経験と信頼
前回のあらすじ!
フラット対策に作戦会議を開いた俺達だったが、クソフィリアが提案した、悪い噂を流して失墜させるという作戦に、会議は波乱を呼んだ。そんな中、新たな打開策を求めるリリアの声に、まさかのジョニーが手を上げた。
「はい」
「どうぞジョニー!」
ここでいつもならヒーが挙手すると思っていた俺は、ジョニーのまさかの挙手に驚いた。しかしリリアには予想の範疇だったらしく迷わず指名した。
もしかしたら数年会わなかったうちにジョニーも成長し、リリア達の評価も変化したのかもしれない。少なくともハンターギルドで築いた四人の関係は、すでに俺の知っているものとは違うはずだ。そう思うと、その時間を有していない事が少し寂しくなった。
「俺の考えは、料理で勝負するべきだと思う」
ジョニーは静かに言った。だがその言葉には力強さがあり、堂々としていた。
ジョニーもシェフとしての経験があり、積み重ねて来たものは俺など到底敵わない。何より、もうジョニーもあの頃のままではない。俺も社会に出て成長したように、ジョニーも同じくらい、いや、ジョニーほど真面目なら、俺以上の成長を遂げていてもおかしくない。
「どんなにサービスや値段でアピールしても、美味い、に敵う宣伝は存在しない。飲食店に来る者は、美味いものが食べたくて来る。リリア達は冒険者ギルドやフラットの動きに惑わされ、より良いものをという信念を忘れている!」
この発言に、リリアとフィリアは反省するように黙って目を伏せた。
やはりジョニーは俺が思う以上に成長を遂げている。リリアだけでなく、俺達全員が相手の些細な動きに惑わされ本質を見失う中でも、しっかりとやるべき事を見据え、動揺する俺達に活を入れた。
俺の知る限りジョニーは、俺達が本質を見失いそうになるとこうして正すことはあった。しかしリリア達相手にこれほどまで強い口調で立ち向かう事は無かった。というか、そんな口調で反論すれば間違いなく返り討ちにされていた。
もはや頼れる先輩へと変貌していたジョニーには、リリアは太刀打ちできないようで、代わりにヒーが訊く。
「ではジョニー、一体どのような策で対抗するつもりなのですか?」
この問いにジョニーは真剣な眼差しで頷く。ヒーとジョニーは真面目という面では性格が良く似ている。だから通じるところがあったのかもしれない。
「あぁ。先ずは俺自身が料理の腕を上げる。そして、誰もが美味いと言い、また食べたいと思える料理を作り上げる」
どんなに成長しても、根幹にある性格というのはなかなか変わるものでは無いらしい。ジョニーは常に高い向上心を持ち、率先して重荷を背負う事を買って出る。そんな性格が滲み出ている発言だ。
「つまり、新たなメニューを加えるという事ですか?」
「あぁ」
ジョニーの返事にヒーは納得したようで、二人は意見を求めるようにリリアを見た。それに応えるようにリリアが言う。
「ではジョニー、頑張って下さい」
「おう!」
え?
「では他にありませんか?」
「ちょっと待って! 今のは酷くね?」
「え?」
「え? じゃねぇよ! 折角ジョニーが良いこと言ったのにもう終わりかよ!」
「え? だってジョニーが頑張るしかないじゃないですか?」
「確かにそうかもしんねぇけど、もう少しなんかあるだろ?」
「え? なんかって何ですか?」
「バックアップとかだよ!」
「え? バックアップ?」
何? さっき怒られたからジョニーに仕返ししてんの!? って言うか、先ずえ? を止めろ!
「そうだよ! 新しい料理考えるなら食材費出すとか、出来上がったら試食するとか、アントノフだっているんだし、ジョニー一人にやらせるのはおかしいだろ!」
「え? リーパーは何を言ってるんですか?」
「だから! 新しいメニュー増やすならジョニーを手伝ってあげようぜって言ってんの!」
「リーパー、落ち着いて下さい」
「何!」
リリアが全く協力的ではない状況にヒーも業を煮やしたのか、割って入って来た。
「うちではいつもジョニー達が新メニューを考案するときは全て任せています。ですから、別に私達が非協力的なわけではありません。ジョニーとしてもある程度出来上がるまでは邪魔をしてほしくないようです」
「別に邪魔だとは言っていない。自分で言いだした以上、試作品までは一人で完成させるのが筋だと言っているだけだ」
え? そうなの? これがうちのやり方なの?
「そういうわけですリーパー。私も別に鬼じゃありませんから、経費も落とすし残業代も払いますよ。第一ジャンナはアントノフ達に任せてありますから、素人の私達が口を出しても邪魔にしかなりません」
こうして五人で久しぶりに集まり会話しているせいもあるのか、俺だけがあの頃のままの感覚でいた。四人は俺の知らない時を共にし、様々な苦労を乗り越えて来た。そんな四人にはたったあれだけの言葉で伝わるほどの信頼関係が出来ている。仕事で築いた信頼は、十年友達をやっていた信頼よりも遥かに厚い。それを痛感させられた。
「分かりましたか?」
「……あぁ。すまん」
「いえ」
仕事としてライバルとどう戦うかという話だったが、圧倒的な信頼関係を見せつけられた俺は、四人とは知識も経験も違い過ぎると感じ、自分が全く役に立たない新米だと思った。そうなるとここから先の問答にはついていける気がしなかった。
「では他に意見のある方はいませんか?」
「はい」
ここで手を上げたのはヒーだった。リリアが上司であるため、ふざけているようでふざけていないというスタイルの打合せに呑まれ、自分がスタッフを始めて半年も経っていない新人だという事を忘れていた。その考えを改めさせられてからのヒーはキツイものがある。
「どうぞヒー!」
「はい」
でもリリアのテンションは変わらない。俺はリリアをよく知っているから対応できたが、もしリリアの事を知らなければ潰されていたかもしれない。リリアは思っていた以上に危険だ。
「私の考えは、ジャンナではなく、ハンターギルドとして勝負するべきだと思います」
「ハンターギルドとして? ……ですか?」
「はい」
どういう事? ジャンナも入れてハンターギルドなのに、ハンターギルドで勝負するって、今の俺では理解できない。
「皆はジャンナをどうにかすれば渡り合えると考えているようですが、ここはハンターギルドです。ならばサービスや料理で勝負するのではなく、うちだけが持つ強みを武器にすれば恐れるものは無いはずです」
「それはつまり、ハンター様に沢山仕事をしてもらうと言う事ですか?」
「はい」
なるほど。たしかにヒーの言う事は一理ある。例えうちの取り分は少なくても、ハンターが沢山仕事をすれば道具を買ったり、レアな食材や調合材が手に入ったり、さらに言えば仕事終わりにジャンナで食事をしてもらえる。でもねぇ~……
「しかしヒー、それは前回で駄目だと学んだじゃないですか?」
前回とは多分リリアがサブマスターに就任したときの事だと思うが、この四人は結構色々と頑張っていたらしい。
「はい。ですが、今回は前回とは状況が違います」
「確かにそうですね」
フィリアもヒーの意見には賛成のようで、納得したように相槌を打つ。
「今回はハンターの数も質も比べ物にならないですし、ゴンザレス達も存分に勧誘できますからね。それにもう私達には足枷はありません!」
足枷?
「まぁ、確かにそうですけど……」
リリアはフィリアの言葉に、思いふけるように目線を上げた。そして突然パッと表情を明るくすると元気な声を上げた。
「そうですね! もう一度挑戦する価値はあります! ヒーの作戦で行きましょう!」
「えぇ」
「はい」
「あぁ」
四人の過去に何があったかは知らないが、この言葉に俺以外の全員が賛成した。




