序-未知へと誘う光-
その昔、人の世は神秘と怪奇に満ち、人智を超えた恐るべき怪異『妖魔』が跋扈し暗躍していた。
妖魔たちは闇に潜み、恐怖に慄く人間たちの魂を喰らってきた。如何に強力な武器や兵器であれ、通常の手段で彼らを傷つけることはできない。ならば、人々はその影に怯え嘆くのみであったか……?
答えは否。超常の力を振るい妖魔を討つ異能の戦士『退魔師』たちが、古より力なき人々を守ってきたのだ。
しかし時が経ち、科学の進歩につれあらゆる神秘は否定され、人々はいつしか怪異に対する恐怖を忘れてしまう。
それゆえ人の恐怖を糧とする妖魔は世界からその姿を消し、それを討つ退魔師もまた忘れ去られていった。
——
深夜一時、とあるコンビニエンスストア。客は少なく、現在対応している店員はレジの青年ただ一人。
「ありがとうございましたー」
笑みを浮かべ、青年は会計を終えて退店していく客へ感謝を示す。
「お疲れ、天宮くん。もう上がっていいよ。あと俺やっとくから」
「あ、どうも。お先に失礼します」
カウンター奥の部屋から男が現れる。天宮と呼ばれたその青年は彼に軽く頭を下げ、入れ替わりに奥の部屋へ入っていった。
青年……天宮煌矢は息をつき、ロッカーを開け私服に着替え始める。
着替えを終えた煌矢は部屋を出ると、レジを引き受けた男に再び軽く会釈して店を後にした。
「終わった……」
誰に言うでもなく呟く煌矢。闇に包まれた街並みをつまらなそうに見回す。
ふと足を止めなんとなく空を見ると、紅く染まった満月が妖しく宵闇を照らしていた。
「赤い月……か。妖魔でも出そうな夜だ。いっそ、その方が刺激的なのにな」
煌矢は退屈そうに独りごちる。
退魔師の名門に生まれた彼は強大な力と類稀なる才能を持ち、物心ついた頃から修行を積んできた若き天才退魔師だ。
しかし、妖魔がいない今となってはアルバイトで生計を立て退屈な毎日を過ごすフリーターである。
「……親父に不謹慎だってどやされるか。そもそも、連中が必ずしも出てこないとは限らねえし」
妖魔とは人々の邪心や負の情念といった『心の闇』を存在の源とし、その闇に満ちた異界『暗界』より現る人ならざる者。故に、この世に人間がいる限り彼らは決して滅びない。
しかし、彼らは恐怖に慄く人の魂を糧とする。そして『怪異』への恐怖こそ、彼らにとって最高の調味料。故に、怪異の存在が否定され恐怖も薄れた人間界に興味を失ったのだ。
無論この先妖魔が現れぬ保証はない。しかし退魔師に討たれることを危惧してか、彼らが姿を現わすことは極稀であった。
「……さっさと帰って寝るか」
再び歩き出そうとした瞬間、突如足元に白い光が円形状に出現した。
「なんだ? まさか……」
煌矢は円から抜け出そうと足を踏み出す。しかし、見えない壁に阻まれて出ることはできない。
彼はこれを妖魔が張った結界と仮定し、右腕を天にかざす。
「出でよ、『火雷剣』」
短い詠唱の後掲げた右腕に紫電が走り、刀身に青白い電光を纏う一振りの刀が現れた。
それは『神具』……術者が身の内に宿す霊力を具現化させたその者独自の武装、及びそれを具現化させる術。
霊力とは、生きとし生ける全ての者が持つ生命エネルギーにして、精神の力。誰もが持つ力だが、操るには相応の鍛錬が必要である。
人々の闇から生まれた精神体である妖魔に対し、精神の力たる霊力を介さぬ攻撃は意味を成さない。そのため霊力の制御は対妖魔戦闘において必須の能力であり、また神具の具現化は退魔師の基本技能の一つとなっている。
縦に一閃、見えない壁を斬りつける。
結界の類なら、よほど強力なものでなければこれで切り裂いて脱出できる筈——
「何っ……!?」
しかし目論見は外れた。煌矢が目を見開き、驚嘆の声を漏らす。
刃は弾かれ、壁は全くの無傷。次の瞬間足元の光輪から眩い閃光が放たれ彼を包み込む。
光が収まる頃、彼の姿はその場から掻き消えていた。