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異界退魔録-舞い降りし光の使徒-  作者: SK
退魔師、異界に降り立つ
2/7

神の光に招かれし者

——


 眩い閃光が収まった時、煌矢の視界に飛び込んだのは全く知らない景色。教会の礼拝堂のような室内、その奥の祭壇に彼は立っていた。

 眼前に立つのは、翼のような意匠が所々に施されたフードつきの白いローブに身を包んだ金髪碧眼の少女。

 彼女の背後には縦横と並ぶ長椅子、そこにはシンプルな白いローブを纏いフードを被った人々が座る。

 何らかの宗教的儀式を行っているらしく、彼らは両手を組み顔を伏せて祈っている。

 祭壇の背後の壁には地面に突き立つ剣のような十字の紋が刻まれ、窓のステンドグラスには青白い輝きを放つ剣を構えた戦士が描かれていた。


  「……お待ちしておりました、我らが救世主『光の使徒』」


 煌矢と神具『火雷剣(ホノイカヅチノツルギ)』を見て、眼前の少女が一礼する。

 その後、彼女は長椅子に座る礼拝者らしき人々に向き直った。


「皆様! ついに光の使徒が我々の祈りに応えて下さいました!」


「おお、あれはまさに……」


 少女が声高に言うと、長椅子に座っていた信徒たちはフードを脱ぎ、感極まった表情で立ち上がって祭壇に近づく。


「あ、あの。待ってください……さっぱり状況が掴めないんですが。なんですか、救世主とか光の使徒って。というか、ここはどこですか? あなた方は?」


 煌矢は見も知らぬ地で見も知らぬ者たちが己を礼賛する光景に困惑し、矢継ぎ早に問いかける。


「それについては、順を追ってご説明致します。混乱を招いてしまい申し訳ありません、光の使徒……異世界の来訪者よ」


「……異世界?」


 深く頭を下げる少女。少女の『異世界』という言葉に警戒し、煌矢は祭壇から降りる。

 異世界……己の世界とは次元を異にする世界、即ち異界。そして、彼の知る異界とは妖魔たちの住まう『暗界』である。

 彼らの正体が妖魔であり、暗界に己を引きずり込んだ……という可能性が頭に浮かぶ。しかし、彼らから妖魔の発する禍々しい気配……『妖気』は感じられない。

 それに、妖魔が自分たちを討たんとする退魔師を『救世主』などと呼ぶだろうか。煌矢は訝りながらも神具の具現化を解除し、少女の更なる言葉を待つ。


「申し遅れました、私はステラ・フリューゲル。この世界の名は『ラインガルド』。ここはその西方に位置する魔法国家『ヴァイスラント王国』、王都『シュネーヘイム』のクラルハイト神殿です。私は、この神殿にて神官を務めております」


 ステラと名乗った少女が説明する。煌矢は小さく頷きつつそれを聞いている。話を聞く限りここは『暗界』ではなく、もう一つの『人間界』らしい。

 魔法……退魔師などの異能者が用いる術のようなものだろうか。『魔法国家』という単語から、そういった『異能の術法』がオカルトとしてでなく元の世界でいう科学のように普及している平行世界のようなものだと彼は解釈した。


「……それで、光の使徒とは?」


「“人の世、暗き雲に包まれし時、遠き異界の地より光の使徒現れん。その者、蒼光(そうこう)(つるぎ)を振るいて雷光の如く闇を裂き、陽光の如く暖かに人の世を照らさん”……教典に記された神の預言です。

稲妻を帯びた剣を携えたあなた様の姿を見て、私は確信いたしました……預言に語られし光の使徒が我らの祈りに応え、神の導きを受けて降臨なさったのだと」


 煌矢が尋ねると、ステラは教典の文言を誦んじて答える。

 あの光と結界のようなものは、彼女の言う『神』が煌矢をこの世界に導くためのものだったのだろうか。


「……光の使徒よ、どうか我らにその御力をお貸しください」


 ステラが煌矢の足下に跪く。祭壇周りの信徒たちもそれに倣い、跪いた。


「そ、そんなことしなくていいですって! ほら、立って! 顔を上げてください!」


「……あなた様がそう仰るのなら」


 跪いた者たちを見、慌てる煌矢。

 どこか納得していないふうに顔を上げるステラ。信徒たちも彼女に倣い、立ち上がった。


「あー……その、まずこの世界で何が起こっているのか聞かせてくれませんか?」


 やや戸惑い、後頭部を軽く掻いたのち、煌矢は問う。


「……数ヶ月ほど前のことです。得体の知れぬ魔物たちが突如このラインガルドに現れ、世界中が混乱に陥りました」


「魔物……?」


 間を置き、問いに答えるステラ。

 煌矢は『魔物』という言葉に何かを感じ、その単語を鸚鵡返しのように呟いた。


「ええ。元々、ラインガルドにも魔物は存在するのですが……今回現れた魔物たちは、それらとは全く違うものでした」


「ふむ、というと……」


 その呟きにステラが返す。煌矢は興味深げに頷き、彼女の次の言葉を待った。


「まず……ラインガルドの魔物は知能の低いものから高い知能を持つものまで様々ですが、人語を操るものはごく稀です。しかし、その魔物らは総じて人の言語を用いると」


「なるほど、知能……」


 促され、ステラが述べる。

 煌矢はこくこくと頷きながら彼女の話を聞いている。


「そして、その性質にも大きな差があります。この世界の魔物も一般の人間にとっては脅威ですが、程度の差はあれ単純な物理攻撃で傷はつけられますし、仮に効かずともその場合魔法に弱いことが多いため、軍や冒険者ギルドで十分対処可能です。しかし……」


 説明を続けるステラ。

 その表情に若干の陰りが差したことに気づくが、煌矢は敢えて聞きに徹した。


「……この魔物たちには通常の物理攻撃は一切意味を成さず、更に魔力を吸収するため魔法攻撃は無力化されてしまいます。これまでにも多くの戦士たちが挑み、返り討ちに遭い……命を……うぅ……!」


「む、無理に話さなくていいですから! ほ、ほら、一旦この話はやめましょう!」


「失礼いたします、神官様……ここは私にお任せください」


 話の最中(さなか)膝をつき、涙をこらえ嗚咽するステラ。話を止めさせ、宥めようと慌てる煌矢。

 その時、信徒の一人がステラを制し前へ出る。

 それは煌矢とほぼ同年代と思われる、短い銀髪を持つ碧眼の若い男だった。彼のローブはシンプルだが、よく見ると翼の意匠が施されている。


「……」


「私はこの神殿の神官補佐を務めております、ヴァンと申します。ここからは私が代わりにご説明いたしましょう」


 ステラが嗚咽を噛み殺し、青年を見上げる。

 その青年はステラを気遣わしげな眼差しで見返したのち煌矢に深く一礼し、名乗った。



「……これまでにも、ヴァイスラント精鋭の戦士たちが奴らに挑み、返り討ちに遭い命を失っています。魔導師の中でも強大な魔力を持つ『大魔導師』ならば対抗も出来ましょうが、その称号を持つ者は世に数える程しかおりません。それ故、日に増してゆく魔物らに対処しきれぬのです」


「やはり……」


 ヴァンと名乗る青年の説明に確信したように呟いたのち、煌矢はやや怪訝な顔をした。

 彼らの言う『魔力』が霊力、『魔物』が妖魔のことを指すならば、ある程度の納得はいく。

 精神体である妖魔は、同じく精神の力たる霊力を介した攻撃のみを受け付ける。『精神』とは即ち『魂』。

 精神とは魂であるが故、魂を喰らう妖魔は魂の発する微弱な霊力を吸収することができる。

 辻褄は合う。だが、それと同時に腑に落ちぬ部分もあった。


 異能の術として発現させられるほどの霊力は、最早『微弱』ではない。

 ここヴァイスラントは、魔法技術が特に発達した『魔法国家』。精鋭たちの中には、優れた術者もいよう。

 未知なる外敵を討ち倒さんがため放たれるその術は、決して並大抵のものではあるまい。

 それを吸収し完全に無力化できるのは、相当に高位の妖魔だけだ。それ程の妖魔が幾体も人界に現れたことは尋常の事態ではない。

 そして、世界の危機として異世界より使者が遣わされる程のものならば如何に離れていたとてごく微弱な妖気は感じ取れよう。

 しかし、この神殿内ではそのような気配は感じられない。故に彼は訝ったのだ。


「……いかがなさいました?」


 ヴァンが不思議そうに首を傾げて問う。

 煌矢は暫し無言で考え込んだのち、小さく(かぶり)を振る。


「いえ、何でもありません、お気になさらず」


 頭に浮かんだ疑問を振り払い、軽い笑いと共に短く返した。


「——光の使徒よ」


 その時膝をついていたステラが立ち上がり、再びヴァンの前に出て口を開く。


「今一度お願い申し上げます、我らに力をお貸しください……!」


 煌矢の眼前に出ると、彼女は再び煌矢の足元に跪いて懇願した。


「いや、その……ですから、立って、頭を上げてください。事情はわかりましたから」


「で、では!」


 煌矢が困惑気味に笑って返す。ステラは立ち上がって頭を上げ、嬉しそうな表情を浮かべた。


「……ええ、協力しましょう」


 自身の胸を軽く拳で叩き、煌矢は答える。

 その表情には、長らく持て余していた力を振るい人々に役立てることへの微かな高揚があった。


「あ、ありがとうございます……!」


「……やれやれ」


 感極まって涙を流すステラ。それを見て、ヴァンは呆れたようなため息をついた。


「おいおい、いちいち泣くなよ。神官のお前がそんなんじゃ光の使徒にも俺ら信徒にも示しがつかねえだろうが」


「こ、これは嬉し泣きよ! だから余計なお世話! だいたい何なのその口の利き方は! 私は王政府公認の神官なのよ!? 神殿内、それも光の使徒の御前で……無礼にも程があるわ!」


 ヴァンがハンカチを取り出しステラの涙を拭おうとしたが、彼女はその手を振り払い顔を赤くしまくし立てる。


「嬉しかろうが悲しかろうが関係ねえ。国の役人として儀式を執り行う神官なら、そう簡単に感情的になるなってんだ。ガキじゃあるまいし」


「そ……そんなこと分かってるわ、大きなお世話よ! いちいち口出ししないで!」


 指を差し、説教するヴァン。更に顔を紅潮させ、言い返すステラ。

 煌矢は暫し言葉も無く、二人のやりとりを苦笑を浮かべつつ眺めていた。

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