斬魔の騎士たち
科学でなく魔法が発達した世界『ラインガルド』。ここはその西方の王国『ヴァイスラント』の王都『シュネーヘイム』にある『クラルハイト神殿』。暗雲立ち込めたるこの世界に、異界より救世主現る。
科学が発展し神秘の薄れた二十一世紀の日本より、この世界を救う『光の使徒』として現れたのは、退魔師・天宮煌矢。
今、彼は眼前に広がる光景を眺め、苦笑を浮かべている。彼らの祈りに応え呼び出されたはずの煌矢を差し置き、神官の少女ステラと神官補佐の青年ヴァンが口論を繰り広げているためだ。
「お二人とも、そろそろおやめください! 光の使徒様がお困りです!」
ヴァンの説教、それに対するステラの反論は小一時間ほど続き、見兼ねた信徒たちの制止でようやく止まった。
「も、申し訳ありません……光の使徒よ」
「あー……とりあえず、お互いもう少し崩して話しませんか? 先程のやり取りを見ていたら……どうにも堅苦しく感じてしまって。それに、二人とも俺と歳は大して変わらないでしょうし」
ステラとヴァンが深々と頭を下げ謝罪する。煌矢は頬を掻き、困惑気味な微笑を浮かべて言った。
「しかし、教典に記されし救世主に対しそんな無礼な……」
「俺はそんな大層なものじゃありませんよ、ただの人間です。少なくとも元の世界じゃ、本当に取るに足らない人間でした」
戸惑い躊躇うステラ。煌矢は彼女の言葉に自嘲めかして返す。それは謙遜ではない。
確かに煌矢は退魔師として類稀なる才を持つが、妖魔の現れぬ現代でそのような力は無用の長物。
事実、彼は生まれ持ったその力を持て余し、ただ退屈に漠然と日々を過ごしていた。
“定職にも就かず遊び呆けている”……そのような目で見る者も、世間には少なからずいた。
「だが『力』はある。元の世界では全く役に立たず、ろくに使う機会もなかった力ですが……この世界では大いに役立ちそうだ」
煌矢が笑う。自嘲から一転、自信に満ちた笑みだ。
ラインガルドに突如現れた『魔物』が妖魔であれ全くの別物であれ、人に害なす人外の怪物であることに変わりはない。
彼の力は、人の世に仇為す魔を討ち祓うためにある。今の煌矢にとってこの世界の置かれた状況は、持て余してきた己が力を振るう絶好の機会と言えた。
「……それと随分と遅れてしまいましたが、俺の名前は天宮煌矢です」
煌矢が名乗る。次の瞬間、神殿の扉が勢いよく開き、外から一つの人影が飛び込んできた。
「はぁっ、はぁっ……し、神官様……! 大変です!」
その人物は赤みを帯びた短い茶髪で、薄い口髭を蓄えた壮年の男だった。
鎧を纏い長剣を佩いたその出で立ちを見るに、この国の兵だろうか。鎧には祭壇の後ろに刻まれたものに似た、剣のような十字の紋章が刻まれている。
焦燥に駆られた表情でステラに駆け寄る男。全力疾走でここまで来たのか、息が上がっていた。
「ク、クロイツさん!? どうしたんです!?」
兵士らしき男の様子にステラは驚き、目を見開く。
「ま、魔物です! ゼェ、ハァ……く、件の魔物が王都に近づいております!」
「何ですって!?」
男——クロイツが息を整える間も無く答えると、ステラは驚愕した。
それも無理からぬこと。王都には、大魔導師による魔物除けの結界が張られている。
大魔導師——極めて強大な魔力を持つ最高位魔導師。世界に数人しかいない稀有な存在。
それ程の者が張った結界だ、並の魔物では近づくことさえ叶わない。高位の魔物であれ、容易に破ることはできまい。
しかし相手は魔力を吸収し、魔法を無効化する。そんな存在を相手にしては、いつ結界が破られてもおかしくはない。
煌矢は無言で彼らの会話を聞き、その方向を見つめていた。
「現在、我ら『斬魔騎士団』が対応に当たっておりますが……未だ討伐には至っておりません」
ステラの問いかけに口惜しそうに答えるクロイツ。
斬魔騎士団とは主に魔物の討伐を専門とするヴァイスラント王国軍の実行部隊であり、単に『騎士団』とも呼ばれる。
王国の戦士たちの中でも特に高い実力を持つ者を揃えた、『魔』に対するヴァイスラントの守りの要である。
その騎士団を以てしても解決できず、その一員であるクロイツが息を切らして神殿へ駆け寄るほどの事態は常軌を逸している。
ステラは向き直り、深刻な表情で煌矢を見る。視線に気づいたクロイツも祭壇の方に目をやり、彼が何者かと尋ねた。
「彼はアメノミヤ・コウヤ。異世界よりの来訪者です」
「異世界……ならば彼が!」
ステラが答える。クロイツは顔に若干の喜色を浮かべ、祭壇の傍に立つ煌矢の方へ近づいていく。
そして煌矢の前に立ったところで、彼の下に跪き頭を垂れた。
「よくぞおいでくださいました……我らが救世主、光の使徒よ。私はヴァイスラント王国軍中尉にして実行部隊・斬魔騎士団が一人、クロイツ・ローゼンベルグと申します」
「あの……クロイツさん、でしたっけ? 俺はそんな高尚なものになった覚えはありませんから……その、普通にしてください。せめて、跪くのはやめてくれませんか? それと、俺には天宮煌矢という名前がありますのでそう呼んでください」
煌矢は後頭部を掻いて苦笑し、その後にやや屈み姿勢を低くする。
「……はい。ではコウヤ殿、突然で申し訳ありませんが、ご同行をお願いいたします。王都に現れた魔物の討伐に、是非ともご助力いただきたい」
立ち上がり、手を合わせ懇願するクロイツ。
「それは構いませんが、その魔物はどこに? 数は?」
「王都近郊の森より、巨大な蛇型の魔物が一体出現しました。現在、騎士団の精鋭たちがシュネーヘイム関所前にてこれを包囲し足止めしておりますが、いつまで持つか……」
「……なるほど。では、案内をお願いします」
何らかの確信を得たように頷き、煌矢が頷く。クロイツも頷き返し、再び神殿の扉を開いた。
「光の……いや、コウヤだったか。本当に行くのか? あんたはさっき、自分は取るに足らねえ人間だと言ったな。そのあんたが、国の……世界の脅威にもなり得る程の、人智を超えた存在を相手に戦えるってのか?」
「おお……崩せとは言ったがいきなりタメ口か。ま、そっちのが俺としても話しやすいし、こっちも敬語は無しでいかせてもらうぜ」
怪訝そうに尋ねたのはヴァン。
呆れたように煌矢はため息をつき、小さく笑う。
「質問に答えてくれ。本気で行く気か? 『光の使徒』としての義務感ってなら、俺たちが勝手にそう呼んでるだけで、本来あんたが身を投げ打って戦う義理は……」
「そんなんじゃねえ。言ったろ、『力』があるって。俺の持つこの力は、そういう人智を超えた怪異を討つための力。確かに俺は、元の世界では取るに足らねえ人間だった。ってのも、元いた世界で『怪異』の存在が忘れ去られて、力そのものが無用になったからだ。だがこの世界でなら、この力は役に立つぜ……必ずな」
真剣な表情でヴァンは改めて問う。
煌矢はその問いが終わる前に、自信に満ちた不敵な笑みで言い放って返した。
「そうか……なら、俺も行く」
「ちょ、えっ!?」
決心した表情でヴァンが言うと、ステラは目を丸くして驚きの声を漏らした。
「な、何言ってんのよヴァン! あんたは私の補佐役でしょ!? 勝手にそんな真似……」
「おや? 王都の神官ステラ様ともあろうお方が、私がいなければ何もできませんか? それとも……寂しいのですか?」
自身を咎めるステラの言葉に、ヴァンはおどけて返す。それに対しステラは
「そ、そんなわけないでしょ! 行きたいなら勝手に行きなさいよ! あんたなんてきっと真っ先にやられておしまいだわ!」
と、怒りからか羞恥からか、あるいは双方の感情からか顔を赤くして反論した。
「さすがは神官様、私ごとき一信徒の身を案じてくださるとはお優しい方だ」
「だ、誰が! 私はただ、あんたがついて行っても足手まといになるって言ってるだけよ!」
依然、ヴァンは慇懃な口調でからかう。ステラは一層赤面し、地団駄を踏んだ。
「はは、悪い悪い。少し言いすぎた……てかよ、なんならお前も来りゃいいじゃねえか。王都にも他の神官はいるんだし、常に神殿にいなきゃならねえ決まりはねえだろ」
「わ、私は別に……」
ヴァンは軽く笑って詫びたのち、ふと提案する。
ステラが恥ずかしそうに言いかけると、扉の前で煌矢とクロイツがやや大きく咳払いした。
「で、神官さん。あんたはどうすんだ? 俺は別に構わねえけど」
「共に行かれるならば、急ぎ参りましょう。こうしている間にも我が同胞たちが……!」
暫しステラの顔を凝視しながら、煌矢は尋ねる。
クロイツは彼女の答えを待たずに煌矢とヴァンの腕を掴み、引きずるようにして走り出した。
「「うわっ!」」
「ま、待って!」
それに続き、ステラも外へ飛び出す。信徒たちはその光景をただ呆然と眺めていた。
——
——
シュネーヘイム近郊、関所前。王都を守る門は固く閉ざされ、森と関門を隔てる小川に架けられた橋の先、森側の岸には十字紋の鎧を着た十数人の男たちが剣や槍など各々の武器を構え、何かを囲んでいる
彼らこそ『斬魔騎士団』、包囲するは全長六メートル程の巨大な蛇。その大蛇の頭には槍の穂先を思わせる鋭利な角が一本生えていた。
「シャアアア……」
囲まれた大蛇は尾を唸らせ、口を開き威嚇する。
大きく開いた口から露わになる鋭い牙。蛇は身体をくねらせて近くに立つ木に牙を突き立てる。
その木はたちまち枯れてゆき、腐り果てて土へと還った。
「な、なんと……」
「怯むな! 我らは邪悪を断つ一振りの剣、王に捧げし護国の刃! 魔物に恐れをなして、何が斬魔騎士団か!」
「は、はい! バーンスタイン団長!」
大蛇を囲む騎士たちの中には、敵が見せた力に怯み構えを崩す者が数人。
その陣の中心に立つは、大剣を構えた身の丈二メートルを超える巨躯の男。
男は大剣を振り上げ怯む者らを鼓舞するように一喝する。
バーンスタインと呼ばれたその男——斬魔騎士団団長、シュヴェルト・バーンスタインの一喝で彼らは士気を取り戻し、武器を構え直した。
「おおおお!」
大喝の後、彼は地を蹴って間合いを詰め、振り上げた大剣を咆哮と共に大蛇めがけ振り下ろす。
大蛇は避けようともせず、気合を乗せて放たれた斬撃を真っ向から受ける。
この一撃をまともに受ければ、大抵の魔物はひとたまりもなく絶命するだろう。しかし、大蛇は何事もなかったかのように無傷であった。
「……傷を負わせることも叶わぬか」
「いやはや、なかなかに良い一撃であった」
大蛇の身体を蹴って跳躍、距離を取り直し、シュヴェルトは再び陣形の中心に戻り歯噛みする。
嘲笑うが如き声色で、彼に称賛が向けられる。言葉を発したのは、一角を持つ大蛇だ。
「もっとも、これしきでは我には効かぬがな」
「ちいっ……!」
大蛇は皮肉の言葉を放って嘲り、シュヴェルトは舌打ちする。
国に害なさんとする魔物を、これまで数多屠ってきた斬魔騎士団。相手が単なる『高位の魔物』ならばとうに討ち果たしていただろう。
しかし、眼前の敵には物理攻撃も魔法攻撃も通用しない。今までに対峙したこともない謎の存在を相手に、彼らは攻め倦んでいた。
「斬魔騎士団……大それた名を名乗りおる。未だ我一匹斬り伏せられてはおらんではないか」
「喋るな、蛇風情が」
大蛇は鎌首をもたげて獲物を品定めするような眼で騎士たちを見回す。
シュヴェルトは短く吐き捨て、大剣を構え直した。
「まだやる気か……先の斬撃が通らなかった時点で、貴様らに勝機がないことなど解りきっておろうに」
「倒せずとも、足止め程度は出来よう」
「足止め? たかが数十分や数時間食い止めたところで何とする? 貴様らが全員死ねば、我は王都を襲うぞ。あるいは今、ここで戦わんとする貴様らを捨て置いて別の町や村を襲うやもしれん。所詮は無駄な足掻きよな」
大蛇は騎士たちを嘲笑し、地面に唾を吐きかける。その唾液がかかった地点が溶け、硬い地面に小さな穴が穿たれた。
「貴様ら人間は我が食糧に過ぎぬ。餌は餌らしく、黙って喰われておればよい」
「化け物が、虚仮にしやがって……【世を形作る四つの元素……】——」
一人の若い騎士が剣を敵の方に突きつけ呪文を詠唱する。だが、魔法を吸収し無効化する相手に攻撃魔法を放とうと意味はあるまい。
大魔導師程の魔力があれば、あるいは通るやもしれぬ。しかし生憎彼は、そこまでの魔力を持ち合わせてはいなかった。
「よ、よせ、シュナイダー!奴に魔法が効かぬことは解っているだろう!」
「【流るる水の精霊たちよ、我が呼び声に従い来たれ】——」
シュヴェルトの制止もよそに、シュナイダーと呼ばれた男は詠唱を続ける。
「——【命を育む優しき恵み、命を奪う慈悲無き暴威。一つに重なり逆巻きて、我が前の罪を戒めよ】……『水渦牢獄』!」
詠唱を終え、シュナイダーの剣の刀身が青く発光した。彼はそれを地面に突き刺す。
すると大蛇の真下に魔法陣が出現。その円周より膨大な水が溢れ渦を成し、竜巻のような巨大な水柱を立てて大蛇を包み込んだ。対象を中心に渦を巻き起こして結界を形成、対象を閉じ込める『水の牢獄』とする魔法だ。
「水の結界……おのれ、小癪な真似を!」
大蛇は忌まわしげに吐き捨てる。その渦は高圧の水の刃で構成されており、無理に出ようとすればその身を微塵に切り刻んでしまう。
対象に魔法攻撃が有効ならば、の話だが。しかしたとえダメージは与えられずとも、膨大な水量の渦から成る結界に注がれた魔力を全て吸収し、解除するには相応の時を要するだろう。
「愚かな……これしきの術で我を倒せると……?」
「ハナっからダメージなんざ期待しちゃいねえよ……ただの時間稼ぎだ。どうした? 声に余裕が無くなってるぜ。イラついてんのか? 圧倒的に有利なのはそっちなのによ」
挑発する大蛇、しかしその声音はどこか苛立たしげだ。
シュナイダーはニヤリと笑い、挑発を返した。
「なるほど、時間稼ぎ……しかし、どうするつもりだ? いくら奴をここに留めたとて、現状の我々には打つ手がないのだぞ」
「ちょっと、しっかりしてくださいよ。団長ともあろう人が弱音なんて……ま、確かにその通りですがね。とりあえず、ローゼンベルグ中尉を待ちましょう」
シュヴェルトが怪訝な表情で問いを投げると、シュナイダーは若干苦しげな笑みを浮かべて返した。
ローゼンベルグ……即ちクロイツは神官に助言を求め現状を打開すべく、神殿へ報告に向かったのだ。
「ああ、そうだな……少なくとも、彼が戻るまではなんとしても持ちこたえねば」
シュヴェルトは頷き、大剣を前方中段で盾のように構えながら眼前の渦に囚われている敵を鋭い眼で見据えた。