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デストラクション  作者: 桂田 武史
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鬼頭と化野

 三日目の朝です。

 まだわたしは生きているみたいでした。わたしはスマホの画面を見ます。

 初日に鋼志の指示で電源を切ったのでまだ充電は十分です。

 鋼志は「オレの死んだわ。電源入れて」と言ってすぐに周りの偵察に出かけました。

 わたしは三日間同じ場所を拠点にしていることに恐怖を覚えてました。

「今が大丈夫なら、ひとまず他よりは安全……」

 鋼志のいうことを反芻してみましたが、不安は変わりません。とりあえずは近くに危険があった場合ホイッスルで教えてくれることになっていますが、いつあの甲高い音がするかと思うと落ち着かないです。

そういえば鋼志が使えるのを探すといってかたっぱしからホイッスルを鳴らし始めたときもはらはらしました。狩手に聞こえてしまわなくて本当に良かった。

わたしは部屋の隅でまとめてダンボールに入っているホイッスルを見てため息をつきます。

食料は鋼志が昨日とってきたバナナとゼリーがありました。「オレはカブトムシじゃねえぞ」なんて怒ってましたが動けばお腹も減るでしょう。やっぱり食事は大勢がいいので鋼志をまちましょう。

 それにしても……わたしはこのままでいいのでしょうか。

 鋼志に全て任せてしまっていて。そのくせに、なんだか女の子として扱われているようでうれしくなりかけているんです。

 わたしは少しだけ窓の外をのぞきました。

 よく晴れた、きれいな朝です。こんな日はすこしうきうきとしてしまいます。道端に飛び散った血さえなければ、ですが。

 思わずため息が漏れました。遺体は、どこへ行ったのでしょう?

 わたしは立ち上がり洗面台に向かいました。

使いどころの解らない動物用の薬品を端においやってカミソリを手にとります。嫌な作業ですが、こればかりは仕方ありません。他の「オネェ」よりはひげが薄いほうで助かった、と割り切るべきなのでしょうか。

それに、何故だか鋼志がいないうちにきれいにしたかったです。

カミソリはなんだか生臭かったです。足元に「魚・ペンギン館A一」と書かれた青いポリバケツがありました。わたしは一瞬変な顔をします。考えてはいけません。

端っこにあったタオルで顔を拭いていると、鋼志が帰って来ました。

「ん、怪我か?」

「顔洗っただけ」

「ああ」

 わたしたちは床に座りました。近くにあった大正製薬のダンボールをひっくり返し、机にします。

「やっぱ減ってるぜ、飯んとこの人」

 わたしはゼリーとバナナを、鋼志は新しいクーラーボックスを机におきます。

「何がでっかな。って。あー、ポカリとメロンパン。くっそ、塩分とか肉よこせってんだよな。ポカリ冬飲むもんじゃねえし。あ、ちょ、お前オレのオレンジにして」

「はいはい」

「ん。あんがと」

 わたしは手元にあったみかんゼリーを鋼志のほうにあったのと取り替えました。白桃。わりと好きなほうです。とはいえ、鋼志のいうようにそろそろ塩気がほしい。

「あーほら。身体まで甘え」

 わたしが俯いていたら鋼志がおどけた声を出しました。わたしが顔をあげると、鋼志はニカっとわらって腕を舐めるまねをしました。

「ごめんね、元気出す」

「あ? 仕方なくね? 酒とかねえかな。あ、消毒液ってさ、」

「馬鹿なこと言わないの」

 まだ最後まで言ってねえし、と鋼志は口をとがらせていました。なんだかデスゲームに巻き込まれているのを忘れてしまいそうです。

「これなら楽勝ね」

「おいおい、油断すんなって。つってもな。あーやべぇ。楽勝すぎて笑いそう」

「ね、鋼志は賞金なにに使うの」

「急に生々し!」

「私はSRSに使うの。身体もちゃんとしてね、」

「んだよ。アレって痛えだけで本物じゃねえじゃん? 人体ってイレギュラーなんだぜ? 生物学とか科学とかえらそうな顔しってけどまだ分かってねえことも多いんだ。オレさ、なんかの奇跡で本物になるよ。それもめっちゃイケメンだぜ? もちろんチビじゃねえ。いいだろ?」

「んー。じゃあ何に使うの?」

「そっだな、家でも買うか。書斎、プラモ部屋、あー屋根裏部屋とどんでん返し戸もほしいな。あと宇宙船みてえな部屋とか、」

「バカみたい……。子供」

「んだよ」

掃除道具で武装した鋼志もいますし、もうここから動かなくてもいい気がしてきました。

 と、わたしのスマホがなります。

「あ、ちょっとごめん」

「てオイ。ダチからじゃねえんだし」

 それからわたしたちは固まりました。


『エサのみんな、楽しんでる? 今日で折り返しだねえ、生きてるのって素晴らしいねえ。でもさ、なんだかつまらなくない? デスゲーム感なくない? んでね運営は考えちゃったわけだ。キャー! 大切だからよく読んでね。


今日の正午をもって海洋生物および爬虫類エリアを爆破するよ


さあ、大変だ。どうする? 君たちは生き延びる?』


隣で鋼志が舌打ちしました。ペンギン館に隣接するこの建物が爆破範囲内なのは言うまでもありません。

今は、十一時半。わたしは慌てて立ち上がり全てのクーラーボックスを持ち上げようとしました。

「落ち着け。日持ちして小さいもんと水分以外は置いてくぞ。それから。念のためそこのパンフ一つとっとけ」

「でも」

「いいから」

 鋼志はゼリーとメロンパンをポケットにねじこんでいます。わたしもゼリーとメロンパンを抱えました。

「おい、はやく」

 それからカミソリとタオルを失敬しました。

 先を行く鋼志が警戒し、わたしも続いて外へ出ます。外は思いのほか静かでした。しかしスマホの充電がなくなってなにも知らないまま隠れている人もいるのでしょう。

「鋼志、わたし他の人を助けたい」

 鋼志は少し考え込んだようでした。

「時間がねえ」

「でも」

「騒ぎがでかくなったら逃げおくれっぞ」

「だって死んじゃう……!」

「余計なことしてたらオレらが死んじゃう」

 わたしは思わず鋼志を睨んでしまいました。

「あんさ、正しくありたいのは悪くはねえけど……止めとけって」

「なんで。同じ苦境だからこそ助け合えるのに」

 鋼志は「あっそ」とつぶやいてそっぽを向きます。わたしは鋼志の肩をたたきましたが振り返ってくれません。

 鋼志の言う正しくありたい、というのは嫌われないように振舞うわたしのことでしょうか。わたしは何を言ったらいいか困っていました。

 鋼志とギスギスしているのは嫌です。けれど「ごめんなさい」と言うのも違う気がします。わたしは間違ったことを言っていないと思いますし、鋼志が間違っているかといったら一意見としては正しいのですから。

 さらにわたしは「正しくありたい」わけではありません。傷つきたくない、傷つきたくない。「間違える」のが怖いだけなんです。

 鋼志になんと弁明しましょう。

いいえ、そもそもわたしをどう思うかなんて鋼志の勝手で弁明する必要もないんです。今までだってそう生きてきたハズです。

 では、どうして誤解を解きたいと思うのでしょう。

 鋼志はぐんぐんと先に行ってしまいます。いつものように「早くしろって」と振り返ってくれる気配もありません。

 鋼志は何故怒っているのでしょう。

 考えても考えても答えは出ませんでした。わたしは何もできず鋼志の背中を追います。せめて脱出の助けになればと立ち上げてみた地図アプリも見せられません。殺気だった鋼志には声をかけることすらできなかったんです。

 毎日の偵察で道はわかっているのか鋼志の歩みに迷いはありませんでした。

 タータンの地面が青緑色から赤茶色にかわりました。

 十一時四十分。

 わたしたちは無事、爆破範囲を脱出しました。

 わたしは来た道を振り返ります。そこを通り過ぎたペアがいました。周囲警戒こそしていますが、爆破については知らないようでした。どんどん奥へ行ってしまいます。

 あれでは、死んでしまいます。

「ねえ、そこの人たち」

 わたしは腹の底から声を出します。鋼志が舌打ちしてわたしのブラウスを引っ張りますが無視しました。

「逃げて。これから爬虫類エリアと海洋生物エリアは爆破されるって」

 見えるかどうかわかりませんが、わたしはメールの文面を見せた状態でスマホをぶんぶんとふりました。

「急いで逃げて」

「……ねえ、なにあの人。アッチ系? キモッ」

「バーカ。それ言うならソッチ系だろ」

「だっけ? ホント頭おかしいわ~。行こ行こ」

 わたしはスマホを高々と掲げたまま固まりました。鋼志がため息をついています。

「だから止めたんだよ」

 わたしは、忘れてました。鋼志と一緒だったから。自分が今までこうやって差別されていたこと。どうして、気付けなかったんでしょう。

「いいんだよ。あんな奴ら爆死しときゃ」

 そういう鋼志の目もかすかに潤んでいました。口許は今まで見たこともないくらい冷たく結ばれていました。

 わたしは拳を強く握ります。

 わたしがもう少し賢かったら、こんな思いすることもなかったのです。鋼志まで傷つけて、わたしは何やっているんでしょう!


『やあやあ、エサのみんな。そろそろスマホ使えなくなっちゃったんじゃない? そんなみんなを助けてあげたくてさ。ね、優しいでしょう?

 えっとね、海洋生物エリアの深海魚館にスマホの充電器をおいといたよ。取りにおいで。この後配布

予定ないんだけどさあ、困るでしょ? 食料ミッションわからなかったら。

 それとね、女の子の中には月一のアレで困ってる子もいるよね? そっちは中央広場での配給になるからね。

 どっちも混むからね。「ゆっくり」おいで。

 ではでは~』


 放送が聞こえました。

「鋼志! わたしがいきます」

「いいよ。オレが行くから」

「嫌。わたし鋼志まで傷つけた。鋼志は止めてくれていたのに。挽回させて」

「うっせえよ。オレだってしっかり詳細言わなかったのが悪いんだし余計なことしようとすんなよ」

「うっせえって」

「足手まといなんだよ」

「ひどい……!」

「お前ずっと中にいたから地形知らねえだろ。そんな奴がこの残り時間で飛び出してっても死体が一個増えるだけだ。その辺でおとなしくしてやがれ」

 鋼志はものすごい形相でわたしに怒鳴りつけ、爆破範囲のほうへ走っていってしまいました。わたしは追いかけることをしませんでした。

 鋼志ならば無事戻ってくると思えましたから。

 でも、そんなことより。うっさい、足手まとい、おとなしくしてろだなんて。

 どうして鋼志までそんな酷いことをいうのでしょう。

 信じていたのに。彼ならひどい言葉を吐いたりしないって思っていたのに。

 わたしは、足手まといだと思われていたんですね。学校や家族だけじゃなくて鋼志にとってもわたしは……いらない人間だったんですね。

 わたしはその場でぼったっていました。

 狩手に見つかってしまって殺されたとしても別に構いません。どうしてこんな気持ちになるのでしょう。

 目の前に広がる景色はデスゲーム中でも一見平和な動物園。

 爆破までの時間が、せまっていました。

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