一線
いつから人は疑いを知る? 善悪は誰の刷り込みだ?
オレは何度も頭の中で繰り返してみた。けど状況はかわらねえ。狩手を五人殺す。なら、誰を? これからオレがするのは立派な殺人だ。
化野のとこへ戻るか。
一瞬でもそんなふうに思っちまった軟弱さえ憎い。戻って、なんになるってんだ。オレはみやげ物店みたいなのに入った。
どうするか。
もう運営と接触しちまった。戻っても巻き込む。
何より女というものが許せない。オカマであっても化野だって。怖い。なに考えてんのか解んねえ。
いざとなったら「あんたのため」て枕詞と共に暴言と暴力が……考えたらいけない。思い出すな、感じるな。
ゲームが終わったときのことを考えても戻るのは得策じゃねえ。
おそらく、化野とは二度とあわない。オレは、あの家に戻される。普通に終わったらな。けど、もし運営側で終われたら?
こんな馬鹿げたゲームができるだけ金がある。うまいこと取り入れば家に帰らないでも生きていけるかもしれない。奇跡が起きてくれなくっても治療費も確保できる。
で……。
理屈並べ立てたって足りねえ頭じゃなんにもなりゃしない。誰を殺すかってことだよな……。誰なら殺してもいいか。
って。殺してもいい奴なんているわきゃねえだろうがタコ!
くっそ。中途半端め。オレは馬鹿かね? 一時のテンションに身任せてペア見捨ててどうしようもねえ約束とりつけて! 自決する度胸もキンタマも無えしなあ! あー。くそ。
オレはカウンターの裏で身を低くした。日本刀ブンまわしてる狩手がいる。あいつ何が楽しいの?
にしても日本刀か。奪うなら銃の方が……て、やる気じゃねえかオイ。あーあ。
オレは思案した。このまま試験に合格せずソロのエサとして生き残る。難易度は高いが狩手を襲うよりは安全か。でも、実際生き残った時のことを考えると運営側につくメリットのほうがでかい。
このまま生き残ったって惨めで差別されて、逆にバリアフリーなんかに巻き込まれたら自分が情けなくて。そんな日常に戻りたくない。報酬だってまるっと親の懐へいって終わりだ。
オレは答えもなしにもう一度狩手の様子を見た。
やべえ!
店の中にいる。オレはゆっくり顔をひっこめた。だめだ、これだと奴が見えねえ。動くか? いや、下手気に音を立てると……。
ヒクッ!
鳴ったのはオレの喉だった。反射的に口許を押さえた。やっちまった。
肘がカウンターに当たる。冷えた気配が背中を伝った。殺意? 違う。親のそれと同じ……快楽だ!
オレは勢い良く立ち上がった。もう日本刀男はこちらを見ていた。だよな……。オレは男を睨む。後ろは壁。迷ってる間にも……。
オレはおもいきりレジスタを掴んだ。こいつで奴に一撃……
て! え? ちょ、マジかよ? これ取れねえの?
だって某ネズミとネコの話とか普通に鈍器に……っ! あぶねえ!
前髪が何本か切れた。
「死んじまうだろうが!」
ミリだぞおら!
「何言ってんの? 殺すよ?」
「ああ?」
落ち着け。こういうとき弱気になったら負けなんだよ。死ぬと思ったら死ぬ。焦るやつ、待てない奴、後先考えないやつに碌な末路はないんだよ!
「もう、後ろがないなあ?」
大丈夫だ。考えろ。まだ活路はある。オレは理だってぶっ壊して人類初ナベから正真正銘オスになる男なんだ。そうだろ? 出来る出来ねえじゃねえ、そう決意した。
だったら、そんなすげえ男だったらこんなトコで死なねえよなあ?
後ろは確かに壁だ。が、壁は壁でも?
オレは消火栓の非常ベルを鳴らした。
「あ?」
男が一瞬動きを止める。いまだ!
オレは男の股下を潜り抜けた。ついでにグーでキンタマを殴っといた。後ろから体当たりして右腕にむしゃぶりつく。
よし、日本刀が落ちた。すぐに拾い上げる。と、男が上からオレを踏みつけた。くっそ!
「いてえなあ、やい小憎! いや、ん? そっかあお前小娘かあ」
男の顔が歪に歪んでいる。愉悦と痛み、か?
「るっせえ! 小憎だ!」
オレは身体をひねって、男の足に斬りつけた。
「でえっ! テメエ何しやがんだ!」
急いで立ち上がる。
「先に殺そうとしたのはそっちだ」
ああ、脳天が熱い。
「ああ? 小娘え」
ああ、焼き切れそうだ。
「小憎だって言ってんだろう」
胸に粘つく視線向けやがって。こんな奴でもオスに生まれてんのに。キンタマだってついてんのによおっ!
「ああ、そうかお前ナベオカマってやつかい。ゲタとミソかい」
「……るせえ」
「だって本当だろ? 何? 男社会に嫉妬しちゃったのかなあ? 君せっかく可愛い顔してんのにい?」
「……るせえよ」
いい加減その臭え口閉じろや。
「さあて、本来の役割を放棄して日本の少子化に一役買ってるキチガイさん?」
男の顔が最大に汚らしく歪む。ああ、焼けちまうよなあ?弾けちまうよなあ!
「この問題をどうお考……うぇっ、ぼっ」
オレは袈裟に振り下ろした。ああ、熱い。足りねえ。オレの怒りは、今までの痛みは、こんなもんじゃねえぞ!
殺す殺す殺す殺す!
股間をぶった切った。倒れた男の顔を仮面の上から貫いた。一匹。
「な、なにやってんの? あんたエサでしょ?」
新手か。それも女かよ、ええ? 自分は殺す側で殺されないと、エサは従順に死んでいくものと思ったか?
殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ!
オレは間合いを詰めた。熱い。焼ききれそうだ。胸の痛みは高揚。復讐の糧に。いまこそ当て外れの正義を育てちまえ。体が、軽いなあ!
「いや、ちょっと、うそでしょ?」
粘ついた悲鳴と共に女が倒れた。二匹。
顔と悪魔の臓器を潰す。火災を伝えるベルは鳴り続けていた。
店内を覗き込む男の首にそのまま斬りかかった。半ばでびんと何かが跳ね返りつっかかる。
「があああああああああああああ」
うるせえ。もう一撃。これで三匹。
「おおおおおおおおおおおおおおっ!」
オレは腹の底から叫んだ。あと二匹。
まだまだだ。オレの怒りは…………。
「ぬうあああああああああああああああっ……!」
もう戻れない悲しみは……!
あは、あは、あははははははははははは!
合いびき肉にしてやるよ!
あははははははははははははは…………。
「くそ、くそ、くそくそくそ、くっそおおおおおおおおおおっ!」