ高難度のクエストをしてもらうというものだろうが、元ハンターの俺から言わせてもらえば、それはほぼ無理な話だ。
ハンターは、あそこは報酬が良いとかサービスが良いとか言うが、なんだかんだ言っても拠点を動きたがらない。その理由は、住み慣れた自宅があるからだ。これはどの職業にも言える事だが、職場と自宅は近い方が良いし、職種が変わらないのであればわざわざ引っ越しする必要も無い。
ミサキやアドラ達のように余程の理由がある者か、武者修行中のハンターでなければ、新たにハンターを集うとなれば街づくりレベルでの政策が必要だ。
「はい。色々なサービスや勧誘は前回もしましたが、どれも失敗しました。そこで今考えているのは、どうにかして町を味方に付けようかと考えています」
この子ヤバいわ。そのうち裏取引しようとか言い出すんじゃねぇの?
「ですが、ニルを何度役場に行かせても門前払いを喰らい、泣きながら帰ってきてしまう結果に行き着くため、どう攻略するかで悩んでいます」
どこを悩んでんの!? そこまで分かってんならその作戦駄目なの分かるでしょ? なのにどうしてこだわるの! ニルを育てる為のゲームじゃないんだよ!
「そ、そうなんだ……」
「えぇ」
えぇって。リリアってニルの事嫌いなの?
「リーパー、どうすればニルを町長の元まで辿り着かさせれると思いますか?」
考えすぎてもう自分でも何言ってんのか分かってないよこの子。どう辿り着かさせれば良い? 趣旨が変わってるよ!
「いや、あのさ~。一回ニルは忘れた方が良いと思うぞ?」
「何故です?」
何故!? 馬鹿となんとかは使いようって言うけど……あっ逆だった! なんとかと鋏は使いようだって言うけどさ、リリアの奇才っぷりはちょっとズレると馬鹿、じゃなくって、使い物にならないよね?
「いやだってさ、ハンターを集めるための作戦でしょ?」
「えぇ」
「じゃあ町を味方につけるは違うだろ?」
「いえ。違いませんけど?」
疲れるわ~この子。
「ハンターを集めるには、ハンターギルドの質を上げるだけでは駄目です。結局町として魅力が無ければ、いくらうちで頑張っても限界があります。そこで、先ずは住みたくなるような街づくりをして、その主軸にハンターギルドを組み込ませようと考えています」
頭が良いんだか悪いんだか。もう少しヒーのような賢さがあれば、リリアは立派な大人になれただろう。
「なぁ? もうちょっと小さなことから始めようぜ? それだとシェオール中の店を敵に回すぞ?」
「はっ!」
局地戦を追うあまり大局を見失う。こいつは絶対に軍師にはなれない。
「じゃあどうすればいいんですか!?」
散々自分で策を考えておいて、それが頓挫すると慌てふためく。うん、幸せな子だ。
「前回は何やったんだよ? 先ずそれを教えろよ? っていうか、前回前回言ってるけど、前回は何があってそんな事したんだよ?」
「えっ!」
混乱していて俺の言っている事が分からないのか、それともただ単に前回の事を話したくないのか、リリアは驚いたように声を上げ俯いた。
「そ、それは私がサブマスターになったから、ハンターギルドを大きくしようと思ってやっただけですよ……」
歯切れが悪い。絶対違う理由があるはずだ。おそらくサブマスターになってギルドを乗っ取ろうと考えていたのだろう。で、それがバレて失敗した。そんな感じだろう。
「ふ~ん」
まぁそこまでは可哀想だから聞かないけど。
「それで一体何やったんだ?」
「今と同じボランティア活動やハンターの募集です。あっそれと、外壁掃除です」
多分窓拭きと同じで、綺麗な建物なら客が来るという考えだろう。でもそれは業者に頼め!
「そん時したハンターの募集は何をしたんだ?」
「うちで仕事を引き受けてくれたら、一回に付き成否問わずジャンナの食事を一回無料というサービスと、ハンターライセンスを提示すればコーヒー一杯サービス。アルカナやミズガルドのギルドに協力してもらって、シェオールギルドのハンター募集ポスターの掲示。あっ、もちろんシェオール中の店にもお願いしましたよ」
ほとんどハント関係ねぇ~……
「あと、ゴンザレスとサイモンにも協力してもらって、初めての方には案内を頼み、新たな新人を育成するためにクレアに協力してもらって、教会で講義をしてもらいました」
なんかそれっぽい事やったみたいだけど、そりゃ無理だわ。所詮田舎のギルドではそこが限界なのだろう。
「それは何か効果あったのか?」
「はい。食事やコーヒーのお陰でゴンザレスとサイモンは良く仕事をしてくれるようになりました」
意味無ぇ~……
「それに、クレアの方も教会の講義がきっかけで、孤児院へよく顔を出すようになり、神父様から感謝のお言葉を頂きました!」
失ったものより得たものを大切にする。それはとても人として素晴らしい。だがしかし、
「頂きましたじゃねぇよ! 全部ゴンザレス達しか恩恵受けてねぇだろ!」
「そんな事はありませんよ! 親のいない子供たちは喜び、神父様にも感謝され、ゴンザレス達がのんびりコーヒーを飲むことによって、ハンターギルドは平和なギルドになったと町民に認知されて、ジャンナの客層も大分変ったんですよ!」
「ハンター集うための作戦なのに、ゴンザレス達がのほほんとしただけだって言ってんだよ!」
「そっ、そんな事は……ありません……よ……」
自覚はあるみたい。まぁそれでも、就任早々にしてはよくやった方か?
「ねぇリーパー、なんとかなりませんか?」
「なんねぇよ!」
何がなんとかなりませんだよ! 自分の失敗を自覚した事によって投げ出し始めちゃったよ!
「でもリーパーは元ハンターだったのなら、ハンター目線からこういうギルドなら良いとかあるんじゃないですか?」
「そりゃあるけど……でもそれは予算とか人手とか考えてない勝手な理想だぞ?」
「例えば?」
「可愛くて美人のハンターがいっぱいいて、じゃなくて」
やべっ、本当に理想の方を言うとこだった。
「ギルドがデカくて天井も高くて、待機中のハンターが退屈しない設備があって、ハントに行くときに馬車とかで現地まで送って行ってくれたりして、防具や武器が汚れたら洗えるようなシャワー室とか完備してて、それから夜に仮眠取れる部屋とかあって、あっ、出来れば大浴場とかついてれば良いな~」
「それは無理です!」
「いやだからそれは理想だから」
何マジで否定してんのこの子。ビックリしちゃう。
「じゃあせめてアドバイスくらいください」
もうこの子完全に自分で考える気無いよね? ほとんど諦めてるよね?
「アドバイスって言ってもな~……あっ、そうだ。そう言えば昔、一緒に働いてた人におもちゃ屋で働いてた人がいたんだけど」
「おもちゃ屋ですか?」
「そう。その人が言ってたんだけど、『子供の来ないおもちゃ屋は潰れる』らしい」
「それは当たり前なんじゃないですか? 客が来なければそれは当然ですよ?」
俺もこの言葉を聞いた時リリアと同じ事を言った。するとその人はこう言った。
「別に子供だけが客ってわけじゃないだろ? 今なんて大人だって模型とかカードゲームとか買いに来るんだぞ。子供イコール客は間違い」
「確かにそうですね。今は子供が買うにしては高額なおもちゃばかりですからね」
「だろ。売り上げを考えればどう見ても大人を狙った方が良いだろ?」
「えぇ。じゃあ子供の来ないおもちゃ屋は潰れるはどういう意味ですか?」
やはりリリアでもこの言葉を理解出来ないようだ。実際俺もその意味を聞いた時、これは理だと思うほどだったから仕方が無い。
「おもちゃって元々は子供のための物だろ?」
「はい」
「なら当然売り手側も子供の為に売らなければならないだろ?」
「えぇ」
「例え大人がたくさん来てたくさん買って行ってくれる店でも、そこに子供が一人もいなければその店は絶対潰れるんだって。たしかに全然売れなければそれは店としては潰れるかもしれないけど、毎日たくさん子供が来てくれる店ってのは、不思議な事に絶対潰れないらしい」
それを聞くとリリアの表情がゆっくり広がった。
「リーパー! やはり貴方をうちに入れて正解でした! 私は今良く分かっていないけど、何か道が開けた気がしました! ありがとう御座います!」
感謝されたのは嬉しいが、大丈夫なのこの子? それまだ道開けてないよ?
「リーパー! 調合作業はこれで終了します! 片づけが終わり次第リーパーはマリーさんと一緒に受付をして下さい!」
「え?」
閃いた気がしているがまだ何も閃いていないリリアは、沸き上がる感情に突き動かされるようにそう言うと片づけを始めた。
「さぁ早く片付けましょう! 時間は待ってはくれませんよ!」
俺のアドバイスが役に立ったのかどうかは分からないが、これによりリリアは新たな策を打ち出すことになる。




