刺客
騎士たちが訪問して二日。今日は俺の休日となっていて、いつもより少し遅く起床し、ボーっとしてからゴミ拾いにボランティアで参加するため、アドラとロンファンを連れギルドに向かった。
リリアは、「休みは仕事とは関係ありませんから、何も気にする必要はありません」と言っていたが、気が向いたら参加すると言うとニコリと笑ったのを見て、参加してやろうと決めた。それに、昨日は休みにも関わらずリリアは手伝ってくれたのもあり、行かないわけにもいかないという想いもあった。
アドラとロンファンも、俺が休みの日にはいつも遊びに連れて行けと休日を潰しに来るから、今日くらいは俺に付き合わせた。
ゴミ拾いを始めて三日経つと、既に三名ものボランティアの方が参加するようになり、早くも効果を発揮し始めた。ちなみにその三名は、ハンターギルドの熱狂的なファンらしく、去年やったゴミ拾いで獲得したファンらしい。ただその三名は、ギルドのファンというよりゴミ拾いのファンという感じで、麦わら帽子にタオル、長靴に軍手という完全防備でやって来るため、戦略の意図とは何かが違うような気もしていた。
「おはようございます」
「おはよう」
「あら、おはようさん」
今日はボランティアであるため、先ずは持参の水筒でお茶を飲むおばちゃま達に挨拶した。
「おはよう。今日はリーパー君休みじゃないのかい?」
「はい。だから今日はボランティアとして参加します」
「それは偉いね。アドラちゃんとロンファンちゃんも一緒かい?」
「はい。こいつらはいつもブラブラしてるだけですから、今日は手伝わせます」
「あら~そうかい。ほれ、お茶とお菓子もあるから、ここに座りなさい」
「はい~!」
食べ物があると分かると、ロンファンは迷わず座った。それを見てアドラも、不愛想ながら腰を下ろした。
ミズガルドでは他人を恐れ、関わらないように生きて来た二人だが、シェオールでは全く逆で、あちこちに知り合いを作っていた。
現在二人は俺ん家の敷地にキャリッジを停め、それを家にして生活しているが、娘が欲しかった両親は特にロンファンを気に入り、町中に言いふらした。その後押しもあり、優しいシェオール町民は二人を温かく受け入れてくれた。
初めの頃は、ロンファンはビクビクしながら縄張りを作っていたが、野良猫や野良犬の扱いに長けるシェオール町民は、お菓子などの食べ物で徐々にロンファンの警戒心を解き、今では完ぺきに手懐けている。
一方のアドラは、町民からは近寄り難い空気は出していたが、意外とご老人には優しく、重い買い物袋を持ってあげたり、歩くのが大変そうなご老人を介抱したりと、あくまでロンファンの後を付けるついでに色々と活躍していたそうだ。そんなこともあり、今ではプチファンがアドラに出来ているそうだ。
「じゃあ俺は、リリア達の準備の手伝いに行ってきます。もう少し待っていて下さい」
「あら~、リーパー君は真面目だね~。今日はボランティアなんだから、おばちゃん達とお茶でも飲んでればいいのに」
「いえ。俺も一応ギルドスタッフですから、準備くらいは手伝ってきます」
「そうかい? リーパー君は本当に良い男だね~」
ボランティアに参加してくれる事と、温かい空気を作り上げてくれるおばちゃま方には感謝している。だが話に付き合うと長い! こういう時は多少苦労してでも真面目をアピールして、上手く距離を取らなければならない。昔やった接客業がここで活きて来るとは、世の中何があるか分からないものだ。
「そんな事ありませんよ。じゃあちょっと行ってくるので、もう少し待っていて下さい」
「はいよ~」
俺がいなくなることで、あの輪の中で唯一の男であるアドラが苦労するのは分かっている。だけど俺はギルドスタッフだし、アドラだってそんなに嫌じゃないはずだ。それに、可愛らしいロンファンにお菓子をあげているだけでしばらく時間は潰せるはず。だからごめんアドラ! 今は耐えてくれ! 俺は直ぐに戻ってくる!
可愛い弟子を生贄に捧げ、俺は準備を進めているリリア達のところへ向かった。
「おはよう。今日は誰と誰が行くんだ?」
「おはようございますリーパー。今日は私とアルカとエリックが行きます」
既にエリックはボランティアの扱いではなくなっている。それもこれも全てエリックが悪い。エリックはボランティアにも関わらず、準備から片づけまで全て手伝い、翌日の清掃活動の打合せにまで自ら参加し、意見を言っている。そのせいでいつの間にかエリックはスタッフと同じ扱いになっていた。
「そうか。今日は何処をやるんだ?」
「今日はミズガルド街道の入り口から、ギルドへ向かって掃除していきます」
「分かった。あっそれと、今日はアドラとロンファンも連れて来たから、火ばさみとか足りるか?」
俺が知る限りでは、火ばさみは六丁しか無かった気がする。ボランティア活動に参加する者など多くも無く、それくらいあれば今までは足りていたのだろうが、今日は俺を含め、ボランティアだけで六名もいる。あっ、エリックも入れたら七名だった。
「はい、大丈夫です。倉庫にはまだ二十丁以上はあります!」
「そんなには要らねぇわ……」
備えあれば憂いなしとは言うけれど、シェオールでそんなにボランティアは集まらないと思う? なのになんでリリアは自信満々に答えたの?
「まぁいいや。とにかく、ボランティアさんの分は六人分あればいいから」
「ではやはり二十丁は持って行きましょう!」
「なんでだよ!」
「もし突然助っ人が現れたら全然足りません!」
「ぅんなに助っ人来たら逆にビビるわ!」
今日のリリアも元気が良いようで、早速準備が出来た俺達はゴミ拾いへと向かった。
昨日の夜は雨が降っていたが、今朝も俺達を歓迎するように太陽が顔を出している。風も程よくあり、気温も最高だ。
冒険者ギルドもようやく落ち着きを見せ、外に並ぶほどの人はいない。それでももうすでにオーケストラの気品のある音楽が聞こえ、客の入りが順調である事を物語っていた。ただ、まだ工事が続いている為、正面以外は足場が組まれ、そこを作業員が行き来している。温泉の方もやはり工事が決まったようで、早くも資材が積み込まれていた。
リリアも気にはなっていると思うが、今は大勢のボランティアが集まった事に喜び、おばちゃま方と楽しそうに会話している。アルカも社交性はかなり高いようで、その輪に溶け込んでいた。
アドラとロンファンはいつものように俺の横を歩き、そこにエリックが加わり和んでいた。
不思議なもので、同じ目的の為に集まった筈なのに自然とグループができ、その中でリーダーが生まれる。あっちはリリアがリーダーで、こっちは俺。仕事やパーティーを組んだときは誰がやるで押し付け合ったり奪い合うが、ゴミ拾いで集まったこのメンバーにはそれはなく、気付いた時には誰かがリーダーになっている。ボランティアとは、もしかしたら完成された社会なのかもしれない。
そんな事を思いながら歩いていると、前方から音楽が聞こえる馬車が近づいてきた。これにはさすがのおばちゃま方も何事かと足を止めた。
さらに近づくと、荷台には数名の若い男女が乗っており、それぞれが楽器を持ち、しっとりとしていて優しい音楽を奏でていた。
おそらくアルカナへ向かう楽団だろう。馬車の上でも演奏とはなかなか粋な奴らだ。
綺麗な音楽を奏でる彼らに、前を歩くリリアグループの全員が手を振り、エリックも手を振った。それを見て俺も良い物を聞かせてくれてありがとうという意味を込め手を振った。
しかし! 俺達の存在に気付いた楽団の女性が放った言葉に、全然良い物ではないものだと知る。
「ありがとう! 私達は今日の夜からフラットって店で演奏するから、良かったら聞きに来てね!」
まさかの刺客!
この楽団の参戦により、商戦は遂に三つ巴の戦いへと入っていく。




