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デストラクション  作者: 桂田 武史
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黒スーツの女二人

   黒スーツの女二人


 私はカバの檻に背中を預けて座っていた。獣のにおいもしないひたすら灰色い動物園で、五十と数年生きて初めて無骨な銃を手にして……。

 私は手を握ったり開いたりした。

 緊張のためか少し震えているものの感覚はいつもと変わらない。

 ゲーム開始時に着用を命じられたセンスの悪い仮面をなでる。やはりプラスチックのつるりとした感覚は私の知っているものと同じだ。

 私は一度目を閉じ、このゲームのルールを反芻した。


・手にする武器は支給品です。銃器の場合は今ある弾がそのまま残弾数です。弾切れや破損した場合は園内にあるもので戦わなければなりません。


 銃と一緒に支給された美顔ローラーの柄みたいな物がそうだろうか。何かの映画で見たような気がする。


・支給はランダムです。違う種類の武器をご所望の場合、他のプレイヤーに交換の交渉を持ちかける必要があります。また、説明書はございませんので操作は使って確かめてください。

・あなたたちプレイヤーはゲーム内で「狩手」と呼称され「エサ」と呼称される人々を殺します。一人殺して五万円、さらに五人ごとにボーナスで二万円が報酬に追加されます。


 それから一番私を混乱させたのは


・これはVRゲームであり、皆さんはテストプレイヤーです。体感時間は五日間、途中で死亡した場合リタイアとなります。なおエサはNPCであり人ではありません。


 の一項だった。

 あまりにリアルだ……。

 私の前を高校生くらいの男とおばさんが歩いていた。親子という設定だろうか。こんな動物園を歩き回る理由がわからない。

 そんなことを考えながら二人を見ていると、向こうも私に気付いた。

 二人は短く悲鳴をあげて逃げていく。

 私はわけもなく立ち上がって、それから手にした銃を思い出した。

 ため息が漏れる……。

 エサとは今逃げて行った人たちのことだろうか。いや、人ではなくNPCで……本当にNPCかどうかわからないけれど。

 とりあえずアレは人ではないらしい。

 私は二人が歩いていた場所にあった地面のひびを呆然と眺めた。

 なんとなく銃を構え、引き金に指をかけた。

 弾は、出ない。

 銃口をのぞいても、暗くてよく見えない。

 何かが詰まっているのだろうか。

 私は銃口を地面に向けた。ちょっとマニアな人のための玩具かもしれない。

 黒光りした銃身は無骨で、しかし妙な美しさがあった。よくできている、というのだろうか。

 私は銃には詳しくないけれど……。ただこの滑らかなものは人を殺すための道具だというんだからがっかりする。

 息子がまだ幼い頃やはり電子銃の玩具を欲しがったけれど、何故世の男たちはこんなものが好きなのだろう。いくら美しくたって置物にもなりゃしない。

 私は嬉々として電子銃をぶんまわす息子を思い出していた。

 ――こらこら、それは撃つんだぞ。

 あの頃は夫も優しかった。またため息が漏れる。

 私はなんとなく銃を弄んだ。するとカチャリと小さな音がして、

 トタタタタタタタタ……

 あたりに軽快な音が響いた。私は盛大によろけ、尻餅をつく。

 また、ため息が漏れた。

 心臓が止まるかと思った。本物だったのか。ゲームとはいえこんなものを人に向けていいのだろうか……。

 私はとりあえず投げてしまった銃を回収し、またカバの檻の前に戻った。

 腰をおろしかけ、所在に困った銃を抱えようとする。それから先刻の乱射を思い出し、やはり地面に置くことにした。

 寒い。

 私は目を閉じる。

 風は止んでいて、足音もない。

 早くもこのゲームに参加したことを後悔している。

『借金に困っている方、お小遣い稼ぎしたい方、ゲームが好きな方へ。新開発のVRゲームのテスターになってみませんか?』

 ネットで家族に見つかりにくい内職を探していた時に。私はこんな広告を目にした。

 ため息が漏れる。

 借金で困っていた。

 VRは何だか知らないがゲームならば遊んで楽しくお金が稼げるのだろう、と詳細も確認せずに応募してしまった。

 牧場経営や人語を喋る動物たちとのスローライフ、または広大な土地で可愛い生物を相棒にチャンピョンを目指すのか。

 年甲斐もなくお姫様やアイドルだって悪くない。

 可愛いキャラクターの外見を借りられないなら魅力も半減だけれども……。

 結局、冷静ぶってみても私はのんびりとした生活を妄想し勝手に舞い上がっていた。

 ほんのわずかなテストプレイ時間だというのに全てを楽にしてくれる非日常への入り口と夢想していた。

 それが……よりにもよってこれ程までにヴァイオレンスなゲームとは。

 借金を返すためなら仕方ない。

 一人も殺さないで終了を待てばいい。

 しかし体感五日もこんな場所で何をしよう。

 折角だから楽しまなきゃ損と自分を励ますも無駄な努力でしかなかった。所詮、私のゲーム知識なんて手元でピコピコしている程度のものだった。

「なあ、おい?」

 私がひときわ大きなため息を吐き出そうとしたとき。

「アンタさ、ゲームしないの?」

 背後から現れた女は私と同じく黒いスーツ。やはり仮面で顔の上半分は隠れている。

 女にしては背が高く、明るい茶色に染められた髪はごわごわし頭頂部はそろそろ黒くなっていた。

 仮面の裏からダハハと品のない笑い声がする。

 こんな状況でもなければ係わり合いになりたくもないタイプの人だ。実際、このタイプの人間と親しかったばかりに私はここにいる。

 私は座ったまま尻一つ分ほど女から離れた。

 しかし無神経な女は私の隣にどかっとあぐらをかく。

 隣空けてくれてあんがとさん、と言っていた。

 私は出かかったため息をかみ殺す。

「へえアンタ真面目ちゃんか。髪黒いし、てかシャツ第一止めてんの。ダサッ」

 そういう女も口元を見れば私と同じような年齢なんだろう。歳も考えずにそんな頭をしている人間にダサいなんて言われたくない。こんな粗野な口調もいけない。私が真面目なんじゃない。この女が不真面目なだけだ。

「あー、ほら。いらだってんの隠そうとしてるんだ。ウケる」

 人を不快にしていると理解しながら改めないとはどんな神経をしているのだろう。ともかく、私にとってこの女は宇宙人に等しかった。

 私は黙って立ち上がった。行く当てもないけれど女に背を向けた。しかし。

「なあ、アンタさそれいい銃じゃん? ちょいとさあたしのと交換してよ」

 無視しようとしたら抱きつかれた。力が強い。それに、ぞっとするような爪の長さだった。こんなのでかじられたら一たまりもない。

 私はしぶしぶ立ち止まった。

 女は私にまとわり付き、銃に手を伸ばした。

 私はとっさに銃をかばう。こんなもの手放してしまいたいが、こんな女に渡したら乱射しかねない。

「ねえ、いいじゃんか。あたしのアレよ?」

 耳元で大きな声がしたかと思うと、強引に首の向きをかえられた。

「あ、ちょっと、痛」

 そこには私が持っているよりずっと大きな、長くて厳つい銃がある。いや、あれは銃なのか。戦車からもぎとったような。私が仮に後ろで騒いでいる女と協力したところで持ち運べないだろう。

「ね、ホント意味わかんなくない? アレの前通るバカなエサがいると思う? 戦車でも狙う気かっつうの。だからさ、使わないんならソレあたしにちょうだい? アレあげるから、みたいな?」

「だ、め……」

「ん、じゃああたしアンタと一緒に行動するわ」

 私は思わず固まった。今、この女はなんと?

「あたしアリアね。いっつもこの名前でゲームしてっから。アンタは?」

 おそらく今、私は苦虫をダースでかみ殺したような顔をしている。不快を隠す気も完全にうせていた。私は女をにらみつける。仮面越しの抵抗なんて役にも立たないとはわかっていた。

「ね、アンタは」

 女は大きく身体をのりだして言った。もはやため息も出ない。女は何処までもついて来そうな勢いだ。現に無視して歩いた数メートルも女はまとわりついて離れなかった。これは、諦めるしかない。

「……頼子」

「ぷっは、なになに本名? 真面目だねぇ。よろー」

 ……VRでも胃に穴は開くのだろうか?


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