抜き放たれし破邪の光刃
——ヴァイスラント王国、王都シュネーヘイム郊外の森・関門前にて。
王都を襲わんとする大蛇の魔物と対峙する王国軍の対魔物精鋭部隊、斬魔騎士団。彼らは物理・魔法あらゆる攻撃を受け付けぬ謎の敵に苦戦を強いられ、既に一人がその牙にかかり命を落とした。
今より数秒前、斬魔騎士団団長・シュヴェルトは、弾丸の如く空中を疾駆する一角にその身を貫かれんとしていた。
死を覚悟したシュヴェルトだが、その死は一向に訪れない——次の瞬間。関門が開かれ、一条の雷光が閃き大蛇を打った。
門の方に見えるのは、反射する稲妻に照らされた人影が三つ。
目を凝らすシュヴェルトたち。その視線の先には、彼らにとって見知った顔の男が二人と、見知らぬ男が一人。
彼らの仲間であるクロイツ・ローゼンベルグに、神官補佐のヴァン。そして異界よりの来訪者、天宮煌矢だ。
「すまない、待たせた」
「加勢に来ました」
クロイツが騎士たちを見回し、大蛇を見据えて鞘より剣を抜き放つ。
ヴァンはローブの左裾から短剣を取り出し、逆手に構えた。
「戻ったか、ローゼンベルグ。しかし何故神官補佐殿が……それにその男は?」
「後で説明する。まずは敵の撃破が先決だ」
「確かに、いずれにせよ俺たちだけでは奴は倒せない……何者か知らんが、救援感謝する」
シュヴェルトの問いに短く簡潔に答えるクロイツ。シュヴェルトは彼らを見、軽く謝辞を述べた。
「フン、増援など無駄だ。何人来ようと同じこと……む? 貴様は……」
大蛇が鎌首をもたげ三人を見回し、一笑に付す。しかし煌矢と目が合った途端、声音に僅かな緊張が混じる。
「まさか本当に妖魔とはな……しかもいきなり『槍火蛇』ときた」
妖魔には大きく分けて下級・中級・上級と三つの等級があり、この大蛇——『槍火蛇』は中級妖魔に分類されるが、実力は上級妖魔にも引けを取らぬ強敵だ。
煌矢は緊張を感じながらも、口元を歪めて不敵に笑い右手を前方にかざす。
そして小さく「出でよ」と唱え、己の神具——紫電を帯びた一振りの刀、『火雷剣』を発現させた。
「……退魔師か」
「その通りだ、驚いたか?」
鎌首をもたげたまま口角を吊り上げ、牙を覗かせ笑う槍火蛇。
煌矢は刀を上段で水平に構え、出方を伺いつつ槍火蛇に挑発じみて返す。
「うむ、この世界で退魔師と相見えるとは思わなんだ……久々に戦を愉しめよう」
「ああ、同感だ」
挑発じみた煌矢の言葉に、槍火蛇は好戦的に笑う。
煌矢も同じく、闘志の滾る笑みで返した。
「気をつけろ! 奴はあらゆる攻撃を……」
『受け付けない』と、シュヴェルトが忠告しようとした時——刃が突き出され、槍火蛇を襲う。
稲妻の如き勢いで放たれた煌矢の刺突は槍火蛇の腹部を穿ち黒い血を噴出させ、刃に帯びた電光が肉をわずかに焦がした。
「っ……我に傷を負わせるか。さすがは退魔師よ」
「何ッ……!?」
刺突の痛みと電熱に呻きながらも、嬉しげに笑う槍火蛇。その光景を目の当たりにし、シュヴェルトを始め騎士団の者たちが驚嘆の声を漏らす。
魔物狩りの精鋭たる自分たちの攻撃が通用せず、どこの誰とも知らぬ者が多少なりとも傷を負わせた。その衝撃は如何ほどのものか。
「はああっ!」
「ふっ!」
「甘い」
クロイツが距離を詰め、斬りかかる。次いで、短剣を投擲するヴァン。
共に狙うは腹部、火雷剣が穿った創傷。風を切る剣と虚空を貫く短剣が、穿たれた傷を更に抉らんと迫り来る。
しかし槍火蛇はしなる尾の鞭でクロイツを迎撃し、その後ヴァンの放った短剣を角にて弾き返した。
「くっ……!」
「うおっ……あっぶねえ!」
クロイツは尾の一撃を咄嗟に飛び退いて寸前で回避、元の位置に戻る。
一方弾き返された短剣はヴァンの下に戻ろうと、進路を変え飛翔している。
しかし短剣は回転して空を切り裂きながら、主たるヴァンをも切り裂かんとしていた。
だがヴァンは襲い来る刃をすんでのところで躱し、柄をしっかりと掴んで短剣を受け止めた。
「やっぱ、そう簡単にはいかねえか」
「もっとも……当たったとて今の攻撃が有効かは分からんが」
「確かに、通常ならば我に傷は負わせられまい。だが発想はよかったぞ。退魔師の攻撃によって受けた傷を更に狙われては、我とてどうなるか解らぬからな」
苦笑し、構え直すヴァンとクロイツ。
槍火蛇はそんな彼らに楽しげな声音で挑発気味な賞賛を投げた。
「風翔刃」
シュナイダーが呟くような小声で短く唱える。
すると彼を中心に一陣の風が起こり、刃と化して飛翔した。
風翔刃は圧縮され刃状に形成された高密度の空気を撃ち出す魔法で、文字通りの『風の刃』。
本来ならば、このような直接的な攻撃魔法は効かぬものとして忌避するだろう。だが、今この場に限っては違う。
まず煌矢が槍火蛇に傷を負わせた点、そしてその傷目掛け繰り出されたクロイツとヴァンの攻撃を捨て置かず迎撃した点を考え、シュナイダーは特定の部位への攻撃が有効と踏んだのだ。
穿たれた傷を抉らんと襲いかかる風刃は不可視ゆえ、防御も回避も容易ではない。この一撃で倒せぬとしても、通用すれば討伐の糸口にはなろう。
「無駄だ」
しかし槍火蛇は予期していたかの如く身を丸めて風刃を防御、その魔力を吸収し攻撃を無効化した。
「目に見えぬ風の刃で傷を狙うとは考えたな……だが甘い。その程度の変化に気づかぬ我ではないわ」
「ちっ、そう簡単にはいかねえか……」
ニヤリ、と挑発的に笑う槍火蛇。シュナイダーはそれを見て、笑みを浮かべながらも悔しげに舌打ちした。
「ふむ、この世界の人間もなかなかのものだが……」
「おい、俺を忘れんなよ」
槍火蛇がクロイツ、ヴァン、シュナイダーを品定めするように見る。
その次の瞬間。言葉と共に、煌矢が跳んで間合いを一気に詰め、横薙ぎの斬撃を繰り出した。
「……っ! クク、忘れてなどおらぬわ……やはり我に傷を負わせられるは、貴様を置いて他におらぬようだ」
顔を真一文字に切り裂かれ、そこから黒い血を滴らせ槍火蛇は好戦的な笑みを見せる。
「そうかい、なら……覚悟を決めな!」
「おおっ……」
返す刀で再び横薙ぎの斬撃を放つ煌矢。しかし蛇はすんでのところで身を屈めてその一撃を躱し、槍の穂状の角から拳大の火球を放つ。
それを辛くも躱す煌矢だが、直後火球が爆ぜた。
「っ……テメェ……!」
炎熱と小さな衝撃が煌矢の身を焼き打つ。彼はその痛みに耐えながら、霊力を練り上げて刀に込め始める。
「さあ、次の手を見せよ……我を愉しませるがいい!」
「望み通り、見せてやるよ……俺の剣、『天厳霊流』……!」
挑発する槍火蛇の言葉に、煌矢は不敵な笑みで返す。刀身に帯びた電光が輝きを増していく。
やがて刃そのものが電気で構成されているかのように、火雷剣は刀身の全てを眩い紫電に覆われる。
雷光に包まれた刀を上段に構える煌矢。天厳霊流——それは天宮家に代々伝わる剣術の流派、対妖魔戦に特化した退魔の剣術。
霊力によって生み出した電撃を剣に宿し操る異能の剣技で、電光石火の剣速と鋼をも斬り裂くほど鋭く重い斬撃を誇る。
「よいぞ……強き者こそ我が獲物に相応しい……! そしてその魂が恐怖と絶望に染まり上がれば、さぞや甘美なことだろう……!」
槍火蛇が不気味に嗤って言うと、全身に鉄を熔かすほどの高熱を帯び爬行、煌矢の脚に巻きつきにかかる。
煌矢は上段に構えた刀を縦一線に振り抜き、唐竹割りの斬撃を放った。
「天厳霊流……『雷隼斬』」
刃が振り下ろされる。その様はさながら天より落ちる雷、獲物を捕らえる隼。
剣は音速を超えて衝撃波を生じ、地が抉られ礫が飛散する。
槍火蛇が脚に巻きつくよりも速く、打ち下ろされた迅雷がその身を捉えた。
「ぐっ……貴様……!」
「終わりだ」
雷光を纏った超音速の斬撃は硬い鱗を断ち、鱗に守られたその身を斬り裂く。
胴を中心から分かたれ、苦悶する槍火蛇。断面から黒い血が噴水の如く噴き出し、直後下半身が灰と化して消滅する。
煌矢は半身でのたうち回る大蛇を見下ろし、言い放った。
「まだだ……まだ終わってはおらぬ……!」
瞬間。半身の切断面から噴き出す漆黒の血が燃え上がり、紅蓮の炎に変わる。
空気を焦がす灼熱が迸り、地表を焼き焦がしながら煌矢の身を焼き苛まんと迫る。
「【遥けき天の父なる神よ、邪を退ける光を以て彼の者を守り給え】!」
その時。関門の側からよく通る女声が凛と響き、煌矢の身体を白い光が包み込む。
光は炎を霧散させ掻き消すが、直後彼を包んでいた光も消え去ってしまう。
関門の先には、翼の意匠を施したローブを纏った少女が立っていた。
「私の力では、これが限界です! さあ、早くとどめを!」
関門の先に立つは、クラルハイト神殿の神官ステラ・フリューゲル。
ステラは煌矢に視線を向け、叫んだ。
「ああ、こいつで終いだ!」
「き、貴様……!」
煌矢は下段から上段へ刀を振り抜き、忌々しげに呻く槍火蛇に逆風の斬撃を見舞う。
隼の如く、そして雷の如く斬り下ろし、飛びかかる隼を斬るが如き勢いで斬り上げる。
斬り下ろしから斬り上げに繋ぐ超速の二連撃。この一連の太刀筋こそが『雷隼斬』の完成形だ。
破邪の雷光を纏う刃が槍火蛇を腹から頭部にかけて両断、剣速により発生した衝撃波で額の角が折れ砕ける。
切り裂かれた傷から噴き出した黒い血が燃え火の粉を散らしたが、風に吹かれ消えていく。
「おのれええええっ!」
断末魔の悲鳴を上げ、黒い塵と化し消滅する槍火蛇。
その塵の中から青白い燐光が微かに輝き、天に昇ってゆく。
「討伐、完了……」
そう呟いて火雷剣を解除し、消えゆく塵と青白い燐光を眺める煌矢。
天に昇っていく淡い光を、彼は無言で見送った。
「た、倒しやがった……何なんだ、あいつ」
「神官様まで現れるとは……もしやあの男は……」
シュナイダーを始め、騎士たちは驚嘆に目を見開く。
一方シュヴェルトは関門から煌矢たちの元へ駆け寄っていくステラを目にし、何かに勘付いた様子を見せた。
「……騎士団の皆様、お疲れ様でした」
ステラが騎士たちに向き直り、労いの言葉をかける。
「ありがとうございます、神官様……しかし、何故あなたや神官補佐殿が?」
シュヴェルトが頭を下げ謝辞を返した後、首を傾げ尋ねた。
「……それについては、まず彼のことを説明しなければなりません」
シュヴェルトにそう返し、煌矢に向き直り彼に軽く頭を下げるステラ。
煌矢は小さく頷き、彼女の前に出て騎士たちと対した。
「俺は、この世界……ラインガルドとは別の世界からやって来ました、天宮煌矢と言います」
「……やはり」
煌矢が軽く頭を下げ、シュヴェルトの問いに答える。
『別の世界』という言葉に彼は確信を得、煌矢の眼を見据えた。
「どうしたんです、団長?」
「彼は精鋭たる我らが傷つけることすら出来ぬ相手に傷を負わせたのみならず、討ち倒した。異世界の者がラインガルドに現れ、世界の脅威を討ち滅ぼす……そんな伝承、聞いたことはないか?」
訝しげに首を傾げ尋ねるシュナイダー。
シュヴェルトはその問いに直接的には答えず、逆に問い返した。
「伝承って……いや、まさかそんな」
シュナイダーは苦笑して軽く頭を振り、よぎる考えを振り払おうとする。
「お気づきになりましたか……そう。彼こそは、この世の闇を祓うべく異界より降り立ちし、我らが救世主!」
力強く言い放つステラ。彼女の言葉が、シュナイダーの考えを決定づけた。
「光の、使徒……」
シュヴェルトが呟く。彼を始めとする騎士たちの表情が驚嘆と歓喜と高揚を帯びた。
「おお! 彼が……!」
「またそれか……俺はそんな大層なモンじゃ……」
「だがコウヤ殿。貴方が異世界人で、奴らを倒せる力があるというのは事実。貴方がどう思おうと、我々にとって貴方は紛れも無く“光の使徒”なのです」
高揚する騎士たちの様子に困惑する煌矢。
そんな彼を納得させるようにクロイツが言う。
「あー……とりあえずその話は置いとこう」
煌矢は腑に落ちぬ様子だったが、しぶしぶ頷いた。
「光の使徒殿……貴方がここにいらっしゃったということは、我々と共に戦ってくださるのですか?」
「ええ。元より俺の力は、奴らと戦うためのもの……断る理由などありません」
「おお……ならば是非、共に王城へいらしてください! 一度、我らが王に謁見していただきたい!」
シュヴェルトが若干熱を帯びた瞳で尋ねると、煌矢は力強く頷きその問いに答える。
答えを聞いたシュヴェルトの表情は更なる高揚の色を帯び、彼は熱のこもった口調で提案した。