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異界退魔録-舞い降りし光の使徒-  作者: SK
退魔師、異界に降り立つ
4/7

襲い来る魔の脅威

 クロイツに腕を引かれ、神殿を後にした煌矢とヴァン。彼らは街道を抜け東へ進み、王都郊外の平原を歩いていた。

 三人を追ってステラも神殿を飛び出したが、途中で追うのをやめたのか、もしくは追いついていないのか、後ろに彼女の姿はない。

 そこで煌矢たちは、やや遠方、約二キロメートルほど先の森から太い水柱が螺旋状に立ち昇るのを確認した。その高さ、約五十メートル。


「……シュナイダーの魔法か」


 水の竜巻を見やり、独りごちるクロイツ。煌矢はその呟きから、討伐の助勢を依頼された魔物と対峙している騎士団の者が行使した『魔法』によるものかと合点する。

 しかし——彼らの言う『謎の魔物』に魔法は効かぬはずではなかったか? 『大魔導師』と呼ばれる者ならば対抗出来うると聞いていたが、恐らくあれは大魔導師の魔法ではあるまい。

 それに、あの渦の発する霊力が些か弱く感じる。距離のせいではない。あれほどの規模の渦だ、これほど近くで術が発動していれば、煌矢は感覚を研ぎ澄ますことで術者が間近にいるかの如く明確に霊力を感じ取ることができる。

 しかし実際には術者の位置が解るのみ。彼は訝り、眉根を寄せた。


「む、如何なさいました? コウヤ殿」


「少し気になったことが……いえ、なんでもありません」


 首を傾げるクロイツ。煌矢は疑問について尋ねようとするが、思い直し言葉を呑む。

 腑に落ちぬ点はあるが、こうしている間に何かが起こらぬとも限らない。今は質問よりも進むのが先だ。


「そうですか……では、急ぎましょう」


 クロイツは渦の方に向き直り、移動のペースを上げて走る。煌矢、ヴァンもそれに続いた。


——


——


 関所前。森側にて武器を構える斬魔騎士団。その切っ先と視線は立ち昇る渦、そしてその『水の結界』の中に囚われた一角の大蛇に向けられている。


「総員、体勢を維持せよ! 渦より目を離すな!」


「如何に時を稼いだとて、我を倒す(すべ)など見つかるはずもなし……貴様らの行いは所詮、無駄な悪足掻きよ。滑稽極まる愚物ども!」


 大剣を構えた巨躯の騎士団長・シュヴェルトが騎士たちに呼びかける。結界の中から、大蛇の罵声が響く。嘲りめいた言葉とは裏腹に、その声色に余裕はあまりなく苛立ちが見え隠れしていた。


「何とでも言え。一秒でも長く、貴様をここに留める……それが国の安寧を守るために課された我らが使命だ」


「この渦の牢を破り貴様らを全員喰い殺すも、王都に張られた防御結界を破るも、我には容易いこと。さすれば安寧なぞ崩れ去る……我を倒せぬならば、貴様らは己が国を守ることすらできぬのだ!」


 毅然として返すシュヴェルトに、怒り混じりの侮蔑を吐き捨てる大蛇。

 次の瞬間、突如として渦が熱を帯びて沸騰を始めた。


「クク…… 確かにこれほどの渦、全て吸収するはちと骨よな」


 大蛇の声から苛立ちが消える。急激に暖められて熱湯と化した水の檻は徐々に蒸発し気化していく。


「されど所詮は水……我が力を以てすれば斯様な檻、破ることなぞ造作もないわ」


 周囲を包む凄まじい熱気。木の葉は燃え落ち岩は溶け、ついに渦の檻が完全なる気体と化して消え去った。


「チィっ……! なら……【世を形作る四つの元素、吹きゆく風の精霊たちよ】」


「また我を捕らえようてか? させぬぞ」


 シュナイダーが新たな魔法を行使しようと、剣を構えて詠唱を始める。

 しかし大蛇はその隙を見逃さずに急接近、尾を鞭のようにしならせて彼を打ち据えた。


「ぐあっ!」


 勢いよく吹き飛び、関門に叩きつけられ、苦痛に声を上げるシュナイダー。

 大蛇の一撃を受けた彼の鎧に小さな亀裂が走る。更にその一部が熱により溶けた。


「一撃で鉄の鎧にヒビを入れる膂力に、それを溶かすほどの熱を操る……改めて化けモンだな」


 シュナイダーは剣を杖代わりに立ち、血の混じった唾を吐き捨て笑う。

 彼は剣を正眼に構えて両目を静かに閉じ、魔力を練り始めた。


「まだ無駄と分からぬか……如何な術を用いようと、我には通じぬ!」


 口を大きく開く大蛇。そこから球状の炎が放たれ、それはシュナイダー目がけ猛烈な勢いで迫り来る。

 まともに受ければ重傷は必至。鉄をも溶かす高熱に、鎧の防御は期待できぬ。さりとて回避の望みも薄い。

 然程開かぬ彼我の距離に、高速で飛び迫る火球。たとえ避けようと、多少の被弾は免れまい。その時——


「——反呪盾陣(スペルリフレクション)!」


 シュナイダーは目をカッと見開き、剣を突き出して叫ぶ。切っ先から魔法陣が展開し、透明な円形の盾となって火球を受けた。

 『反呪盾陣』——自身に向けられた魔法攻撃を、魔力の盾により放った術者へと跳ね返す防御魔法。

 透明の円盾に触れた火球はわずかに押し返されるも、次の瞬間には盾を突き破り彼の目前に迫る。


「うおっ!」


 しかし盾と衝突し火球の勢いが殺されたことでシュナイダーは咄嗟に身を反らし回避に成功、事なきを得た。


「あっぶねえ…… ったく、ちっとは加減しろっての」


 苦笑するシュナイダー。軽口を叩きながらも、その顔には冷や汗が浮かんでいた。


「反射か……その選択は見事だが、その程度の力では所詮無意味よ」


 大蛇はシュナイダーを見て嗤ったのち、他の騎士たちに目を向ける。

 シュヴェルトやシュナイダーを始めとして、毅然とした表情で構えを崩さぬ者もいれば、身構えながらも恐れを隠しきれぬ者もいた。


「クク……感じるぞ、貴様らの動揺を。人間とは未知なる存在と対峙すれば、如何に取り繕おうと平常心ではいられぬもの……。鍛え抜かれし精兵の魂を恐怖と絶望に染め上げれば、さぞ美味であろう……我が極上の糧となれること、光栄に思うがいい!」


「戯言を……!」


 挑発めかして哄笑する大蛇。シュヴェルトはその侮蔑に対し静かな怒りを湛えながらも、無意識に突撃しそうになる身体を抑えた。

 無闇に斬りかかったところで、物理・魔法、あらゆる攻撃を受け付けぬ敵には全くの無意味。

 現状、有効打を与える手立てはなし。相手の間合いに入っては、一方的な攻撃を許してしまうことになる。


 彼ら斬魔騎士団は、これまで国に仇なす魔物を数多葬ってきた精鋭部隊だ。

 その騎士団の力を以てしても、眼前の魔物を倒すどころか傷一つ負わせられない。

 それどころか、わずかとはいえ恐怖すら覚える始末。手槍を構える男が口惜しそうに歯噛みした。


「まずは一人……」


「お、おのれ……離せ!」


 男との距離を詰め、左腕に巻きつく大蛇。右腕に握った手槍を突き立てるが傷一つつかない。

 腕全体を覆われてしまったため、腕を切り落として逃れるは不可能。

 大蛇はどうにか抜け出そうともがく彼の腕に巻きつく力を強め、絞め始めた。

 その力は鉄の籠手を万力の如く圧し潰し、籠手に守られた腕を容易く粉砕する。


「ぐあああっ!」


 骨が砕け、肉が爆ぜて辺りに血が飛び散る。

 騎士は苦悶し、悲鳴を上げた。


「よいぞ、苦痛に悶えるその様。もっとだ、もっと苦しむがいい……!」


 粉砕した左腕に巻きついたまま、身体に熱を帯びさせる大蛇。

 潰され歪んだ鉄の籠手は融解し、赤熱する溶鉄が腕を焼いて地に流れていく。


「うぐっ……があああっ!」


 激痛と灼熱に悶え苦しみ、横たわりのたうち回る騎士。

 大蛇が離れた時、彼の左腕は最早人の腕の形を成していなかった。


「弱すぎる……斬魔の騎士が聞いて呆れるわ」


「っ——てめえッ!」


「ま、待て……来るな、シュナイダー……!」


 大蛇が鎌首をもたげ騎士を見下して言う。侮蔑に怒りを露わにし、シュナイダーは大蛇に斬りかかろうとする。

 そんな彼を制止しようと、左腕を破壊された男が苦痛に耐えながら言葉を絞り出した。


「今の俺たちでは、こいつは倒せない……お前も、俺の二の舞になるぞ……!」


「そうだ、貴様らには何も出来ぬ。刃向かったところで無意味よ」


 大蛇は口を開き、横たわる騎士の首筋にその牙を突き立てる。


「野郎……させるかよ!」


「邪魔をするな」


 シュナイダーは大蛇を阻止せんと、大蛇に斬りかかる。

 大蛇は横たわる騎士の首筋に牙を突き立てたまま、尾を鞭の如くしならせシュナイダーを弾き飛ばした。


「そう急くでないわ。焦らずとも全員喰ろうてやる故、安心するがいい」


 邪悪な嗤いを込めた眼で、シュナイダーを見返す大蛇。

 突き立てられたその牙は、騎士の首筋に沈み込み、頚動脈を喰い千切る。

 首から鮮血を噴き出し、絶命する騎士。その骸から青白い燐光が発せられ、大蛇に吸い込まれていった。


「これよ、これ……鍛え抜かれた戦士の魂に染みついた、何もできず死にゆく恐怖の味……たまらぬな」


「て……めェッ!」


 大蛇が口角を吊り上げ嗤うと、口から妖しく光る牙が覗く。

 怒りに震え、再び斬りかからんとするシュナイダー。

 だがその瞬間にシュヴェルトが彼の肩を掴んで制止した。


「何ですか団長……離してくださいよ……!」


 シュナイダーは制止するシュヴェルトの手首を掴み、怒りに燃える眼で彼を睨む。


「落ち着け、考えなしに突っ込めば同じ轍を踏むだけだ」


「だから、何もするなってか……? 仲間がやられたんだぞ! このまま放っておけば、奴は俺たちを全員殺し、王都を襲う……あんたはそれを黙って受け入れろってのか!?」


 自身の手首を掴むシュナイダーの手を振り解き、冷徹に言い放つシュヴェルト。

 シュナイダーはその言葉に、憤然として返した。


「……闇雲に仕掛けては、無駄に命を散らすだけだと言っている。“怒りに任せて斬り込んで返り討ちに遭った”では、斃れた者も浮かばれまい」


 そう言ったシュヴェルトの瞳は静かな、しかし激しい怒りを湛えていた。


「……すみません、俺が間違っていました」


 静かな憤怒の炎を燃やすシュヴェルトの眼光に射抜かれ、シュナイダーは謝罪を口にする。

 気圧されたのではない。彼もまた自身と同じ思いであることを悟ったのだ。

 そして斬りかかるでなく、ただその場で静かに剣を構えた。


「どうした、かかって来ぬのか? ならば……こちらから行かせてもらおう!」


 大蛇は全身に熱を帯び、尾で地を叩き高く跳躍したのち、同じ尾で(くう)を蹴り、身構える騎士たちの陣へと突き進む。

 空気を切り裂きながら、弾丸の如く飛来する大蛇。鉄を融かし砕く灼熱と膂力に、額より生えた槍の穂の如き一角。

 この角が鎧を貫けるかは解らぬ。ただこの一撃を受ければ、少なくとも無事で済まぬことは明白であった。


「くっ……! おおおっ!」


 灼熱を帯びた大蛇がシュヴェルト目がけ、その身を貫かんと空中を疾走する。

 迫る敵。距離にして二メートル弱、大剣の間合い。シュヴェルトは剣を横薙ぎに一閃し、迎撃を試みる。

 傷は負わせられずとも、衝撃は与えられる。大剣の一撃で吹き飛ばし、詰められた距離を開ける腹づもりだ。

 しかし大蛇は薙がれた剣をすり抜けるように躱し、彼の目前へ迫っていた。


「クク……目論見が外れたな。このまま貫き喰ろうてくれよう!」


 大蛇は角先が鎧に触れるところまで迫っている。最早防御も迎撃も間に合うまい。


「くっ……!」


 シュヴェルトは地を蹴り、大きく飛び退いて距離を取る。

 大蛇は先程の回避で突進の勢いを多少減じたが、それでも矢の如き勢いを維持したままシュヴェルトに迫る。

 背後には関門。追い詰められた彼は、再び迎撃せんと剣を構える。

 しかし最早大蛇は目前まで迫っており、迎撃の一太刀を放つには時が足りない。

 彼は死を覚悟した——その時だ。突如として関門が開く。そこから一条の雷光が閃き、大蛇を打った。


「誰だ……ローゼンベルグか!?」


 開いた門の方に、稲妻の逆光に照らされる三つの人影が見える。

 シュヴェルトたちが目を凝らす。彼らにとって見知った顔の男が二人と、見知らぬ男が一人いた。

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