修羅
私は健二君の隣で大きく伸びをした。健二君は男の死体を見て顔を顰めていた。死体はモノだ、なんて言っていたくせに。やっぱり不機嫌なかものはしみたいで可愛い。
私は死体よりも、死体の上のカラスを見ていた。こうやって見ると人間なんて生肉だな……。まずそうなのにカラスは何がいいんだろう?
私は少し笑った。隣に今も健二君がいることにほっとしていた。目を閉じて昨日の夜を思い出す。濡れていく。健二君は私を護って、それから怪我をして、手当てをして、それから私は――
≫≫≫
私は銃を抱えて夜道を歩いていた。白い仮面越しに目を光らせて。比喩なんかじゃない。ほんとに光りそうな勢いで暗闇を凝視する。
私は、許せない。このゲームの運営も、彼の親も、彼を傷つけるものは誰でも。
私は今拠点で眠っている彼の顔を思い浮かべた。かっこよくはないけど不機嫌なかものはしみたいで可愛い。
必要なキャラを演じようとしなくても側にいてくれた彼。今まで演じすぎてよくわからなくなった私を見捨てなかった彼、私の身体を見てもいやらしいことをしなかった彼。弱いくせに助けに来てくれた彼。そんな人、今まで私にはいなかった。
「大好きだよ、健二君」
だから。だから。
健二君を傷つけたあのゴミを始末しなくちゃ。
私は舌でかるく唇をぬらした。
もう一時間も前のことだもの。どこか遠くに行ってしまったのかも。
はやく見つけないと。もし健二君が起きちゃったらまた心配するかもしれない。私を探しにきてさっきよりもひどい怪我をしちゃったら。もし、殺されちゃったら……。
それにゴミを始末してるの見られたら嫌われちゃうかもしれない。
そんなの、嫌。
私は目と耳に全神経を集中させようとした。そうしたら
「なあ、いいだろう。けっ、つれねえなあ。あんたのようなブス、こんな機会でもなきゃできないだろ? な、な?」
この声は。見つけた。
早く始末しないと。
愛しい健二君のために。サバゲ部「開幕アウトの女帝」の名にかけても彼に害をなすゴミは殲滅しなきゃ。敵はすぐに退場させるものだから。それが、私の役目だもの。
私は迷わず突進。背中に声をかけた。
「ねえ、お兄ちゃん。さっきはごめんね? あのね、梨緒、あんな不細工で弱い彼氏捨ててきちゃった」
「おい、マジかよ! な、わざわざ来るってこたぁ俺と」
「うん。でもナイフ持ってると怖いから嫌。それ梨緒にちょうだい」
「ああ、いいぜ」
私はナイフを受け取る。瞬間に身体を低くして男の股の下をくぐり、アキレス腱をぶった切った。
「うがあ?」
さっきまで頭悪そうに盛り上がっていたズボンはすっかり平たくなってる。私は上からおもいっきり踏みつけた。本当は、怖い。相手は男だ。足に力を入れた。私より大きくて力が強くて、すぐ殴って、すぐにエッチなことをしようとする。お父さんの顔が浮かんだ。でも、すぐに健二君の顔がもみ消してくれる。
彼は、私の。ただ一人だけの本当の男の子。
「がっ」
「ねえ、痛い?」
踏み捻る。
「ねえ、健二君も痛かったんだよ。だから左腕切らせて?」
「…………ふ……ざ」
踏み捻る。
「ぐあああああああああああ! わ、わかった。わ……かた……やめ」
私はそっと足をはなし、身体を丸めようとする男の顔を覗き込んだ。ゆっくりっと、時間をかけてナイフを左腕に押し当てる。それから、勢い良く引いた。
「あぐぅ」
「ん、もういいや」
「じゃ……あ、」
「うん。もう用済み」
≫≫≫
目をあけると、健二君がこちらを心配そうに見ていた。
「眠い?」
「ううん、大丈夫」
もう、大好き。
私は健二君と手をつないだ。拠点へ引き返した。最後に、男だった肉塊を見る。
ありがとう。あなたのおかげで健二君と手をつなげたの。クズも使い方次第なんだね。