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第八話:友達に

「ん……」


 山から降りて、日もとうにくれた頃。俺は町長の屋敷で、エリナの治療にあたっていた。

 時折くぐもった声を漏らすも、エリナはまだ目覚めない。

 ……だが、その声には段々と活力が戻ってくるのを感じていた。

 数時間も掛り切りで治療しているだけあり、骨折の方も大体は治ってきている。慣れない治癒の魔術は俺の顔に玉の汗を浮かべたが、手応えがあるのは悪い気はしなかった。


「くあ……」


 それでも足元で寝息を立てている元凶にムカつかないわけではなかったが。

 契約獣は、念じれば主である俺のもとにテレポートが出来る。それこそが契約獣の契りにおいて一番重要な点だったのだが、どうもこのイヌコロは四六時中俺とくっついて過ごすつもりだそうだ。

 ……これからの事を思うと気が重い。ラスボス候補にやべーペットのオプションがついたのもそうだし、これをザウル=エリンに報告しなければならないのもそうだが──


「あれ……ここは……そう、助けてくれたんだ……」


 目を覚ましたこの少女に、色々と説明しなければならないのが、胃を重苦しく締め付けていた。

 助けてくれた、という言葉に心が痛む。

 なんかよくわからない茶番に巻き込んで殺してしまったとなったら、目覚めが悪いどころの話ではなかったからだ。

 ……尤も、俺自身に悪い箇所は無いはずなのだが。元凶がすやすやと寝息を立てているのは本当に腹が立つ。


「目を覚ましたか」

「ええ。ここはグリーナの町? ……傷、治してくれたのね」


 それでも、無事目を覚ましてくれたというのは本当に嬉しかった。

 短い息を一つ吐き出す。安堵のため息だ。ようやく一安心、といったところである。


 窓の外は、もうすっかり暗くなっていた。夜になると完全な漆黒が訪れるチェムナータの夜は早い。町の外には明かりがなく、そこには出発の日に馬車で見たような黒が広がっている。


 まだ完全に治ったわけではない身体を痛めながら、エリナは上体を起こす。

 それを補助すると、エリナは小さくありがとう、と礼をいった。


 暫しの無言が訪れる。……先に口を開くのは、いつも通りエリナの方だった。


「今まで、偉そうな口ばかり利いてごめんなさい。……特に、助けてもらったのにあんな目をしてたのは、サイテーだったわ。それと──ありがとう」


 今度ははっきりと、礼と、謝罪を述べて頭を下げるエリナ。

 やはり彼女は素直で正直だった。それ故に、気に入らない俺に対して真っ直ぐな言葉をぶつけてきていた。……それが、彼女なのだろう。


「気にするな、俺に対して気に入らない点があったというのは事実のはずだ。例えばこの口調とかがそうか? ……お前の気持ちもわかるが性分でな。すまない」


 そんな彼女に返すのは、こちらもまた謝罪の言葉だった。

 ……環境のせいで忘れがちだが、俺がクソ生意気な十二歳という事実は変わらない。それがザウル=エリンの望むものだとしてもだ。

 冷酷で残忍な支配者。ザウル=エリンが俺に求めるのは、それだ。出来る限り無感情でいるのは、せめてもの反抗といったところだろうか。


「ふっ……やっぱり貴方は変わってるわね」

「そうか? ……そうだな」


 ただ──今の俺(・・・)は、自分でも尊大な態度だと思うが、少しは人間味があると思っている。

 そのギャップが、エリナにも伝わったのだろう。くすりと鳴らしたその笑みは、嫌気の混じっていない、少女らしい笑みだった。


 ザウル=エリンの薫陶を受けながら、何も感じていないようで、いつもつまらなそうにしている。この国の人々にとっては、それだけで疎ましく感じるはずだ。それに嫉妬の感情が交るのだから、好かれる要素のほうが少ないくらいだと思う。


 エリナは、そんな──この国の人々の筆頭だ。だが、今の彼女は、不思議とそれほど俺に対して悪い感情を持っているようには見えなかった。


「本当はね、私は貴方に嫉妬していたんだと思う」


 外を見るエリナの顔が、窓に映る。

 物思いにふけるその顔は、いつも目を鋭く尖らせている彼女からは少し想像しづらい穏やかさが含まれていた。


「私は、孤児だったの。それをヴェズダー=ザウル=エリンに拾われて、黒曜庁に入ったわ。私にとって、ヴェズダーの存在は全てだった。あの御方がいたからこそ私は生きているし、全ての国民が憧れるあの御方は、私にとっても英雄だった。あの御方に認められるのは嬉しかったし、直接魔術を教えてもらうのは、何よりの楽しみだった」


 回想するエリナの顔は、動かない。

 ……その生い立ちは、知っていた。今の黒曜庁では有名な話だ。家族を亡くした天涯孤独の少女。この国では、そんな存在が生きていくことは難しい。それを救ったザウル=エリンは、まさしく彼女のヒーローだったのだろう。

 だが、心の拠り所である彼を奪う者が居た。


「だから──貴方が現れた時はショックだった。あの御方の興味を奪って、ヴェズダー=ザウル=エリンより直接教えを賜るという名誉を受けながら、いつもつまらなそうにしているのが、許せなかった」


 それが、俺だ。

 『闇の寵児』と呼ばれるまでに、ザウル=エリンの教えを一身に受ける者。

 自分が、チェムナータの国民が何よりも望むものを得ながら、ただ無感動に日々を享受する。その姿は、それは苛立ちを煽るものだったろう。しかし──


「でも、こうして過ごしてみてわかったわ。私は貴方を見ていなかった。ただ嫉妬だけに狂って、私の価値観を押し付けてた。……ただの八つ当たりね。貴方にだって、貴方の考えがあるのに、私は現象しか見ていなかった。だからたぶん──本当に貴方と話したのは、今日が初めてなんだと思う」


 その苛立ちが勝手だったと、エリナは回顧する。

 それがこの国の基本的な価値観であるにもかかわらず、彼女は『俺』を見たのだ。

 なんだか、無性に救われる気がした。普段厳格な父でいるアランでさえ盲目になるような存在の影響を強く受けているはずの彼女が、そういってくれるのがありがたかった。


 彼女は俺が思うよりも、ずっと聡明だったようだ。

 周りに流されず、本質を見る。それが出来るのは、立派なことだと思えた。


「だから、ちょっと驚いたわ。私達にとって使えない仲間を切り捨てるのは当然なのに、貴方は飽くまでも私を助けてくれた。あんなに一方的に絡んでた私を嫌いじゃないって言ってくれたのも、嬉しかった。……それに、さっきの言葉。私っていう人間を見てくれたのは、初めてだって、そんな気がしたの。だから、貴方って変わってるなって」


 いつの間にか、窓に映るエリナの顔は微笑んでいた。さっきの言葉というのは、何故助けたかを問われた時のものだろう。

 ……彼女もまた、本当の自分というのを見てくれる人間の存在は、ありがたく感じているらしい。ザウル=エリンとの時間を奪った俺に嫉妬したのは、唯一それをしてくれそうな人間が居なくなってしまったからなのかもしれない。

 恐らく、奴が彼女という個人を見ることはなかったと思うが。……長い時間を過ごしている俺でさえ、理想の後継者を求められているだけなのだから。


「それでさ……虫がいい話なのはわかってるんだけど……」


 彼女の視野が狭まっていた元凶を思いながら、求められるがままの後継者として育っていく自分を自嘲的に思っていると、エリナがこちらを振り返る。

 何かをためらっているようで──しかし、決断を感じさせる強い光を瞳に湛えると、エリナは言った。


「私達、友達になれない……? アレだけ突っかかっておいて、恥ずかしいとは、思うんだけど……」


 それは、俺にとってはとても尊い言葉だった。

 その一言を発するのには、勇気がいる。相手がいがみ合っていた人間ならなおさらだ。

 躊躇いながらでもそれを伝える事ができるのは、紛れもない彼女の強さだった。


「ああ、喜んで」


 気がつくと、俺は微笑みを浮かべていた。

 ……此方の世界で、チェムナータという国では望むべくもなかった言葉。その言葉は、忘れていた大切な何かを思い出させてくれる気がした。


「ありがとう。……でも、貴方がライバルなのは変わらないから、そこのところはよろしくね」


 釘を差すように付け足した警告は、照れ隠しだろう。

 顔が紅いので隠したかったモノを隠せてはいないのだが、それは年相応の少女に相応しい、可愛らしさに満ちている気がした。

 こんな子がいるのならば、案外この国も捨てたものではないのかも知れない。


 この時、俺は生まれて初めての友人を得る事になったのだ。

 ……と、考えて。『大切な何かを忘れていた』事に気がついた。


「あー……それで、一つ伝えておくことが──」


 あるのだが。そう続けようとして、続けられずに言葉が宙を舞う。

 エリナの顔が凍りつくのは一瞬だった。それだけで、何が起きたかを理解する。


「主、今のは番になるという思いを伝えるというアレではないのか? セーフか? ギルティか?」

「っっっなんでココにアイツがいるのよ──ッ!」


 肩口に肉球の柔らかさが掛るのを感じて──俺は、平穏を諦める。

 俺は忘れていた。最初の友人は、もう既に作り終えたあとだという事に。

 俺は大切な事を忘れていた。その最初の友人こそが、すべての元凶だということを。

 平和になったグリーナの町に、一騒動を起こしながら──事件は、収束していった。


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