ゲンゴロウ
「…………」
「…………」
「……あ、あのさ」
「は、はい」
優雅なオーケストラに煌びやかな店内。テーブルの上には上品なコース料理が一品ずつ運ばれ、凛々しいウェイターがワインを注ぐ。客たちはドレスやスーツを着て、穏やかに食事をする。正に高級料理店の名に相応しいここは、田舎シェオールの冒険者ギルドの中にある、ラ・フォルテという料理店。そこに高級スーツを着た俺と、真っ白なドレスを着たヒーがいる。
入店したときはヒーの装いに、他の客は驚いたように見ていた。店側も俺達二人に気を利かせて、結婚式で流れるような穏やかな曲をサービスしてくれる。
自慢じゃないが、俺はこれでも元ハンターという事もあり、こういう場にはそれなりに慣れていた。それでもヒーのまさかの仕掛けに、動揺を隠せずにいた。
一方のヒーも、自分から仕掛けて来ておいて、こういう場には慣れていないのか、縮こまって会話すらまともに出来なくなっていた。
リリア達はただ単に、高級料理店という響きに圧倒され、ヒーに恥をかかせないようにこの格好をさせたのかもしれない。しかしヒーの“思い込んだらまっしぐら”という性格を知る俺には、あからさまな結婚のプロポーズをしろという圧にしか感じなかった。
どどど、どうすんのコレ!? 俺今日プロポーズする気なんてさらさらないよ!? 何より指輪すら用意してないからね!
とにかく店に入り、とにかく適当に料理を頼み、とにかくなんとかなれ! と思っていたが、ウェイターが、ソムリエがどったらこったらと講釈を垂れてワインを注ぎだすと、ヒーは完全に委縮してしまったようで、料理が運ばれてきても目を泳がすだけで、何もできなくなっていた。これが原因でこちらからもどうしたら良いのか分からなくなり、膠着状態が続いていた。
「た、食べようか?」
「えっ……あっ……はい……」
ど、どうしたらいいの!? 服装とか髪型とかバシッと決めて来た事を先ず褒めればいいの!? でもそれ言ったら絶対ヒーにペース持って行かれて、結局俺が窮地に立たされるよね!? でも逆にそこ触れないでやり過ごすのは難しくない!? もうゲンゴロウの話でもするしかなくない!?
食事のマナーはヒーも知っているようで、きちんと外側のフォークとナイフを手に取った。だが、俺から見ても明らかに手が震えていてぎこちない。それは高級料理店という雰囲気からなのか、プロポーズさせるというものからなのかは分からないが、緊張からきている事だけは分かった。
その仕草から、ヒーは自分が恥をかきたくないという感情からではなく、俺や送り出してくれたリリア達に対して恥をかかせたくないという心細さに駆られているように感じた。
「ヒー」
「は、はい」
「気にするな」
「え?」
「手が震えてるぞ?」
「あっ……いえ……」
手の震えを指摘されヒーは俯いた。その表情は恥ずかしいというものではなく、期待に応えられなくて申し訳ないというような悲しいものだった。
ヒーは自分に自信が無い。だからそんな自分を大切に想ってくれる者に対し、期待を裏切らないよう懸命に応えようとする。おそらくヒー自身の力で築けた人間関係はほとんどない。だからこそヒーは俺に嫌われる事を恐れている。
前々からそうではないかと思っていたが、ヒーがここで見せた表情に、それは確信に変わった。
「誰もヒーの事なんて見てる奴いないぞ?」
「……はい、分かっています……」
この言葉にヒーはさらに表情を暗くした。
「なら気にするなよ。今は俺しか見てないんだし、俺だってこういう店でのマナーはよく知らないんだから」
マナーをよく知らないは嘘。ハンターランクAまでになると生活基準はかなり高い。そうなると嫌でもそういう知り合いも増え、こういう店にも行くようになる。すると不思議なもので自然とマナーも覚える。だが、これでヒーの心細さが消えるなら、いくらでも嘘を付く。
その嘘が役に立ったのか、ヒーは静かに微笑んだ。
――緊張が解けたヒーとのディナーは、音楽のお陰もありとても穏やかなものになった。心に余裕が出来たヒーは普段と変わらず、星が瞬いているような煌めきのある店内は、最高の時間を与えてくれた。これだけ贅沢な食事なら、ヒーがプロポーズを期待するのも分かる。
そんな上品な時間を過ごしていると、やけに高そうな白いスーツを着た男二人と、これまたかなり気品溢れる黒いドレスを纏った女性が来店した。
おそらくどこかの王族の方だと思い、予想以上の客まで来るこの店の凄さに驚いた。が、それに続いて一緒に来店したミサキに、今度は別の意味で驚いた。
ミサキは普段の魔女っ娘スタイルではなく、赤いドレスに身をくるみ、ハイヒールまで履いている。髪も大人っぽく後ろで束ね、化粧でもしているのかいつもと少しだけ表情が違う。だが余程背伸びをしたのか、子供がお母さんの真似をしているようにしか見えず、ハイヒールも履き慣れていないためか歩き方がぎこちない。それでも服装はかなり冒険したが、お化粧はまだ自信が無いという感じが、愛らしさを感じさせた。
「あれはタナイヴのメンバーです。おそらくミサキの歓迎に食事をするのでしょう」
俺の目線の先を追ったヒーが、それに気付いて言った。
「へぇ~、あれが三大勇者のメンバーか……やっぱ金持ってんな」
彼らとミサキの関係が分かると安心した。もしかしたらミサキが悪い奴らにそそのかされているのではという不安があった。
「やっぱミサキ、冒険者に戻るのかな?」
「それは分かりません。ミサキはシェオールに来てから日も浅いですから、選択の自由は効きますからね」
「そうだな……」
ミサキはシェオールに移住してから日も浅く、知り合いも少ない。そのため余計な柵も少なく、誰かを気にする必要も少ない。それは逆に言えば、もしこれが原因でマリアやクレアとの関係が崩れてしまえばいつでもいなくなってしまうという事でもある。
「なんか寂しいな」
「……えぇ。ですが、私達とミサキとの関係は仕事上のものです。私達が口を出していいものではありません」
ヒーは俺より長く生きてはいない。それなのにそう言えるヒーがずっと年上に見えた。
俺達とミサキは仕事で知り合った。それはお互いをプロとして認めた関係であるという事だ。そんな間柄に私情を挟むなどという行為は、間違いなく信頼関係を崩す事になる。マリアやクレアのように仲が良くても、知り合った切っ掛けが仕事なら、必ずミサキは一線を引いている。ミサキとはそういう女性だ。
ヒーはそれを理解し、プロとして俺にアドバイスをくれた。これではどっちが年上か分からない。
「あぁ、そうだな……」
「はい」
ミサキの姿を目にしたことによって、その後俺達の間には少し仕事のピリピリした空気が流れた。それは食事を終えてヒーを送って行くまで続いた。しかしそれが功を奏しプロポーズの流れに持って行かれることは無く、結局は助けられる形となった。
大分先まで出来上がっていますが、プロットなんてものは存在しないギルドスタッフ! は、なかなか終わりが見えません。私としては十万文字くらいで終わらせたかったのですが、それは苦しいです。もういっそ魔王軍が攻めてきて、戦争に突入という感じにすれば話は早いのですが、テーマが仕事であるためそれも出来ません。リーパー食中毒で死亡! で終わりで勘弁してくれませんか?




