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身を飾りたてるもの 3


鈴一は時計を確認した。あと二時間弱。ジュリーを連れて大浴場に向かった。

屋内も露天風呂の方も混んでおり中々に賑わっている。


「あたし、広いお風呂って大好きよ」


「そうかよ。ちゃんと体洗ってから入れよ」鈴一は貸し出しのタオルをジュリーに渡した。


「当たり前でしょ。マナーは守ってこそ価値があるのよ」


「そうだな」


ジュリーはもうもうとシャンプーを泡立てて頭を洗い、同じように体も念入りに洗った。長い髪は器用にタオルでしっかりまとめ、楽しそうに風呂に入った。


「あっはー! このときがこの世で最高の瞬間よねぇ」


ジュリーは誰に言うでもなく言ったのだが、目が合った五歳くらいの少年は驚いた顔をして離れていった。ジュリーはふふふと笑って目を閉じた。


「お前、そのでかい声どうにかなんないのかよ。周りが引くだろ」鈴一が三メートルくらい離れた所から言った。案内によるとお湯は四十二度で、柔らかい肌触りをしていた。色は特にないが、皮膚疾患などを和らげる効能があるらしい。


「しょうがないじゃなーい。広いから余計に響くのよ。これでも抑えてるんだから」


「そうみたいですね」と近くに入ってきた男が言った。滝の前で鈴一達の写真を撮った彼だ。さっきはどうも、と軽い挨拶を交わす。彼は佐々木と名乗った。先ほど宿に着き、とりあえずひとっ風呂浴びようということで、彼女と大浴場に来たらしい。


「僕らはあの後、もっと上の方の展望台まで行ってきたんです。市街地の方まで見渡せて、良い眺めでしたよ」


「へぇ、随分遠くまで見えるのね。今日は天気が良いものねぇー」と言ってジュリーは鈴一の方を見た。鈴一は外に目をやり「また今度な」と言った。


「何も言ってないじゃない」


「そうか。展望台に行きたいのかと思ったよ」


「今度なんてないくせに」とジュリーはいかにも詰まらないという顔で腕組みをして見せた。佐々木は笑った。


ジュリーは佐々木と彼女のことを根掘り葉掘り聞いた。佐々木は会社員で彼女は大学四年、つきあい始めて初めての小旅行。ジュリーは声がでかくリアクションもでかい。そしてしゃべり好きだが聞き上手でもあった。


佐々木はまんざらでもなさそうな顔で少し自慢げに彼女との出会いや彼女がどれだけ素晴らしいかを語った。


鈴一は興味なさそうにしていたが、彼女が薄化粧で可愛いという話になったところで少しだけ眉間に皺を寄せた。どんな顔だったかいまいち思い出せない。


「周りの女の子はみんなケバくて。僕は自然な感じの方が好きで、優花はどんぴしゃなんです」


「それで一目惚れねぇ。いいわねぇええ」とジュリーが再び鈴一の方を見た。鈴一は何も言わなかった。


「あんたも早く可愛い彼女の一人や二人作りなさいよ。どんだけご無沙汰なのよ」


「関係ねぇだろ放っとけ」


「やぁね」


更衣室を出たところにはマッサージチェアが十台ほど置いてあった。壁際には卓球台やベンチ、解放された座敷もあった。風呂を十分に堪能した鈴一とジュリーはマッサージチェアに座っていた。鈴一は腕時計を見た。隣ではジュリーがあーとかうーんとか言っている。


「そろそろいくぞ」


「もう時間? もう一回くらい入りたいわね。でも名残惜しいくらいがちょうど良いのよね」


「そうそう」


「売店には行くわよ」


「はいはい」と鈴一は立ち上がった。


そこへ、佐々木が更衣室から出てくるのが見えた。そして、近くのベンチに座っていた彼女らしき人物が彼に駆け寄った。


佐々木は一瞬ぽかんとした顔をしたがすぐに笑顔になったものの、それにはどこかぎこちなさが浮かんでいた。その二人がエレベーターに消えるのを見送って、ジュリーが言った。


「ナチュラルメイクと薄化粧は別物よねぇ」


「そうだな。彼女、化粧は濃かったよな」鈴一は鼻で笑った。


「ま、あたしには必要ないものね。あたしという存在が特別で最高なんだから。これ以上飾るのは余計だわ」ジュリーはそう言って満足そうに微笑む。鈴一はうんざりしたように大げさに息を吐いた。


「あーそうだな。帰るぞ」


「ちょっと! 人の話をちゃんと聞きなさいよ!」


売店で旅館特製の温泉饅頭を買った。たまよしと下の部屋に住んでいる大家のところに持っていくつもりだ。


「鈴一、これ買って」ジュリーが持ってきたのはシャンプーとコンディショナーのセットだった。大浴場に置かれていたやつだ。


「いや、この前買ったばっかりなんだけど」


「でもすっごいよかったわ。触ってみなさいよ」そう言ってジュリーは長い髪をかき上げた。髪には艶がありさらさらだったが、洗う前と比べて変化があったかは微妙なところだ。


しかし、断ると機嫌を損ねそうだったので素直に買うことにした。ジュリーは化粧はしないが美容品は大好きなので仕方ない。ジュリーの価値を考えればこれほどの出費は微々たるものだ。


旅館の玄関にはもう妙な黒い影はなかった。その代わり、車に乗ってエンジンをかけた瞬間に鈴一は嫌な寒気を感じた。そして、運転席の窓のすぐ外に気配を感じた。直感的に、レストランで見た子供だと思った。


鈴一は何も気が付いていない顔のまま、車を発進させた。ハンドルを握る手は冷たくなっていたが汗をかいていた。ジュリーはラジオの曲に合わせて鼻歌を歌っている。


子供の姿はすぐに遠くなった。遠くなったのか、消えたのか、最初からそんなものはなかったのか、わからない。


この手の不可解な現象はよくあることだった。なんのメッセージも意味も見いだすことができない。動物的な本能なのか、危ないやつとどうでもいいやつの区別だけはつく。


恐らくは、全て気のせいだ。


「はぁ~。とっても楽しかったわぁ~。満足満足。あら、時間だわ」


助手席には南国の海のような綺麗な水色の宝石のついた指輪が五つ転がっていた。今回の小旅行は星五つという所だろうか。中々いい線をいっていたようだ。


そのネオンブルーに輝く宝石はパライバトルマリンと呼ばれるものだった。周囲を飾るダイヤモンドもランクの高いもので、この指輪一つでおよそ百万円の値が付く。


ジュリーの場合、彼を喜ばせ楽しませることが重要だった。飲み食いで増えるというのは他の物と同じだったのだが、その質に影響するのだ。ただただ食べさせるだけでは彼は満足しない。適当にあしらったら、増えた指輪が全てプラスチック製だったことがある。


それは他の物にも言えることなのかもしれなかったが、ジュリーは顕著だった。


鈴一は助手席に手を伸ばした。


「あ~ら~、もう寂しくなっちゃったわけぇ?」ジュリーが鈴一の手に頬ずりした。鈴一は乱暴に手を振り払った。


「ヤっだ、あたしったら指輪を尻に敷いてたワ。痛いじゃないの。今回は、四つ! えぇそうね、よかったもの。この輝きは本物ね」


ジュリーは指輪をじっくり品定めしてから、グローブボックスの掃除用クロスに包んでそこにしまった。


「次回、なんかリクエストあったら聞いておく。採用するかはわからないけど」


「え? 温泉! 今度は泊まりが良いわね! ちょっと遠いんだけど……」


とジュリーはどこから仕入れたのか分らない温泉情報を延々と話した。


幽霊や妙な影とか、それらがどこから来るのかわからない。そして、この物が人になる現象もなぜ起きるのかわからない。彼らは親しげに話しかけてくるが、本当に存在しているのかどうかもわからない。どこから来て、どこに消えるのか。


多分、悪いものではない。

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