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エコー・シリーズ

遠き幼年期のエコー

作者: ラウンド

※想い出のエコーと繋がっております。


 そこは、人々から我楽多ガラクタ山と呼ばれていた。

 文字通りガラクタばかりが積み上がり、また、役に立たなくなった、役目を終えたモノたちが一つ、また一つと新たに捨てられていく、そのような場所だ。

 そのため、人はそこを、いつしか塵棄ゴミ山と呼ぶようになった。


 今日もまた、多くの人々が何かを捨てていった。何の感慨もなく投げ捨てる人もいれば、名残惜しそうに、まるで死者との別れを惜しむかのように中々立ち去らないという人もいた。

 だが、結果は同じ。捨てたことには変わりない。


 その時、ちらと視線を向けると、何者かが山の斜面を登っていく様子が見えた。それは頭から足元まで隠れる様な布をローブのように纏った、小柄な人だった。

「……」

 その人物は、ゴミで舗装された足の踏み場もない道を黙々と、ひたすらに歩く。

しかし、たまに足を止め、周囲の様子を窺ってもいた。そしてまた歩き始める。

「また増えたか…」

 その人物は静かに言葉を紡いだ。声は若く活力が感じられ、声音も澄んでいたが、口調は驚くほどに素っ気なかった。

「……」

 ゴミを捨てに来た人とすれ違う時も、挨拶をされれば事務的に返し、世間話を振られればそれに応えるだけで、特にこれと言った感情を読み取ることは出来ない。ただ少なくとも、ゴミを捨てに来た、というような雰囲気ではなかった。


 しばらく経ち、我楽多山の頂上部分に辿り着こうとしたところで、若者は足を止めた。


「また増えた、か」

 ちらりと辺りを見渡し、様子を探る。

 多数の様々なゴミ。色とりどりの、何処に何があるやら分かったものではない混沌とした斜面。空気が澱んでいるせいか獣は一つとしておらず、鳥もこの周囲を飛ばなくなって久しい。およそ生気と言えるものは何一つ感じられない、まさに死の大地だった。

「まだ、使えそうだけれど…」

 足元に落ちていた一つの小型機械を拾い、眺める。

 それは、過去にウォークマンと呼ばれていた音楽再生機器だった。見れば記録媒体を挿入する口が半開きになっており、若者が何度閉じようとしても閉じることはなかった。確かにこれは故障しているようだ。修理できないほどの、というわけでもないが。

 ただ、捨てた人にとっては、故障した時点で用無しだったのだろう、若者はそう考えることにした。

「V-iola……ヴァイオラ。ここに、居たのですか」

 若者が、故障したウォークマンを鞄に入れようとした直前。若者の背後から声をかけた存在がいた。

それは、赤く背の低めな直方体に、四本の脚と二本のマニピュレータが接続された多脚機械だった。それが、内蔵された音響装置を使って声を発していた。

「ああ、うん。そろそろ、時期が来ると思ってね」

 ヴァイオラと呼ばれた若者は、声に反応してフードの様になっている布を退けた。中からは、薄紫の混ざった銀色の髪と白磁のような肌が幻想的な、少女の顔が現れた。

「ところで、ボクス。私の輸送車カーゴは何処?」

「はい。ドクター・エンブリオと、共に、麓に放置してきました。何か問題が?」

「いや大有りでしょう。ドクター泣くよ?戻った後、ボクが大変なことになるよ?抱き枕的な意味で」

 ボクスと呼ばれた多脚機械は、しばし目に当たる部分に灯った光を明滅させながら、マニピュレータを横に広げて見せた。それは、人間が、両腕を曲げて広げる、肩をすくめるときの動作によく似ていた。

「程よく温かく、所々柔らかく、まるで人を、抱き締めているように、気持ちがいいと、ドクター・エンブリオは、仰っていましたが」

「いや、そういう話ではなくてね…。ふぅむ。ああ、そうだ。これの回収を宜しく」

 ヴァイオラは、脱力したような姿勢から復帰し、鞄に入れようとしていた、故障したウォークマンをボクスに預けた。

「預かります。汚染判定……問題なし。情念エコー判定……問題なし。持ち帰ることが、出来ます」

 ボクスは、直方体の上に置かれたウォークマンを内部に格納し、機械的な検査を行った後、収納用のケースに移した。ヴァイオラはその様子を満足げに見守る。

 すると彼女は、準備運動でもするように体を動かし始めた。

「さて、そろそろ来る頃合いだね。ボクスは、周囲の探査を宜しく」

「了解しました。ただ、探査の、必要性は薄い、と進言いたします。情念エコーの反転反応、敵性体ノイズ反応、増大…。顕在化まで、一分」

「予想よりも早い、か。やはり情念エコーが、この場の空間許容量を大きく超えているからかな。まあ、良いか」

 準備運動も終えたヴァイオラは、ローブを全て脱いでボクスに預け、格闘技のような構えを取る。その拳には光が淡く宿り、何かの波動を発し始めた。

 その、次の瞬間だった。


『□□□■■□――――――!!』


 轟音のような雄たけびと共に、ゴミ山の一角にあった堆積したゴミが弾け飛び、黒一色で塗り潰された揺らめく炎のような腕が姿を現した。

 その腕は、先についている手のような部位で塵の地面を掴むと、ずるずると這い出すように、肩、胸から上までを露出させた。しかし、それ以上の出現は無かった。

 右腕と、右肩と、胸部と、頭。それだけを露出させた黒一色の巨体は、顔と思われる部分に赤い光の目を宿し、一度周囲をぐるりと見まわした後で、ヴァイオラの姿を視界内に収めた。

「……響鳴機関ハーモナイザー、出力解放。拳打による中和キャンセルを試みる!」

「戦闘許可は、出ています。対象の、敵性体ノイズを、除去してください」

「了解したよ。ボクスは退避して。さあ、かかって来なさい!」

 挑発するように、ヴァイオラは手招いて見せる。すると、黒い巨人は這いずるように、しかし、這いずっているとは思えない速度で突進を仕掛けてきた。

「おっと…!」

 不安定な足場を蹴りつつ、ヴァイオラは側転での回避を行い、距離を取る。黒い巨人は腕を無理やりに使い、旋回。再び突撃を仕掛ける。

 ヴァイオラ、今度は前方宙返りで回避。巨人の背中部分に埋まっていた木製の箱を蹴って、着地。彼女が巨人の背を蹴った瞬間。人の声が金属音になったような共鳴が辺りに響き、ゴミ山全てのゴミ達を震わせたように見えた。

「コアは、そこだね。木製の箱か」

『■■■□■■■□――□□■□□――□□□―――□□□―――――!!』

 黒い巨人は轟音のような声を挙げながら、腕を無造作に振り回し、ヴァイオラを破壊せんとし始める。しかし、ヴァイオラは軽やかにそれを回避し続ける。そして、何度目かの攻撃の通過を見送ったあと、その腕を蹴って跳び、そのまま背中に回り込んだ。

「苦しいかい?大丈夫、今、終わらせてあげるから…!中和キャンセル開始」

 先ほどの木製の箱近くに着地したヴァイオラは、渾身の力を込めた、光を帯びた拳による一撃を、箱に向けて叩き込んだ。瞬間に箱は砕け、先ほどの、人の声のような金属音が盛大に周囲の空間に轟くと同時に、黒い巨人も、塵のように霧散した。

「……キミ、辛かったろうね。ゆっくりお休み」

 霧散していく巨人から降り、ゴミの大地の上で、ヴァイオラは巨人に向けて、そう呟いた。


 全てが終わった後、ヴァイオラはボクスを呼び寄せ、敵性体ノイズの検分を行った。

「お疲れさま、でした。敵性体ノイズの反応は、もうありません。ヴァイオラの響鳴機関への、汚染もありません。完璧だと、言えるでしょう」

「了解だよ。いや、相変わらず強力な敵性体ノイズが多いね、ここは」

「はい。情念エコーの、堆積量が、尋常では、ありませんから。敵性体ノイズも、多く、出るのでしょう。ところで、その人形は、何ですか?ヴァイオラ」

「ん?これかい?」

 ボクスに問われ、ヴァイオラは戦闘終了時から手に持っていた一体の、古びた人形を見た。手作りで拵えたと思われる衣服は、所どころ手垢のようなもので汚れ、使い込まれているように見える。

 それは、先ほどの敵性体ノイズのコアである木製の箱から出てきたものだった。

「何となく気になってね。持ち帰ろうと思って。調べてくれる?」

 そう言って、人形をボクスに差し出した。

「了解。検査します…」

 人形を格納し、先ほどと同じ手順で検査が始まった。

「汚染判定……中等度の汚染を確認。浄化が必要と判断。情念エコー判定……マイナス。浄化が必要と判断。現状では、響鳴機関ハーモナイザーに悪影響を及ぼす危険有り。持ち帰りは推奨できません」

「そっか。まあそうだよね。良いよ、ボクス。浄化して」

「よろしいの、ですか?」

「うん、残念だけれど。でも、これで良いのかも知れない」

「了解。検査対象物品の、浄化作業を準備します…」

 ボクスは人形を取り出し、マニピュレータから牽引用の光輪を射出。空中に浮かべるように捕捉する。ヴァイオラは少しだけ距離を取り、その様子を見つめる。

「浄化…開始…」

 作業が始まると、牽引用の光輪に捕捉された人形を包むように電流の檻が形成され、人形が徐々に光の粒子へと分解され始めた。

(これで良いんだ、きっと。あの人形にとっては…。いつ捨てられたのかは分からないけれど。これで、良いんだ)

 その工程を目に焼き付けるように見据えるヴァイオラは、胸の内でそう呟きながら、先ほどの巨人が最後に轟かせた、まるで人の声のような金属音に思いを馳せていた。


 あの時、最後に轟いたその金属音は。

『ワタシハアナタニ――タダアイシテ――オイテ―――イカナイデ――――』

 一瞬だが、響鳴機関の機能でノイズが解消されたそれが、ヴァイオラの聴覚には、そのような叫びに聞こえていた。

「…些細なことだね」

 人形の最後の一片が光と消えていく様を見つめながら、彼女は苦笑を浮かべるのだった。


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