くそったれ
フラットが楽団を雇い、音楽というサービスで冒険者ギルドへ。値下げという低価格でハンターギルドに明確な宣戦布告をした事により、町民にまで認知されるほど三社による商戦が表面化した。この事態に、急遽リリアは閉店後のギルドで任意参加の作戦会議を開いた。その参加者は以下の通りだ。
シェオールの奇才、サブマスターのリリア。ハンターギルドのブレイン、ヒー。貨幣の女帝、フィリア。いつもいるだけで役に立たないが、時折良い発言をする木偶の坊、ジョニー。そして、シェオールが誇るAランクハンターだが、今や肩書だけの下っ端、俺。
この五人の猛者が今後の対策を考える。って言うか、いつものメンバー。ニルはいつもの如く部屋ではぁはぁ言いながら残務処理してるし、マリーさんは夕食の支度があると言って逃げたし、アルカもお祖母ちゃんと食事するって言ってたし、アントノフは「すまない、今日は駄目だ」しか言わないで帰ったし……まぁそういう事。ちなみにエリックは参加したがってたけど、「これはハンターギルドの問題なので、部外者はご遠慮下さい」のヒーの強烈な一言で傷心して帰って行った。
そんなわけで、いつも、と言うか、多分こうなるなと思っていたメンバーが集う事になった。
「……というわけで、早急な対策を打たなければ非常にマズイ状況です。この危機を脱するため、何か策がある者は挙手をお願いします」
挙手!? まぁ一応仕事の打合せでもあるから仕方が無いが、それ今いる? もしかしてリリア、また変なゾーンに入ってるの?
神妙な面持ちのリリアだが、あまりに熱が入り過ぎて、勤務中以上にピリピリした空気を作っている。あっ、別に勤務中はピリピリしてねぇや。
「はい!」
現状報告を聞いてなんぼもしないうちに、早くもフィリアが手を上げた。フィリアは元から頭は切れるが、お金が絡むと他を寄せ付けないキレを見せる。
「はいどうぞフィリア!」
フィリアが挙手すると、リリアは待ってましたと言わんばかりに指名した。
え? 何そのテンション? この子もしかして作戦会議をしたかっただけ?
それに呼応するようにフィリアは語り始める。
「現在冒険者ギルドは、高級感で勝負しています。そしてフラットは、老舗の持つ馴染と、値段で勝負してきています」
フラットは七十年以上の歴史を持つ老舗だ。噂によればシェオールが開拓された当時にあった宿舎が変化したと言われている。正確なところは聞いたことが無いので分からない。
「それに対してうちは、エリックという手品師を呼び、ゴミ拾いをしてボランティア活動をしています。しかしよく考えてみて下さい。エリックは確かにエンターテイメントとしてのサービスになっていますが、飲食とは関係ありません」
そりゃそうだ。確かにエリック目的でジャンナに来る客はいる。だが最近では、エリックの手品を見て、エリックにチップを払い帰っていく客が目立つようになってきた。最初の頃は食事をしながら手品を見ていたお客様だったが、やはりバーとは違い食事の方がメインになっているため、ここ最近はあまり反応が良くないらしい。
そこで当初エリックは、演目が終わると各テーブルを回り、トランプやコイン手品を披露していたのだが、テーブル一杯に料理が並ぶ席などに行くと嫌な顔をされる事もあるそうで、今では指名が掛かるまでは下手に動けないらしい。何より、エリックがいくらジャンナを宣伝したところで、手品とジャンナの繋がりの意味が分からない。
「そしてゴミ拾いも、ハンターギルドはシェオールを大切に思っています。というアピールにはなっても、うちで食事をして下さいというアピールにはなりません」
それは言っちゃ駄目だよ。そんなの全員分かってたことだよ? もしかしたら良い事をしていたら良い事があるかも? っていう期待でもあるんだから。
このフィリアの指摘に、リリアは苦虫を噛み潰したような表情で悔しさを滲ませた。多分これも演出。あの子意外と楽しんでるみたい。
「ではフィリア。一体何をしたら効果があると思いますか?」
やはりリリアは楽しんでるようで、あれだけ大げさな表情を見せたのだが、声を荒げるような素振りも落ち込むような様子も無い。
「価格競争に参加するとか、独自のサービスを展開するとか、たしかに私も色々考えました。しかしどうやっても今のジャンナでは金銭的に対抗策を打ち出すのは難しいです」
いや商売なんだから、初期経費を渋ってたら勝負になんないよ? これはどちらかと言えばフィリア個人の欲だよね?
「そこで私は考えました。これはちょっと大きな声で言えない作戦なので、皆集まって下さい」
余程の秘策なのか、フィリアはテーブルに身を乗り出した。それを見て、全員がテーブルの真ん中に耳を揃えた。
「いいですか。これは決して口外してはいけませんよ」
フィリアはひそひそ声で念を押す。それを受けて全員が静かに頷いた。
「先ず、レイトンに、フラットは楽団を雇うのに大金をつぎ込んだと世間話の中で自然に伝えます」
? それは逆に楽団が凄いのアピールになるんじゃね?
「そしたら次に、キールにフラットは楽団を雇ったせいで、かなり躍起になっていると伝えます」
まさか? こいついつものくそったれフィリアか?
「そしてそこまで行けば、後はマイに、フラットは少しでも売り上げを伸ばすため、傷んで売り物にならない食材を安く仕入れ使っている、と教えます。あっ、中には腐っている物もあるとさり気なく言えばなお良しです」
「なお良しじゃねぇよ! お前クソだな!」
まさかの情報操作! それも相手を陥れる最低な作戦! フィリアってやっぱりクソ!
「私はクソじゃありませんよ! これも立派な戦略です!」
「どこがだよ! お前そんなんで勝って嬉しいのか!」
「……勝てば官軍ですよ!」
「クソだなお前!」
心のどこかではもしかしたらという思いはあった。しかし本当にそのまさかが来ると、逆に必勝策より驚く。そんな俺をなだめるようにリリアが言う。
「まぁ落ち着いて下さいリーパー。確かにリーパーの言う通り卑劣な作戦かもしれません。ですがこれは生き残りをかけた戦い。そんな鬼気迫るフィリアの作戦は、決して駄策ではありません」
言いたい事は分かる。死活が掛かる勝負ならそれくらいやる気概を持てという事だろうが、その作戦は勝っても負けても地獄。ねぇそうだよね!
それに応えるようにここでヒーが動く。
「フィリアの作戦は確かに悪くはありません」
マジか!? 怒ると冷徹という言葉がぴったりのヒーが言うと、ヒーもマジで危機感を持っているのだろう。
「ですが、その作戦はリスクが大き過ぎます」
「さすがヒーちゃんです。私もこれは最後の切り札に使うべき作戦だと思ってました」
フィリアは一応真面目に考えていたようで、感心したように頷く。だが、作戦が作戦だけに、フィリアがアホに見える。そして、
「リスクですか? それは一体何ですかヒー?」
それを真剣に聞こうとするリリアもアホだ。
「はい。この作戦は上手くやればかなりの効果が期待できます。ですが、もし情報の発信元がうちだと知られれば、今まで私達が築き上げて来た町民の信頼を全て失い、イメージは最悪なものになってしまいます。それどころか、下手をすればその噂は全てうちで行っているのではないかと推測されてしまい、さらにはフラットから提訴される可能性があります」
リスクデカすぎ! フィリアはそれを分かってて言ったんでしょ!? どう考えても頭おかしいよ!
「……なるほど。ではそれは無しにしましょう」
リリアもさすがにビビったようで棄却命令を出した。
「フィリア。折角の良い案でしたが、違う作戦を考えて貰えますか?」
「……えぇ、構いませんよ」
なんでリリアはフィリアに気を使ったの!? あれ聞いたら次も期待できないよ!
「では他に策のある方はいませんか? いましたら挙手をお願いします」
もう手を上げるのはいいよ! 何を拘ってんだ!
「はい!」
ここで手を上げたのは、まさかのジョニーだった。
次回! 波乱!




