初心者講習の珍事あるいは日常?
今から100年ほど前。レーシア大陸で一つの大戦が終結した。
魔王により操られた魔族と人類の生き残りをかけた書物あるいは伝承に残された中で3回目の大戦であった。魔王を討伐した勇者は人類側の総大将であるマウレシア王国の姫と結婚しマウレシア王国の王となる。王となった彼が打ち出した初めの政策に世界が驚いたと同時に納得をした。
その政策とは“冒険者ギルドのルーキーの育成機関を創る”であった。彼が勇者として名を馳せる前、冒険者に成り立ての仲間がいた。しかし、その仲間は実力にあった依頼を受けられず前線に出ることとなり、そこで戦死してしまう。勇者はその事件を契機に世界的にも勇者として名を馳せることになるが、胸のしこりとしていつまでも思い悩んでいたのだ。
こうして、タストと呼ばれる極東の村に冒険者に成り立ての新人を育成する支部が出来た。
この政策が成功を納めた要因にレーシア大陸と暗黒大陸の位置関係にある。
魔王が出現する暗黒大陸とレーシア大陸は海で隔たれているが様々な方法で強力な魔物がやってくる。
西の暗黒大陸からやって来た魔物はレーシア大陸の東側は最前線として滞在する屈強な戦士や冒険者によって抑え込まれ、阻まれることになる。しかし、魔物も強力な個体が多くすべてを討伐することはできない。英雄やSランクの冒険者にしか対処できない魔物は最前線で必ず討伐され、ランクの落ちた魔物はさらに東側の冒険者や戦士によって討伐されていく。つまり、暗黒大陸に近いほど化け物じみた魔物が蔓延っているが東に行くほど魔物は弱くなる。見逃された弱い魔物は討伐されあるいは隠れ住み、繁殖し各地に散らばっていったわけだ。
「よって、極東の町タストは冒険者初心者が実践を積むのに適しているというわけです」
ここは、冒険者ギルド始まりの町支部。僕はこの春にギルド職員になった新人だ。本部でギルド職員の新人教育を受けていたがすべての講習が終わり、昨日の夜に始まりの町タストに着いた。本部での講習でお世話になった先輩が僕の能力に太鼓判を押してくれたため、僕はギルド職員としての初日に初めての初心者講習という大役を任されやる気に満ち溢れていた。この支部では初心者が資格を手に入れる為の初心者教習を月に2度開催されており、この初心者講習を受けなければ冒険者登録ができない。
そんな僕の初心者講習のさなか。その日集まったルーキーは僕の話に集中できないようだ。今の話自体はこの大陸に住む人にはすでに周知のことである。少しくらい聞き飽きて聞き流したとしても自己責任で問題はないし、この後の講習で依頼内容はしっかりと聞かないと大変な目に遭うと話すつもりだ。それに、ルールを守れないやつは大成しない。だがまあ、僕は冒険者じゃないけど近くで見ている身として彼らの考えていることもわかるつもりだ。冒険者として栄光を掴未来の自分に思いを馳せているのか。未知のダンジョンへの仲間との冒険の日々にドキドキしているのか。確かに僕もギルド職員の新人になれた日の夜はドキドキしてなかなか寝付けなかったの覚えている。そわそわする気持ちもよくわかるのだ。しかし、新たなルーキー達はどうやらそうでないらしい。皆、ある一点を凝視し隣の人とひそひそ小声で話し合っている。普通であれば注意するところだろう。しかし、今回ばかりはそれもできない。なんなら、僕も加わりたいくらいだ。これ以上は講習をやっても耳に入ってこないだろう。潮時だろうか。そこに。
「先生!」
「何ですか?クリストファー君」
「いえ、あそこで寝てる人誰ですか?」
彼は、今回の有望株であるクリストファー君だ。ナイス、クリストファー君!真面目だからとうとう我慢出来なくなったんだろう。さっきから僕も気になっていたことである。
それはギルド内のソファーでイビキかいてるおっさんは誰ってこと。僕も知らない。しかし、ギルド職員として安易な返答は出来ない。
「彼が誰かと答えるのはやぶさかではありません。それで、クリストファー君はどうしたいんですか?」
「えっ?いえ、少しうるさいので静かにしてもらいたいのですが」
「クリストファー君。いえ、他の冒険者の方もそうですが、魔物と命のやり取りをしてる際にちょっとうるさくて集中できなかったから負けましたって言いますか?そんな些細なこと気にしないですよね?つまりはそういうことです」
自分で言ってなに言ってるのって思ったけど、皆の顔付きが変わった。僕にはわからないけれど冒険者を目指す彼らには何か琴線に触れたのだろうか。取り敢えず、次までにティナ先輩に聞いておこう。
こうして僕の初心者講習はその後何事もなく無事に終わった。
これは僕の目から見た怪しげな胡散臭いおっさんがギルド内外で起こす勝手きままライフの、観察日記のようなもの、かなぁ。