銃口 Side.キララ
銃口 Side.キララ
わたしの番号は五番でした。
わたしは檻から出て、目の前にあった爬虫類館の中に身を隠します。
『ルールを説明するよ
・デスゲームは全部で五日間。食べ物はあるよ。感謝してね
・男の子と女の子二人ペアで行動しよう。二人で生き残るとなんと賞金二倍! わお、超お得! 檻の前に番号札があるからおんなじ番号の子探してね
・あ、そうそう。ちゃんと死神さんもいるよ。怖いね
じゃ、親愛なるみんな、ガンバ! いつも君のそばに。運営より』
マニュアルにはこう書いてありましたが、死神さんから逃げているわけではありません。
窓の外では、金髪で釣り目の少年がスマホを片手に辺りを見回しています。
いえ、おそらくわたしのペアですから、わたしが戸籍上男である以上その人は女性でしょう。
わたしは困りました。
彼女はペアの「男性」を探しているに違いありません。わたしを見たら気持ち悪がるでしょうし、頼りにならなくて失望するでしょう。
わたしは、一般で言うところの「オネェ」です。今とびだしていってもお互いに気分を害すだけでしょう。
金髪の少女はいらだった様子で同じ場所をぐるぐる歩いています。申し訳なくなりましたが、やはり脚は動きません。
やはり「気持ち悪い」と言われるのも、相手に言わせてしまうことも怖いですから。
やがて彼女は爬虫類館の入り口に気付きました。のしのしと大またで歩いてきます。
わたしは二階に逃げようとしました。その後ろから。
「おい、お前」
わたしは観念して振り返りました。少女はわたしとスマホを交互に見て舌打ちします。
「そっか、テメェがペアか。逃げてんじゃねえよ」
とても怖いです。かつてわたしに罵倒をあびせた人々と同じ派手な頭に、粗野な口調……。
彼女は頭から足の先までわたしを見て「はーん、なるほどな」と言いました。
これはもう言い訳できません。今朝スカートをはいてお化粧の練習をしているときに誘拐されましたので、もちろん今も同じ恰好です。
「オレは鬼頭鋼志。鬼の頭に鋼の志でキトウコウジ」
わたしは固まりました。
もしかして、もしかしなくてもこの人はわたしの仲間でしょうか。
「んだよ、アホみたいに口あけて。おまえもさっさと名乗れよ」
少女改め少年・鋼志はわたしの前でぶんぶんと手をふりました。まだ声の調子からして治療はしていなさそうですから、鬼頭鋼志は偽名でしょう。きっと、意地でも男になるって願いをこめて鋼の志。
「あの、笑いませんか?」
「ねえよ。はやくしろ」
わたしも思い切って呼んでもらったことのない名前を言いました。
「わ、わたしは化野キララです。化けるに野原の野でアダシノです」
「キララって、おまっ」
「笑わないって言ったじゃないですか!」
「あー、わりぃ」
鋼志は大きく口を開けて笑っています。何故かいやな気分にはなりませんでした。わたしも釣られて笑ってしまいます。
「ん、あれか。キラキラ可愛くなりたい、みたいな感じか?」
「はい! キララって呼んでくれますか?」
「やめろよ、照れくさい」
耳まで赤くして顔をそむける様子が、なんだか可愛いです。わたしは、安心しました。ペアが彼でよかったです。
五日間、生きられるか分かりませんが心労はぐっと減るでしょう。
≫≫≫
「これ、何人参加しているんでしょうか」
「ん、分かんねえな。これか」
わたしたちはスマホをいじくりまわしていました。
いきなり動き回るより状況を理解したほうが良いという鋼志の提案です。
なんでも不用意に歩き回る人から死んでしまうのだとか。
手にした端末は外見も機能もほぼスマホですが、電話とこちらからのメール送信はできないようです。ですから正しくはスマホ様タブレット端末とでも呼べばいいのでしょうが、鋼志も運営もスマホと言うのでわたしもそれに従います。
早々に通報を諦めたわたしたちは生き延びる方法を模索します。
とりあえずマニュアルを読み返しましたが、死神さんの正体は不明のままでした。ですから死神さんについても一旦諦め、参加者の情報入手を優先します。
最初、わたしは他の参加者について知らなくてもいいと思っていました。
しかし、同じ被害者の人数がわかれば襲われる確立が高いか低いか、協力作戦をもちかけ易いか否かがわかります。
これも鋼志の立案でした。
「あった。地図アプリの中だ。ここ、実況をタップするとほら」
「本当だ。ありがとうございます」
見かけよりずっと頼もしい相方です。こういう知識はどこで身につけたものでしょう。まさかとは思いますが「実戦」なんて答えが返ってきても困るので私はなにもききませんでした。
アプリによると、参加者は百五十人。うち、亡くなった方は十一人。
最初の爆発で犠牲になったのは確か五人ですから、あらたに六人の命が失われたことになります。
開始から、まだ一時間。
「こんなにエリア広いのに……」
「初期位置の問題だろうな。誰か殺してる奴がいるのは間違いない」
「それが、死神さん……?」
「……だろうな」
わたしには、あまり実感がありません。亡くなった方がいるのに不謹慎です。
「実感ねえな」
鋼志もつぶやきました。
「よかった。わたしも」
「バカ、安心してる場合かよ。殺してる奴一人じゃねだろ」
確かにこの広さで六人、一人の凶行だとしたら十分で一人殺していることになってしまいます。果たしてそんなに簡単に人と遭遇できるものでしょうか。開始からほとんど動いていないこともあり、感覚があいまいです。
「百人くらいいたらどうしましょう」
「さすがにねえだろ。むしろ殺人許可がでたゲームにしちゃペース遅くないか? だいたい百人もいたら参加者全滅で五日ももたねえって」
難しいです。安心してはいけない、だけど恐れすぎるのもだめ……。
「そんな顔すんなよ。せいぜい三十人くらいだろうからさ。次は拠点探しだな」
「でも。動き回った人から死んじゃうってさっき……」
外に出るのが怖いです。鋼志は「せいぜい三十人」なんて笑っていますが、三十人って十分に沢山でしょう!
「ここじゃ、だめですか。出入り口も二つありますし、雨風もしのげますよ」
「西に窓がない。出入り口の配置も一方は西だ。これじゃドア開けた瞬間殺人者とコンニチハってのもありえるな。大丈夫、あてなく歩く気はねえよ」
鋼志は窓の外を指差しました。向かいに円形の建物があります。ペンギン館と書いてありました。
円形の本館から飛び出すようにいくつか四角い小部屋があります。出入り口は二つ、ドアに小さいプレートがついています。
ここからは読めませんが「Staff Only」とか「倉庫」とか書いてあるのでしょうか。
丸くかわいいい小窓も気に入りました。
「行きま、」
「待て、なんか来た」
鋼志が、今までより低い声で言いました。なにか良くない事態なのが伝わってきます。
わたしも、すぐに気付きました。
黒いスーツの男性。白い仮面をしています。その彼は爬虫類館の北口前で立ち止まりました。あたりを見回しています。
その手に、見てはいけないものを発見してしまいました。
真っ黒な拳銃。
銃刀法という言葉が一瞬頭に浮かびましたが、デスゲームに常識を求めている場合じゃありません。
二階に逃げましょうか。
いえ、それでは彼が中に入ってきた場合に逃げ場がありません。それに動いた音で気付かれてしまうかもしれない……。
鋼志はわたしを背中にかばう恰好で身体を低くし、殺人者をにらんでいました。
お願いです。はやく通り過ぎて。
殺人者は伸びをして、それから北口を凝視しました。これはいけません。
わたしは震える膝が音をたてないように丸くなりました。目を閉じました。
銃声。
どこも痛くありません。鋼志は無事でしょうか。
わたしはおそるおそる目を開けました。
鋼志はさっきと変わらない体勢で外をにらんでいました。少しだけ震えがおさまります。
しかし、次の瞬間にとんでもないものを見てしまいました。
外に半そでで寒そうな中学生くらいの男の子と、ありえないくらいスタイルのいい小学生の女の子。
彼らに殺人者が非情にも銃を向けています。
わたしは考えもなしに立ち上がりました。
助けたい、怖い、どうしよう……。
鋼志がわたしのブラウスを引っ張り、首を横に振ります。
「ああああああああああああああ」
少年は少女の手を引き、絶叫しながら逃げ出しました。
黒い男はもう一度発砲し、少年たちを追いかけていきます。
嘘のように、静かになりました。
わたしは口元を両手でおおい、へたりこみます。鋼志はわたしの手を引きました。
「行くぞ」
「待ってください。たてない」
「はやく。今の騒ぎで危ない奴が集まってきたら困るだろ。まだすぐ近くにはいねえみたいだから」
泣いてしまいそうです。わたしは彼らを見殺しにした自分が許せません。だけど、鋼志が止めてくれなかったらわたしは死んでいたでしょう。
悔しそうな顔で半歩前を行く鋼志を責める気にはなれませんでした。
「あれが死神かよ」
まだ気を抜くと足から崩れそうです。
こんなゲーム、わたしには生き抜く自信がありません。