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デストラクション  作者: 桂田 武史
7/15

夜襲

 正午ちょっと前に運営からの放送が入った。


『やあやあ、エサのみんな。そろそろスマホ使えなくなっちゃったんじゃない? そんなみんなを助けてあげたくてさ。ね、優しいでしょう?

 えっとね、海洋生物エリアの深海魚館にスマホの充電器をおいといたよ。取りにおいで。この後配布予定ないんだけどさあ、困るでしょ? 食料ミッションわからなかったら。

 それとね、女の子の中には月一のアレで困ってる子もいるよね? そっちは中央広場での配給になるからね。

 どっちも混むからね。「ゆっくり」おいで。

 ではでは~』


「なあ、これどう思う」

「嘘ではないと思う。必要なのも間違いない。でも」

「ゆっくり、は何を意味するんだ」

 俺は腕を組んだまま考えているような顔をして、深谷の様子をうかがっていた。深谷も深谷で渋い顔だ。

「早い者勝ちじゃないのか」

 あの運営が人数分の充電器を用意しているとも限らない。

「何故ゆっくりだ。いや……これは狩手にもきこえている」

 ゆっくりなんかしていたらいい餌食だ。それなら、まさか。

「取に行った者から奪えということか!」

 これなら納得がいく。いかにもクズの運営が考えそうなことだ。

「ちょ、健二君、全部聞こえてる。ああ、おかしい」

「ん?」

「独り言。ねえ、もう行こうよ。十分に時間たっちゃったよ」

 俺と深谷は左右を確認して医務室を出る。あわただしく何組かのエサが移動していた。方向は大きく分けて二つ。

 昨日俺と深谷が走り回るハメになった広場は確か西の方向。そっちには女か困ったようにも焦ったようにも見える顔の男が走って向かっていた。

 対して比較的のん気な顔でペア二人の人が向かっているのは北の方角。深海魚館がどっちかは知らないけど、とりあえずこれについていけば良さそうだ。

「しかし人が多い。これじゃ目立つな」

「大丈夫だよ。だって人が多いほうが襲われたときの身代わりだって豊富」

「そっか。なら大丈夫だな」

 隣を歩いていたペアが変な顔をして俺たちから離れていった。

 もう少し歩くと開けた場所がある。その先で足元は赤茶から青緑に変わる。向こうが海洋生物と爬虫類のエリアだ。

 行列の先頭が青緑に入る。ぞくぞくと他のペアも。混雑していて俺たちがあそこまで到達するのはまだ時間がかかりそうだ。あたりには何故か狩手の気配なし。

 と。

 馬鹿みたいに大きな音がして視界が煙で埋まった。右の耳が痺れて、頭の奥がくらくらした。詰まったみたいな左耳でびちゃりとかすかな音をきいた。

 俺は足元を見る。腕だ。腕と、なんだかわからない肉。

 深谷が俺にしがみついた。

 煙が晴れて目の前に広がっていたのはひたすら茶色と灰色の景色。

「嘘、だろ?」

「わ、なんもなくなっちゃった」

 ゲーム開始時とは比べ物にならない。地震とか空爆とかの現場写真みたいだ。さっきまで前を行っていたのは死骸になっていた。

焦げたのや潰されたのがあっちこっちに散らばっている。上からぐずぐずした液体が降ってきて、見上げたら外灯に人間が刺さっていた。

男だか女だかわからないそれは活造りにされた海老みたいにもがいている。首がこちら側にぐりんと動いた。やがて白目をむいて動かなくなる。

「死んだのか」

「みたい」

 今の爆発で狩手が来ると面倒だ。死骸になんの感慨もわかなくてもあれみたいに串刺しになって死ぬのはごめんだ。足元のこれやそれみたいに潰れたり焦げたりだって。

 死ぬなら自分の手で、運営を潰してから。

 これ以上こんなところに用はない。

「ねえ、健二君。あれ」

 立ち去ろうとする俺を深谷が引き止める。

 瓦礫の下に、金庫がある。爆発で黒くなっているけど変形している様子はない。

「ああ、そういうことか」


         ≫≫≫


 日付はもうすぐ変わる。俺と深谷は鍵があいていた金庫から充電器を回収し、医務室に戻っていた。充電が終わったスマホを即座に立ち上げると新着が二件。

 一つは食料ミッションだった。

 そしてもう一つは


『エサのみんな、楽しんでる? 今日で折り返しだねえ、生きてるのって素晴らしいねえ。でもさ、なんだかつまらなくない? デスゲーム感なくない? んでね運営は考えちゃったわけだ。キャー! 大

切だからよく読んでね。


今日の正午をもって海洋生物および爬虫類エリアを爆破するよ


さあ、大変だ。どうする? 君たちは生き延びる?』


「野郎」

 俺は思わず舌打ちした。隣の深谷はアプリをいじくりまわしている。

「健二君、これ」


《実況

・エサ残量 七十九個

・死神さん 二十二人

・残り日数 二日と二分

・逃切報酬 一億(ペア生存で二倍)》


 エサ残量っていうのが俺たちのことだろう。腹が立つ言い方だがここまで一貫されると逆に清々しい。生き残りが七十九人というのが多いのかどうかはわからない。さらに詳細をタップすると二日目の死者は八人だったからやっぱり昼の爆発が影響しているんだろう。

 狩手もまた三人死んでいる。俺は手元にある拳銃を眺めていた。深谷が言うには残弾は四発らしい。

 狩手の死骸から剥ぎ取ったものだ。よくわからない銃もあったけど、そっちは深谷に取られた。

「わー、八九式! 自衛隊員じゃないのに触れる日が来るなんて」

 どういう意味かいまひとつわからないけど、人形を抱えるみたいに両手で握って逃げ回るから諦めた。

 八九式とやらのほうが格好良かったのに。

小さい深谷じゃ絶望的に銃とのバランスが悪い。もっとも俺もチビだから俺が手にしても見栄えは良くなかったろう。悔しいが、仕方ない。

 他にも俺たちは黒いスーツと仮面を奪っていた。死んだ挙句にボクサーブリーフ一枚にされた狩手には同情しないでもないけど、所詮死骸は物だ。

 深谷も深谷で剥ぎ取ったらしいが、さすがに俺は現場に立ち会わなかった。

 深谷ほど小さい狩手がいるのかと尋ねたら

「スカートはある程度長くてもウエストさえあえば大丈夫」

 だそうだ。上については

「なにこれ。胸きつい」

 なんてぼやいていた。俺はできるだけ見ないようにしている。

それより問題は俺のほうだった。

 ……上は合うのに、ズボンが長すぎる。

「あー、下だけあわないってことはやっぱ足短いんだね」

 思い出しただけでいらいらする。

言われたときは泣くかと思った。悪気なさそうな顔でさらっと失礼なことを言う。

今は医務室にあった安全ピンで裾を留めている。

 俺たちの作戦は狩手になりすますことだった。

 黒いスーツは少し、というか……かなり血生臭いが仕方ない。

 運営を潰すならまず生き残ること。

「ね、健二君。いっしょに運営潰そうね」

「どうして」

「よく独り言で。にっこり笑って運営殺すって。そうしたら梨緒ね、うん、梨緒も運営が許せなくなっちゃった」

「なんだよ。急に梨緒って」

「三日目ボーナス。ね、だめ?」

「知らん」

「いいや、こっちが梨緒の素だもん。あ、ちょっとおトイレ」

 深谷は俺の前を通り過ぎ、いそいそと外へ出て行った。

「……なんだったんだ、今の」

 当然だけど、誰も何にも言ってくれない。こんなに独り言に返事がほしいと思ったのは初めてだ。


 深谷は三十分くらい帰って来なかった。

 何度か外を見る。人の気配はない。

 俺が「知らん」なんて言ったから出て行ってしまったのか。とにかく死なれたら後味が悪い。

 ひとまず俺は仮面をつけて完全に狩手の恰好になる。拳銃を右手で握り頭の中で安全装置の外し方を反芻する。

 アプリのペアをタップして深谷の現在地を確認。深谷を示す青丸は同じ場所にとどまったままだ。背筋が冷える。トイレから出たところを襲われたんだ。

俺は空になったクーラーボックスも掴んで外へ出た。

早足で、だけどできるだけ静かに移動する。深谷はすぐにみつかった。

深谷の前に背の高いスーツの男がいる。襲われている様子は、ない。

「なあ、いいじゃねえか。そんなやらしい身体してよお」

 カチンときた。俺はなんも考えなしのまま飛び出した。クーラーボックスの角を力いっぱい男の後頭部に叩きつける。

 ガッと鈍い音がする。

「てめえ」

 男が勢いよく振り返った。俺は慌てて跳び下がろうとする。

「っつ」

 左の上腕が切れた。裾を踏んで地面に転がる。左手に持っていたクーラーボックスで顔面をうった。

「殺すぞゴルァ」

 俺は背中を丸めた。男が馬乗りになる。右手にはぎざぎざした刃のナイフ。俺はあわててクーラーボックスで胸部を護る。ナイフが顔面をかすめた。

 俺は左腕をむりやり右手に寄せた。不思議と痛みはない。左手で拳銃の底を握って手探りで安全装置を探す。

 もそもそと引っかかりの近くで指を動かすと、ぐんと何かがずれた。

 俺は銃口を男の顔面に向けた。眉間と銃の影が重なったところで引き金を引く。

 徒競走のピストルと大差ない音がした。けど反動は違う。

 肩がしびれる。腕が震える。右腕がはねて、しっかり銃を握ったはずの左手が離れた。後頭部をおもいきりぶつけて意識が飛びそうになる。一瞬、息が詰まった。

 男は俺の上から跳びのき、俺を睨みつけていた。

 そんな、この距離で外すなんて。

「う……ああああああ」

 俺はまだぐらぐらする頭をもちあげ、銃を男に向けた。指が、震える。揺れる銃口を押さえつけようと両腕を膝ではさんだ。

「だめだよ健二君。梨緒は大丈夫だから」

 深谷の声がする。けど、男はまだナイフを構え俺を狙ってるんだ。

「あと三発しかないんだよ」

 でも、その三発の中でこいつを仕留めれば。

「あのね、梨緒、彼氏に殺人はして欲しくない!」

 男が動きを止めた。俺も銃を構えたまま静止する。男が握っているナイフの柄がギチギチ鳴った。しばらくの沈黙。

 やがて男は俺の足元に唾を吐いて去っていった。

「健二君、大丈夫?」

「ああ……なんとか、な」

「ごめんね梨緒のこと探しに来てくれたんだ。ありがとう」

「いや。結局俺が助けられたよ。あいかわらず咄嗟の機転が利く」

 深谷が俺に肩を差し出した。左腕の傷が、今更になって痛みだした。暗くてしっかり赤い色は見えないけどぬるぬるした。俺は深谷に左半身を預ける。

「すぐ手当てするからね。拠点医務室でよかったよ」


         ≫≫≫


 目を覚ました頃には昼になっていた。もう四日目か。頭が少し重い。昨夜の処置は滅茶苦茶な荒療治だった。タオルを噛まされ何度も意識を手放しそうになった。

 けど、そのおかげか少し痛みは和らいだ気がしないでもない。

「おはよう、健二君」

「ああ、おはよう」

 俺はベッドから起き上がった。

「あ、まだ横になってて」

「ん、大丈夫。それよりトイレ行くから」

「じゃあ梨緒も行く」

「やめてくれ。恥ずかしい」

「中まで入る気はないから。それに健二君お熱ある」

 深谷は俺の右腕をがっしりと掴んでいた。説得しても聞き入れそうにない。それに情けないけど深谷がいてくれたほうが心強いような気もする。

 立ち上がると足元がぐらついた。

「ほら」

「ごめん」

 深谷のスーツは右側を中心に血で汚れていた。こんなに出血していたなんて。もし手当てが遅れたら俺は死んでいたのだろうか。

 さすがにトイレは一人で済ませた。一番奥の狭いところへ入って、壁に背中を預ける。

 用が済んだら深谷を呼んで、支えてもらいながら手を洗った。左手が思うように動かないから水が飛び散った。

「悪い、深谷」

「大丈夫。それより今日は安静にしてて。思ったよりずっと沢山血出てたんだよ?」

「わかった」

 拠点に向かう。深谷が相変わらず密着しているけど俺は何も言わないでいた。と、目の前を大きなカラスが横切っていく。

 俺は意味もなくカラスを目で追った。カラスが降りたった付近にはさらに五、六羽いて何かをついばんでいる。

「あれは」

 昨日深谷を口説いていた奴だ。近付いてみると、左腕と両足首、それから胸を深々とえぐられていた。脳天には複数の銃創。股間はスーツの上からもわかるほどに出血していた。

 さすがに俺も目をそむける。

「なんで死んでるんだ」

「なんでだろ。痴情のもつれじゃない?」

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