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身を飾りたてるもの

どんなに良い香りの香水でも、つけすぎれば悪臭になりはてる。しかし、日々強力な匂いの中で生活していると、全く気にならなくなってしまう。慣れとは恐ろしいものだ。


強い匂いを好まなければ、自然とそれを避けるようになる。電車の中できつい香水が漂う空気に包まれるだけで気分が悪くなったりもする。一体何を考えているんだと言いたくなる。


良い香りのする入浴剤や石鹸を使いたいというのはわかる。気に入ったものを使えばリラックス効果があるし、一日の疲れもよく取れるだろう。


鈴一は店の入口近くで足を止めた。既に強烈な匂いが押し寄せてきている。半年ぶりに来たがやはりきつい。洗剤は無香料派で、香水や芳香剤も基本的に使わないから、この空間に足を踏み入れると考えるだけで気が重かった。


ネットで買えば済む話だが、実際に見て確認したい性分なのである。平日の午後だからか客は殆どいなかった。


新商品と期間限定品を見て、入浴剤とオイルとハンドクリームを買った。匂いはよく分らなかったがどれも同じようなものだろう、と気にしなかった。


店内にいた時間は短かったが、外に出ると爽やかな解放感があった。いつもと変わらないはずの空気が清らかに感じられた。



アパートにはクローゼットがあり、使わない季節物の服をしまっておくプラスチック製の衣類ケースを置いていた。そろそろ秋冬ものを出す時期だ。だがその前に、ケースの奥底の隅から小さな箱を取り出した。


手の平サイズで、黒いスエード調のそれは後ろ側が蝶番で止められている。上下に開くと、中には大ぶりの宝石の乗った指輪が収まっていた。


それは南国の海を思わせるような透明で明るい水色をしていた。周りを小さなダイヤモンドが囲み、三重になったリングの上にも綺麗に並んでいた。それらは待ちわびていたように、電灯の光に美しくきらめいていた。


サイズは十一号で、鈴一にはどの指にも合わない。それでも彼が自分のために買ったので、それは紛れもなく彼の物だった。


鈴一の手から指輪が消えると、目の前に現われたのは背の高い男だった。白シャツにベージュのチノパンで、アッシュブロンドの髪は背中まで伸びている。


「あら久々ねぇ。何ヶ月ぶりかしらぁ」


彼はそう言って近くにある鏡を見て顔をゆがめた。


「ヤだ。こんなに髭が生えてるじゃないの! あぁ! もぅ!」


「落ち着けよ。カミソリとか新しいのあるから。ほら、入浴剤とオイルだ」


男はぱっと顔を明るくして、鈴一が差し出した袋を受け取った。


「あぁん! すごい、期間限定のバスボムだわ! しかも私好みの香りよ。嬉しい。覚えててくれたのね」


「そうそう」鈴一は無表情に言った。「明日、出かけるから」


何度経験しても微妙な心境になる。というか、一体何をやっているんだろうという気分になる。恋人どころか好みですらない相手だ。目的があるのだから別に気にする程の事ではないと頭では分っている。


そんな鈴一をよそに、男は鼻歌を歌いながら浴室に向かった。


最初、鈴一は彼をユビワと呼ぼうとしていたが、頑として拒否された。ジュリーと呼べと言って聞かなかった。なので仕方なくジュリーと呼んでいる。


しばらくすると叫び声がしたので、鈴一はドアを強めに叩いて「うるせぇ、静かにしろ」と言った。何やら興奮している声がしていたが気にしない。


ジュリーの風呂は長い。二時間は出てこない。鈴一はゲームをして彼が戻るのを待った。


「ちょっと鈴一! あたし感動しちゃったわよ。あんな素敵なバスボムを用意してくれるなんて。お風呂がお花畑になったわぁー。お肌もつるつるになったし、オイルも良い感じよ。はぁースッキリした!」


ジュリーが上裸で髪を拭きながら出てきた。中々に良い筋肉が付いている。そして腕毛も胸毛も残っているがそこら辺はどうでもいいらしい。


鈴一は見向きもせずにセーブして画面を消した。


「そりゃよかったな」と言いつつ冷蔵庫から牛乳を出してきてコップに注いだ。ジュリーは嬉しそうにそれを受け取る。


「やっぱりお風呂上がりはこれよねぇ」


太く柔らかい良い声で言って、ぐびぐび飲んだ。鈴一はドライヤーをコンセントにつないだ。ジュリーは自分でドライヤーを掛けるのが面倒で、放っておくと自然乾燥させる。そのくせ生乾きで物に戻ると次回会ったときの機嫌が最悪になるのだ。それならさっさと乾かしてやるのが手っ取り早い。


ジュリーの髪を乾かしていると、ロングヘアの面倒臭さを実感する。そのせいか、綺麗にロングヘアを保っている人を見ると尊敬の念を抱くようになった。


ジュリーは乾かし方についても、近すぎるとだめだとか、キューティクルの方向を考えろとか小うるさいことを言った。


「ねぇ、見てみなさいよ。あたしの体、キラキラしてるわ。ほら、ラメが」


ジュリーは自分の体をまじまじと見て言った。確かに彼の体は細かなラメが沢山ついていた。髪にも少しついている。入浴剤に入っていたらしい。


「あぁ鈴一、あたしをこれ以上輝かせてどうしようっての? もー」


うふふ、と笑ったところでジュリーは姿を消した。そこには二つのリングが転がっていた。

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