言伝
「リリアから聞いた。ミサキどうする?」
受付に戻ると、早速ヒーに助言を貰うため、先ほど聞いた話をした。
「今は様子を見るしかありません。もしそれでもミサキが執拗にマリアを追い回すようなら、最悪の場合、憲兵に任せるしかありません」
やはりヒーも個人間の問題と認識しているようで、お手上げの状態らしい。
「でもさ、このままってわけにはいかないだろ? もしこれでマリアがシェオール出て行くって言いだしたらどぉすんだ?」
「その時はゴンザレス達にも協力してもらい、私たちで守ってあげるしかありません」
顧客としてはミサキの方が断然うちに利益をもたらす。それでもヒーは、ミサキではなくマリアを守ると言った。それは俺も同じ意見で、例え商戦状態の今でもそう言ったヒーに、感銘を受けた。
「こっちからミサキにやめろとは言えないのか?」
「時と場合によります」
「時と場合?」
「はい。これは個人的な問題ですから、プライベートでなら問題無いでしょう。ですが、それはより親しい間柄でなければなりません。私はプライベートではほとんどミサキと接点はありません。リーパーはどうですか?」
「あ~、いや。ほとんどない」
何度かミサキとは一緒に仕事はしたが、それ以外では、家に毎朝来る雀以上に親しくない。
「では駄目ですね。下手にミサキを刺激して、冒険者としてこちらに敵意を向けられても困ります」
それは一理ある。ミサキは意外と執念深く、マジで怒らせたらギルドを爆破され兼ねない。
「やっぱりクレアに任せるしかないのか……」
「えぇ」
クレアはミサキと同じAランクハンターで、鎧を纏った姿が亡霊騎士のように見える事から、“戦慄の乙女”の異名を持つ、シェオールハンターのリーダー的存在である。稼ぎはミサキよりは少ないが、癖の強い我がギルドのハンター達を上手にまとめ、全員をバランスよくハントに連れて行ってくれる。そのお陰で、遊んでばかりいる我が弟子のロンファンとアドラは、穀潰しにならずに済んでいる。……あれ? まさか?
「まさかミサキ、アドラとロンファンも引っ張らないよな?」
アドラも一応冒険者ライセンスAを持っている。ただでさえキングとなって地盤を固めたいミサキの事だ、もしかしたらあり得る!
「多分声は掛けると思いますよ?」
「ええ!? それはマズくね!? アドラ達まで引っ張られたら、うちハンターいなくなっちまうよ!」
現在うちには、クレア、ミサキ、アドラの三名のAランクと、Bのロンファン、Cのゴンザレスとサイモン、そしてDのマリアの七名のハンターが拠点として活動している。そのうち冒険者ライセンスを持つ者が、ミサキ、アドラの二名である。
この二名のAランクハンターが抜けただけでも大打撃なのに、そこからさらにロンファンとマリアを引っ張られれば、うちにはのほほんとしたオヤジハンターと、気遣いが出来るようで全く出来ない乙女しか残らなくなる! あっ! ちなみに俺もAランク持ってるけど、それはカウントしないで!
「それは無いでしょう。仮にリーパーがアドラに、冒険者になれ! と言ったら、彼はどうすると思いますか?」
「あ……そりゃそうだな。それは絶対無いな」
アドラは俺の言う事ならそれなりに聞くが、俺が意味の無いと自覚している指示には絶対に従わない。ああ見えてアドラは意外と信念を持っている。
「とにかく、今私達に出来る事はありません。ですので、今はクレアを信じましょう」
それもそうだ。クレアはマリアの次にミサキと仲が良い。それに、頑固という面ではクレアも良い勝負をする。もしそれが原因で喧嘩になっても、あの二人なら……そうなったらしばらく口も利かないだろう。
それでも今はヒーの言う通りクレアを信じるしかない俺は、事態が収束へ向かう事を願うしかなかったのだが、今はうちには流れが来ていない様で、まさかの来客にさらなる波紋が広がる。
昼食を終え、再びヒーと受付をしていると、銀色の鎧を纏った三名の騎士が受付にやって来た。
兜を脇に抱え、素顔を晒して来店した騎士達は、見るからに達人の域に達しているようにさえ感じる風格があり、風貌からハンターではなく、どこかの王国騎士に見えた。
そんな来客でも、ヒーはプロとして接客する。
「ようこそシェオールギルドへ!」
「よ、ようこそシェオールギルドへ!」
威圧の類は全く出していないはずだが、威風という雰囲気が、ヒーにつられるように声を出させた。
「御用件はなんでしょうか?」
さすがはプロ。ヒーも異様な空気は感じているはずなのに、他の客と全く遜色なく接する。
「私はミズガルド騎士団所属の、ランドウという者です。お願いがあり来ました」
ランドウと名乗る男は穏やかに言うと、ミズガルド王の紋章が入ったペンダントを見せた。
ミズガルド騎士団!? それにしてもこの三名からは異常な強さを感じる。それに、ランドウと言う変な名前。まさかと思うけど、王室騎士団じゃないよね!?
王室騎士団は、王直轄の騎士団で、選りすぐりの精鋭部隊だ。一人一人がクラウンを張れるほどの実力を持ち、その団長は悪魔に匹敵する強さを持つ。しかしそのほとんどは機密事項の為、誰がその騎士団に所属しているのかさえ分からない。だが今目の前にいる三名は、堂々と素顔を晒している。
「はい。どのような御用件でしょうか?」
ランドウの物腰が柔らかいせいもあるのか、ジャンナの客でさえ静まり返る状況にも関わらず、ヒーは全く恐れることなく接客する。
「こちらで、クレア・シャルパンティエという、女性のハンターが仕事をしていると聞いてきたのですが、ご存知でしょうか?」
「はい。クレア・シャルパンティエ様は存じております」
「それは良かった。では、言伝をお願いできますか?」
アイツ何やったの!?
「はい。承ります」
そう言うとヒーは、メモの準備を始めた。
「そうですか。では、クレア・シャルパンティエ様に、ミズガルド王国騎士団のランドウという者がシェオールのフラットという宿屋に滞在していますので、伝言を受け取りましたらお越しいただけるようお伝え願いますか?」
「分かりました」
ランドウの物言いから、クレアをひっ捕らえる為に来たのではないのだと思うが、それでも王国騎士団が出向いて来るとはただ事ではない。
「その際は、フラット受付にてご連絡差し上げればよろしいでしょうか?」
「はい。よろしくお願い致します」
「畏まりました」
この物腰の柔らかさ、間違いなく王室騎士団。そう思うほど礼儀正しく、愛想も良い。普通の騎士団なら、礼儀は出来ていても上から目線で物を言う。しかし王室騎士団とはその国の最高戦力でもあり顔でもあるため、全てが完ぺきでなくてはならない。ただ一つ気になるのが、王室騎士団は死ぬまで素顔を晒さないと聞くのに、彼らは堂々と顔を見せている。
「では、失礼します」
「ありがとう御座いました」
「あ、ありがとうございました」
かなり不審な点はあったが、この辺もきっちりしているようで、用が済んだらすぐに引き返して行った。しかしその後ろ姿は気品と優雅さがあり、これこそが颯爽という事だと思うほどだった。あっ、別にクレアの事を馬鹿にしたわけじゃないよ。
こうして騎士たちの来店で新たな不安が生まれたハンターギルドは、さらなる商戦の激化に呑まれていく。




