午前七時の幼馴染
これは俺と幼馴染の、新しい関係の物語
「直人、朝だよ!」
七時きっかり。
いつものように部屋のドアが開くと同時に、元気な声が部屋に響き渡る。
布団の暖かさを惜しみながら、
体を起こすと見慣れた姿がそこに立っていた。
「……おはよう、美咲」
腕を腰に当てて俺の方を笑顔で見下ろしている幼馴染に挨拶をする。
「おはよう。おばさんが下で待ってるよ。
早くご飯食べて学校に行こう?」
「ん、ああ。分かった。すぐに行くよ」
「二度寝しちゃダメだよ?」
「しないって。ほら、着替えられないから出て行ってくれ」
「はーい。……それじゃ、また後でね」
そう行って美咲が出て行くのを布団の上から見送る。
「……着替えるか」
俺は転がるように布団から出た。
俺と美咲は家が隣同士で、親の仲が良く、いわゆる幼馴染という関係だった。
幼稚園の頃からずっと一緒で、
この朝起こしにくるのは小学校の頃から続く慣習だ。
朝俺を起こしに来て、そのまま一緒に朝食を食べる。
カバンを家から取って来た美咲と家の前で待ち合わせをして、
二人一緒に学校へ行く。
それが俺と美咲の関係で、日常だった。
「いつもありがとうね、美咲ちゃん」
「良いんですよ、もういつものことですし」
「あらまあ。聞いた、直人?あんたもう美咲ちゃんと付き合っちゃいなさいよ」
「母さん!そういうの止めろっていっつも言ってるだろ」
感極まったように俺の肩をたたく母さんを嗜める。
向かいでは美咲が口を押さえて笑いを堪えている。
「美咲も迷惑だったらちゃんと言わなきゃダメだぞ。
全然遠慮することはないんだからな」
「遠慮なんかしてないよ。それに直人を起こしに行くのなんか文字通り朝飯前だし」
「まあ……!直人も少しは美咲ちゃんを見習いなさいな」
「何をだよ!ていうか、今のでどうしてそうなる!?」
とうとう堪えられなくなった美咲が声をあげて笑い出す。
「美咲もなんで笑ってるんだよ……」
「だって面白いんだもん」
あははと笑い続ける美咲に嘆息して俺は牛乳を喉に流し込んだ。
「……まあ、母さんじゃないけど、俺も美咲には感謝してるよ。
いつも起こしに来てくれてありがとう」
「どうしたの、急に?」
「別に、何にもないよ。なんか言わなきゃいけない気がしただけだから」
「そっか。……どうしたしまして」
照れたように笑う美咲の顔を直視できなくて、
気恥ずかしさを誤魔化すために俺は急いで残りの朝食をかきこんだ。
「ごちそうさま!俺部屋に戻って準備してくるから!美咲はまた後で!」
「あ、こら、直人。ちゃんと食器は台所に持って行きなさい!」
「いいですよ、おばさん。後で私が一緒にやっておきますから」
「ダメよ、美咲ちゃん。直人を甘やかしちゃ」
「好きでやってますから」
そんな二人の会話を背後に、俺は二階へと駆け上がった。
美咲のことを好きになったのはいつのことだっただろう。
多分明確にこれといった時期はなくて、
いつの間にか隣にいるっていう関係じゃ物足りなくなっていた。
もっと親しい仲になりたい。
俺にとって美咲はもう、ただの幼馴染じゃなくて、
いなきゃいけない人だから。
だから、本当は朝起きてるのに寝てるふりをしているのも、
美咲に朝起こしに来てもらいたいからだ。
美咲との毎朝のやりとりが楽しくて、
自分で起きれるとは言い出せなくなっていた。
「よし、と……」
俺は鏡の前でネクタイをチェックしてカバンを持って部屋を出た。
1秒でも早く美咲に会いたかった。
どんな短い時間でも美咲と一緒にいたいから。
「いって来ます」
家を出て道路に出るとまだ美咲は準備が終わっていないみたいだった。
静かな朝の道路は人通りが少なく、
また少し肌寒い空気は程よく目が覚める。
「お待たせ、直人」
そうやって待つこと数分、隣の家のドアが開いて岬が小走りで駆け寄って来た。
「それじゃ行こうか」
岬が前髪を手櫛で整えるのを待って、
俺たちは学校へ歩き始める。
「今日は俺が早かったな」
「いっつも遅刻ぎりぎりな癖に」
「あれはちゃんと間に合うように計算してるからいいんだよ」
「調子のいいことばっかり言って。今度おばさんに一回遅刻したこと言っちゃおうかなー」
「なっ、あれは言わないって約束だろ!?」
「知らなーい。調子に乗ってる直人が悪いんだよ」
「悪かったよ、だから母さんには言わないでくれ、頼む」
「えーどうしよっかなー」
「おい!」
美咲は意地悪な笑みを浮かべ、早歩きで俺の前を歩く。
「それじゃあ、私より早く学校に着いたら言わないであげる」
「言ったな?絶対だぞ!」
俺は一足先に前を言った美咲を追いかけた。
俺の教室前で美咲と別れた後、教室に入ると一人の男子生徒が駆け寄って来た。
「お、中瀬!なあなあ聞いてくれよ!」
「なんだよ、堺。何かあったのか?」
そう聞くと堺は興奮したように俺に一歩詰め寄ると口を開いた。
「実は昨日告白にOKもらったんだ!」
「おお、本当か!?よかったな、おめでとう!」
「ありがとう、中瀬!本当全部お前のおかげだよ」
俺は前々から堺の恋愛相談に乗っていて、
昨日まさに堺は憧れの女子へと告白したのだった。
「そんなことねえよ。あの子もお前のこと好きそうだったし、
俺がいなくてもお前らは付き合ってたって」
「寂しいこと言うなよ。あ、そうだ、今日昼休みにでも飲み物おごるよ、お礼ってことで!」
「ははっ、じゃあありがたく受け取っておくよ」
「本当にありがとうな、中瀬!」
そう言って堺は教室の外へ出て行った。
きっとこれから彼女に会いに行くのだろう。
舞い上がっている友人の様子に苦笑して俺は席についた。
堺に恋人ができた。その事実が俺の中でぐるぐると回っている。
別に堺が妬ましいとかそう言うことじゃない。
むしろ、あれだけ応援していた堺が成功したのは、
友人として飛び上がりそうなほど嬉しい。
けれど、その一方、俺の中には美咲との関係への焦りが生まれていた。
美咲のことは好きだ。気づけば美咲のことを考えてるくらいに、
俺の胸の中は美咲への思い出満ち溢れている。
でも、もしもこの想いを伝えて、受け入れられなかったら。
その恐怖が恋心をがんじがらめにして、俺の足を止めていた。
拒まれて今の関係が壊れてしまうくらいなら、
それならいっそ今のままでも構わない。
俺は自分でも情けないくらい、どうしようもなく臆病だった。
「疲れた……」
帰りのホームルームが終わり、机に突っ伏す。
窓の外はわずかに赤く染まり、夕暮れが近いことを知らせている。
「直人―、一緒に帰ろー」
ぼんやりと窓の外を眺めていると、廊下の方から聞きなれた声が聞こえる。
グリンと首を動かせば教室の入り口にカバンを持った美咲が立っていた。
「わかった。今行く」
俺は急いで教科書をカバンに詰め込むと、
すぐに教室を出た。
「今日は少し遅かったね?」
教室を出ると美咲がそんなことを言ってきた。
「少しだけホームルームが長引いたんだ。待たせてごめんな」
「ううん。全然待ってないよ」
昇降口で上履きと靴を履き替えて外に出る。
日が暮れかけているからか、吹き抜ける風はまだ少し肌寒い。
「陽が落ちるとまだ少し寒いねえ」
「そうだな。もう少しすると暖かくなるって天気予報では言ってたし、
来週には逆に暑くなってるんじゃないか?」
そう言うと、美咲は少し憂鬱そうに肩を落とす。
「うーん。私としては中間くらいが丁度良いんだけどなあ」
「俺は暑いよりは寒い方がまだマシだな」
「私はどっちも苦手……」
「そういえば、さ」
「何?」
美咲がキョトンとした顔で俺を見つめる。
その視線に少しだけドキドキしながら、
俺は今朝のことを美咲に話す。
「俺のクラスの堺ってやつが、恋人できたってよ。美咲には前話してたよな」
「ああ、堺くん。よかった、告白成功したんだ」
美咲は嬉しそうに顔を綻ばせると、少しだけ寂しそうにつぶやく。
「良いなあ……。私も彼氏欲しいな」
別に意外ではなかった。美咲だって高校生だ。
恋の一つや二つはしていて当然だ。
だと言うのに、俺の胸はずきりと痛んだ。
「なんてね。今はまだ他にやることがあるから。
例えばお寝坊さんを朝起こしたりとか」
また、じくりと胸が痛む。
心臓が締め付けられるようで、息苦しくなる。
心の隅では気づいていた。
もしかしたら、俺は美咲の重荷になっているのかもしれないと。
俺がいるから、美咲はろくに恋愛もできていないのではないか。
俺は本当は、美咲にとても残酷なことを強いているのではないか。
気づけば、言葉が勝手に飛び出していた。
「なあ、美咲。もう起こしに来なくて良いよ」
美咲の足が止まる。こちらを見つめる瞳は驚愕に見開いていた。
これ以上、俺のせいで美咲に迷惑をかけたくない。
だから、俺は真実を告げることを決心した。
「本当は一人で起きれるんだ。……ただ、今までどうしてもそれが言い出せなくて、けど、もう良いよ。俺はもう一人で大丈夫だから。
だから、美咲は自分のやりたい事をやって良いんだ」
精一杯の強がりだ。だけど、こうするしかない。
本当は何より大切な時間だ。時間だけど、
それよりも大切な美咲のためなら……。
そう覚悟していった言葉は美咲の琴線にふれたようだった。
「なにそれ……。私は、直人のことが……」
ポロリと美咲の瞳から涙が溢れる。
ガラスのように滴り落ちる雫がアスファルトを濡らし、
抑えきれない嗚咽が道路に響く。
「み、美咲?」
何かがおかしいと、気づき始めた。
けれど、それはもう遅かった。
「もう、私は要らないんだね」
涙を拭って美咲は一歩後ずさった
「……さよなら、直人」
そして、くるりとターンした美咲は逃げるように駆け出した。
その後ろ姿を見て、俺はなぜだか取り返しのつかないことをしてしまったような気がした。
また、胸がじくりと痛む。
「……朝か」
いつもよりも寝覚めが悪い朝。
俺は布団の中で7時を待つが、誰も起こしには来ない。
「ああ、そうか。そうだったな……」
美咲は来ない。自分から言いだしたくせに、
俺は未練がましく美咲を待っていた。
のそりとゾンビにように布団から這いずり出る。
静かな朝。一人だけの朝。
美咲がいないだけで、迷子のように無性に寂しくなる。
朝食を食べる気分にはなれず、俺は静かに家を出た。
美咲の家を一瞥し振り切るように背を向けて歩き出す。
もう、美咲には会わないようにしようと、そう思った。
朝のホームルームが始まってから、
どうやら少し隣の教室、美咲のクラスが騒がしい。
自分の机でぼんやりしていると、
堺が俺の方へ歩いてきた。
「どうした?今は惚気話聞く気分じゃないから、他所にしてくれ」
「いやいや、そうじゃないって。なんか美咲さん学校来てないみたいで、
家にもいないみたいだけど、何か知らないのか?」
「学校にいない……?いや、俺も知らない」
「そっか。中瀬なら何か知ってると思ったんだけど……」
美咲のことが心配でない訳ではないけど、
昨日のこともあり俺はどうにも乗り気に離れなかった。
そうしていると、隣の教室からも続々と生徒がやってきては、
次々に美咲のことについて質問してくる。
「なあ、なんでみんな俺に聞きにくるんだ」
ついに耐えかねて、俺は質問しにきた一人の女子生徒にそう尋ねた。
「だって中瀬くんって、美咲ちゃんの彼氏でしょ?」
不意をついたその言葉に一瞬呆然とする。
「な、何を。俺と美咲はただの幼馴染だよ。別に付き合ってない」
そう言うとその女子生徒は意外そうな顔をした。
「え、そうなの?美咲ちゃん中瀬くんのこと話すとき、
いつも笑顔だからてっきりそうなのかと」
「……」
言葉を返せずにいると、近くにいた堺が意外そうに声を上げる。
「中瀬、遠野と付き合ってなかったのか!?
俺、付き合ってると思って相談してたんだけど」
「ど、どうして……」
「いや、だってお前ら二人とも、両思いに見えたから……」
背筋が凍りつくような寒気に襲われる。
何かが繋がった様な気がした。
昨日どうして美咲が泣いたのかを、
どうして美咲が逃げ出したのかを。
俺は、勝手に一人で納得した風に勘違いして、
美咲を傷つけてしまっていたんだ。
「悪い!早退したって言っといてくれ!」
驚く境の声を背に、俺は突き飛ばされる様に駆け出していた。
「おばさん、美咲は!?」
家から出てきた美咲の母親に突っかかる様に詰め寄ると、
おばさんは困った様に眉根を寄せた。
「それがあの子家にもいないのよ。カバンも家に置きっ放しだし、
一体どこに行ったのかしら。直人くん、何か知らない?」
「……多分。心当たりがある」
「あら、本当?」
「でも……」
そんな場合じゃないのはわかってる。
もしかしたらを考えれば、ちゃんとここで伝えるべきだ。
でも、俺はどうしても誰よりも早く美咲に会いたかった。
美咲にあって伝えなきゃいけない言葉があった。
そうやって葛藤している俺を見ていたおばさんは、
何か納得した様に頷くと、俺の頭を撫でた。
「……直人くんがそんな顔をする時は、
いつも何か言えないことがある時だったわね。
学校には私から風邪だって伝えておくから、
美咲のことはまかせていいかしら?」
「な、なんで……」
「私、これでも直人くんのこと信頼してるのよ?
それに、多分今一番岬が一緒にいて欲しいのは直人くんのはずだから」
「おばさん……。分かった。俺、行ってくる」
「ええ、美咲のこと、お願いね」
俺はおばさんと別れると再び走り出した。
額に浮かんだ汗を拭う。
走りながら考える。俺にとって美咲は一体なんなのか。
俺は美咲が好きだ。
それは分かっている。そうじゃなくて、
俺と美咲の関係性は一体なんなのだろう。
幼馴染。それは確かにそうかもしれない。
でも、俺はもうそれじゃ満足できない。
そんな関係じゃこの気持ちを伝えきれない。
だから、俺はこの想いを伝えきるために、
必死に走った。
走って、走って、息も絶え絶えになりながら走って。
ようやく辿り着いたのは小さな公園だった。
歩いて公園の中に入ると、美咲はすぐに見つかった。
ジャングルジムのてっぺん、そこに美咲はぼんやりと座っていた。
「こんなところで何やってるんだよ」
登って隣に座って声をかけると、ようやく美咲はこちらに気づいた様だった。
「別に。学校に行くのが面倒だなあって思っちゃった」
「それでここに来たのかよ」
「うん、ここに来れば直人に会える気がして」
ここは、俺と美咲が昔お互いの両親に連れられ、
よく遊びに来た公園だった。
あの頃の俺はまだ美咲のことをただの仲のいい友人程度にしか見ておらず、
今よりもずっと美咲と素直な関係だった。
「懐かしいね、ここ。ここは何にも変わってない」
そう言って笑う美咲の笑顔はひどく痛々しい。
まるでその言葉の裏に、俺の変化を悲しんでいる様な気がした。
「そうだな……」
俺は此の期に及んで、何を言えばいいのか分からずにいた。
美咲をこんなに傷つけたのは俺なのに、
今更俺は何を美咲に告げればいいのだろう。
これ以上、美咲を傷つけることになるんじゃないか。
その恐怖がいとも容易く決心を打ち砕き、
体から熱を奪い去っていった。
「ごめんね」
言葉が見つからずに黙っていると、
なぜか美咲が唐突に謝った。
その横顔は遠くの方をぼんやりと見つめていて、
何を考えているかは読み取れない。
「本当は、迷惑だったんだよね。それなのに、私だけ楽しんで。
私、本当バカみたい……」
「ち、違う!あれはそんな意味じゃ……」
「無理しなくていいよ。……ずっと一緒にいたのに、そんなことにも気付けないなんて幼馴染失格だね」
つーと一筋の涙が美咲の瞳から零れ落ちる。
太陽の光を反射してキラリと光った雫は、
地面に地面に落ちて消えた。
違う!そうじゃない!俺も楽しかったんだ!
そう告げなきゃいけないのに、どうしても声が出て来れなかった。
今伝えなければいけないのに、臆病な俺はまだ怯えていた。
それが無性に悔しくて、情けなくて俺は唇を強く噛み締めた。
犬歯が唇を突き破り、口の中に血の味が充満する。
それで少しだけ、恐怖を振り払えた俺は短く、
それでも確かに気持ちを声に出していく。
「違う。違うんだ、美咲」
「でも……」
「俺は、本当は、俺も楽しかった。でも、美咲が俺のせいで、不幸になるかもって思って、怖くなって……。だから、俺は」
俺だって本当は毎日美咲と会えるあの時間が楽しかった。
一日で誰よりも先に美咲に会うあの時間が何よりも大切だった。
「俺だって、本当は美咲と一緒にいたい!」
頬が熱い。手で拭えば、僅かに指先が湿っている。
「でも、俺がいたら美咲が恋をできないから!
だから俺は一緒にいちゃいけないんだ!」
一度自覚したら涙は次から次へと溢れ出して、
拭うことも忘れて俺は泣いていた。
「……」
そんな俺を美咲は真剣は顔で見つめている。
俺の気持ちに真正面から向き合って来れていることも嬉しくて、
涙は一層溢れ、胸の内側はぐちゃぐちゃになっていく。
「俺は、美咲が好きだから。だから、美咲に幸せになって欲しかった。
美咲と一緒にいられないのは寂しいけど、
でも美咲が不幸な方がもっと悲しいから!」
とうとう嗚咽は激しくなり、声を出すことすらできなくなる。
そんな俺を美咲はそっと抱き寄せて、耳元で囁いた。
「ばか。本当にばか。何にも分かってない。直人のばか」
ばかばかと美咲は言う。けれど、その声には暖かさがこもっていた。
「ば、ばかって……。確かにそうかもしれないけど」
「かもしれないじゃない。直人はばか」
……だって赤ちゃんの頃からずっと一緒に居たのに気付かないんだもん」
そして美咲の顔が近づいて、その唇が俺の唇に重なった。
「……!」
「……。ぷはっ」
数秒間の静寂の後に、美咲の顔が離れる。
今一体何が起きて居たのか、唇にはまだ柔らかい感触が残っている。
頬を赤く染めた美咲ははにかむように笑う。
「私だって、おんなじ気持ちだよ?
ずっとずっと直人が好きだった。
少しでも直人と一緒にいたくて、一秒でも早く直人に会いたくて、
だから毎朝起こしに行っていたの」
それは、俺が臆病ゆえに気づいていなかったことだった。
俺はずっと仕方なく起こしに来ているものだと思い込んでいた。
そうやって、逃げる理由を探しては逃げ出していた。
「……本当は、直人が起きてるのも気付いてたよ」
「え……」
「どうして直人がそんなことしてるかは分からなかったけど、
でも私が気付かないふりしてれば、ずっと続くって思ってた。
だから、昨日もういいって言われた時、すごく悲しかった。
もう終わりなんだって、直人との関係が終わっちゃうんだって」
美咲が俺の手を取って愛おしげに頬ずりする。
「でも、そうじゃなかったんだね」
「ああ。本当はもっと早くに伝えるべきだったんだ。
でも、俺は臆病だったから、伝えられなくて。本当に、ごめん」
ようやく美咲に謝罪を告げられる。
謝って許されることではないと思う。
けれど、せめてものけじめに俺はこうしないと気が済まなかった。
しかし、美咲は微笑んで首を横に振る。
「ううん、直人だけじゃないよ。臆病だったのは私も同じ。
今の関係性のままで、なあなあにしようって思ってたから。
だから、直人が謝るなら私も謝る。ごめんね、直人」
そう言って美咲は頭を下げる。
「そんな、美咲が謝る必要なんて」
「あるよ」
俺の言葉を遮って美咲がそう断言する。
俺を見つめるその瞳には、強い意志の炎が煌めいていた。
「直人だけじゃない。私も悪いの。
だから二人とも謝らなきゃいけない。
そうじゃないと、私たちはこの先に進めないから」
美咲は少し俯いて俺から視線をそらす。
「ずっと、伝えたいと思ってたこと。
ずっと逃げてたことに、向き合わなきゃいけない」
俺の手を離し姿勢を正して、美咲はもう一度俺の目を見つめた。
「……ねえ、直人。さっきの言葉本当だよね?」
さっきの言葉、と言われて少し考えると、
すぐに思い当たる言葉があった。
『俺は、美咲が好きだから。だから、美咲に幸せになって欲しかった』
「ああ、嘘じゃないよ」
あの時は気持ちがぐちゃぐちゃしていて、
自分でも何を言っていいか分かっていなかったが、
今ならこの想いから逃げることなくきちんと断言できる・
「俺は美咲が好きだ。ずっと、ずっと前から美咲のことが好きだった」
改めてそう告げると、美咲は嬉しそうに頬を染めてはにかんだ。
そして、恥ずかしそうに指先を突き合わせると、
意を決したように俺の方へ距離を詰める。
「……だったら、さっきは私からだったから、
今度は直人から……して?」
俺は何も言わず、そっと美咲に近づいて、
その唇を自分のものに重ね合わせた。
「私も、直人のこと、好きだよ」
重なる直前、美咲の囁く声が耳に届いた。