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第五話:簒奪者は戯れる

「どう思う?」


 馬車を走らせて三日が経った昼のこと。

 エリナがそんな疑問を投げかけてきたのはグリーナの町の、町長の屋敷を出てすぐのことだった。

 初日のやり取りが良かったのか、それとも短い期間とはいえほぼ四六時中を過ごすことになる相手と事を構えるのを避けたのか、エリナの態度は黒曜庁に居る時よりも随分と柔らかくなっている。

 それはさておき、エリナの疑問は俺も思うところであった。


 グリーナの町に着いた俺達は、その町や付近の状況を見て、直ぐにその異変を確認した。

 『付近に』山からは降りてこないような魔物が多数見られる。そう聞いていた状況は、まさしくその通りだったのだ。


「付近で見られる魔物の等級が低いというのが気になるな。ほとんどが本来ならば人間を恐れて姿を隠すような、弱い魔物ばかりだ」


 特に違和感を覚えたのは、山から降りてくるようになったという魔物のランクの低さである。

 ここに来るまで俺が想像していたのは、危険な獣が人間の食べ物の味を覚えるなどによって人里に降りてくるようになる、獣害だった。

 だが実際はその逆。降りてきた魔物は殆どが町に寄り付かず、行き場をなくしたように町の付近をうろついているのだ。

 付近で見られる魔物の殆どはギルドが出す討伐依頼の危険度でDからCといったところ。この程度の危険度ならば、一般的な魔術師がいればまず問題にならない。それ故に低ランクの魔物達は、人間を恐れるため人里には近づくことは少ない。

 中にはBランク程度の魔物も混じっていたが彼らもまた、餌が豊富な山をわざわざ降りることはあまりない。一斉に山を降りた獲物を追ってきた……というのならばわかるが、様子を見ているとどうもそういう感じはしない。


「より強力な捕食者が住み着いたか、あるいは人の手によるものか……何らかの理由で山を追われてきた、と見て良いだろう」


 ならば、考えられることは一つ。彼らは山から逃げてきた、ということだ。

 それが何かは分からないが、有力なのは脅威となる存在が山にやってきたという線だ。


「やっぱりね。ヴェズダーもこれを見越しておられたのだわ」


 エリナも、この依頼の違和感には気づいていたらしい。

 簡単な依頼ならば、わざわざ俺達二人を指名することはないだろう。だから何かあるはずだ。

 それをザウル=エリンに対する疑念ではなく信頼として思い浮かべるのが、エリナと俺の相容れない理由なのだろう。


「で、どうする?」


 よくもまああれだけ胡散臭い男を信頼できるものだ……と。エリナだけではなくこの国の人々に嘆息していると、エリナから出し抜けなく、主語を抜いた質問が投げられる。

 この流れならば、主語がなくとも何を問いたいかはわかった。


「直ぐに出る。今はともかく、被害が出ないとも限らん」

「そうね。気が合うじゃない」


 なので、意欲的な姿勢を見せると──エリナは、満足げに微笑んだ。

 ……ここの所、この少女と過ごしてわかったのだが、彼女はひたすら喧嘩を売ってくるようで──その実、とても一途で真面目だ。

 俺が気に入らない。だから喧嘩を売る。それは何故か、ザウル=エリンの薫陶を受けているにも関わらず、冷めた態度が鼻につくからだ。

 エリナは単純な思考を、真正面からぶつけてくる。その根底にあるのはザウル=エリンへの信望であり、彼に見出されて黒曜庁の一員となったという使命感だ。


 だからこそ、こうして意欲的な姿勢に対しては、正当な評価を下す。

 ……うっかりと賞賛の言葉を口にしてしまうというのも、正直さの現れだろう。

 向けられる態度はともかく、その真っ直ぐさは今の俺には眩しく見えた。


 すぐに意見を一致させると、俺達は町についてすぐ山の調査をするため動き出す。

 ザウル=エリンの思惑はまだわからなかったが、町の人々が困っているのは事実。さっさと終わらせたいという思いもあり、早期解決は望むところだったからだ。


 こうして、俺達は再び馬車を動かして山へと向かうのだった。


 ◆


「……成る程、これは山の下に魔物が溢れかえるのも頷けるわね」


 山に到着し、馬車から降りたエリナは、開口一番にそう呟いた。

 大して危険な生物もおらず、恵みに満ちているはずの山は深い静寂に包まれている。ふつう、多くの生き物が息づいているはずの山に『誰もいない』故の静寂が満ちているというのは、不可解なまでの不気味さを湛えていた。

 それに──


「強烈なマーキングだな。この山に残っているのは、余程呑気な奴だけだろう」


 確認の意味合いに、俺への問い掛けを含めているであろうエリナの呟きに、俺は私見を返す。

 静寂を湛えつつも、山にはごく強烈な魔力の残り香が漂っていた。

 凄まじい魔力を放出することで魔力の残滓を生み出し、ここは自分の縄張りだと主張する──危険度の高い魔物の中には魔術を扱う者も居る。そういった高等な魔物によく見られる、自己の主張である。


「ええ。この様子だとギルドの危険度でSはくだらないわね」


 このマーキングを行うのは、大抵が危険度A以上にカテゴライズされる魔物だ。

 魔術を使い、容易く感知できるほどの残滓を残す──魔物がそれを行う難易度以上に、強い縄張り意識の現れだということもある。

 だがエリナの言うとおり、今感じる魔力はそれほど可愛らしいものでもない。

 Sランク──それはかつて見たオディウムルスの様な、一個体で討伐隊が組まれるような魔物に与えられる危険度だ。

 魔力の残滓でこれとなると、仕事が思う以上に厄介である可能性も示していた。


「始めるか」

「そうね」


 これは確かに、放っておけば何が起きるかわからない。

 言葉少なに、俺達は魔力の残滓を追うように、山を歩き始めた。


 歩いてみると、山のおかれた状況の異様さが、より写実的に伝わってくる。

 異様な魔力に包まれた静寂はまさに異界の様相を示していた。

 時折見える破壊の跡は、山に住んでいた魔物が新たな支配者に粛清された故のものだろうか。


「魔力球……それも、闇の魔力に依るものだな」


 スプーンで空間を抉り取ったような惨事を見て、俺は呟いた。

 エリナが僅かに頷くのが見える。

 熱によって変質した土や草木が見つからないため、火や雷の魔術ではない。水や氷では、ここまで綺麗に抉り取ったようにはならない。風の魔術ならば、削り取った破片がそのあたりに散らばっているはずだ。光もまた、熱を持つため違う。

 消去法で考えれば、この破壊は闇の魔術で行われたという事がわかる。


 ……闇の魔術による破壊跡を見て、俺は数年前に見た魔物の事を思い出していた。

 ディルグロイク。かつてザウル=エリンと共に山で見た『伝説の魔物』である。

 あの時に見た個体はまだ赤子に近いものだったが、それでも危険度はSに到達していただろう。

 もしもこの山の新しい主となった魔物が『伝説の魔物』の成体ならば、多少は警戒を強めた方が良いかもしれない。


 僅かに、エリナの目が細められる事を確認して、俺はまた歩き出した。警戒しているのは彼女も同じだと伝わったからだ。

 彼方此方にある残滓を確認しつつ、山の奥まで進んでいく。徐々に強くなる残滓は、新たに君臨した山の主が、どれほどのものかを語っていた。


「……埒が明かないわね。分かれて行動しましょう」


 しかし──特に気にした様子もなく、エリナは面倒くさそうにそう告げた。

 歩みを止めた彼女に振り返ると、視線が交差する。


「敵の姿が見えない以上、共に行動した方が良いと思うが?」

「魔物くらい、どうとでもなるでしょう? 貴方もね」


 山の中心部に近づくにつれ、強くなる残滓。未だ底を見せない存在には注意を払うべきだ。そう主張する俺に対して、エリナはくだらない、とでも言うように鼻を鳴らした。


 ……確かに、埒が明かないというのは感じていた。魔力の残滓はまるで山全てが自分のものだと主張するかのように、そこら中に振りまかれている。

 残滓を追う、という方法では効率が悪いのは確かだ。

 ならば視点を分けて、虱潰しに探すほうがまだ効率がいい。戦力を分散する危険性についても、彼女であれば大概の魔物は問題にならないだろう。


 それは、成体のディルグロイクが相手だろうと同じだ。容易くは行かないだろうが、危険度オーバーSとされるような魔物でも、黒曜庁の魔術師ならば問題なく打ち取れる。

 それでも俺は未知の存在を警戒していた。

 その根底にはやはり、この任を命じたあの男の影がある。


 小さな町にわざわざ俺達を派遣したのが、字面通りの任務であるはずがない──その言葉は山に入った今、意味を変えていた。

 まだそうと決まったわけではないが、例えばこの山に住み着いたのが成体のディルグロイクであった場合。ディルグロイクがカテゴライズされるような危険度オーバーSランクは、軍隊を動員するレベルの問題だ。ギルドで依頼を扱う場合は討伐でなく、黒曜庁の者や軍が駆けつけるまでの時間稼ぎが目的となるだろう。オーバーSとは、そういう『災害』が設定される等級である。

 そのオーバーSランクも、彼女には問題にならないだろう。


「ヴェズダー=ザウル=エリンが命じた任務だ。そう容易いものだとも思えん」


 だが、出来るとわかっている程度の困難を、ザウル=エリンが命じるか?


「だからこそ、あの御方は私達にこの任務を与えてくれたのでしょう。その期待には一刻も早く応えたいと思うわ」


 そんな問いに、俺は首を縦に振ることは出来ない。

 信頼? 期待? あの男にそんなものがあるものか。

 しかし彼女は──いや、彼女でなくとも、この国の人々は奴を盲信する。

 自分には理解が出来ない。


「じゃあもう、行くわ。何もなければ、町で落ち合いましょう?」


 元より、エリナとはあまりいい関係ではない。これ以上は話すだけ無駄だろう。

 話す理由だけでなく、なるべく離れて行動したいというのもあるかもしれない──そんなことを思っている間に、エリナは少し離れた場所に居た。


「警戒は怠るな」


 去っていく背中に、声をかける。これほど静かな山の中だ、聞こえてはいたのだろうが、エリナの反応はなかった。


 ……困ったもんだよなあ。

 肩を落とすと、疲れが顔に出てくる。たぶん今の俺の顔にはげっそり、という表現が良く似合っていることだろう。


 明らかに敵意を向けてくる少女と、四六時中一緒。それに疲れていたのは此方だけではなかったということだろうか。

 考えるとやんわり傷つくが、僅かながら安堵している気持ちもあった。


「仕事中くらいは仲良くやれないもんかね……」


 どうせ一緒に居なければならないのだから、表面上だけでも友好的に接してくれると助かるのだが。

 そんなことを思うのは、日本人らしい感性だという気がした。……まあ、俺も出来ていないことを十二歳の少女に求めるのはわがままだと思うが。割り切った人間関係、言葉にすれば簡単でも、それは大人でも出来ないやつは多い。


 それでもいざ離れて行動すると、エリナの方が心配だった。

 彼女ほどの魔術師ならば問題はない。そのはずなのに、焦燥感が拭えない。

 一つ一つ魔力の残滓を追っていくと、見えない存在はより強大に膨れ上がっていく。


「……オーバーS、なんてもんじゃないな」


 オーバーS。それはSランクを超える『規格外』の総称・・だ。

 通常ならば想定しないそのランクには細かい区分がないため『際限がない』。


 この分だと、エリナでも手こずるかも知れない──そんな事を思ったのは別れてから十分くらいが経過した頃。


 その時に、それは起きた。


 一瞬にして凄まじい魔力が膨れ上がり、炸裂する感覚。

 亡者が唸るような……おん、という重く苦しい音。闇の魔術が立てる独特の破裂音に、思わず振り返る。

 残滓だけでも強烈な威圧感を放っていた魔力の主は、まさに規格外といった存在感を放っていた。


「くそっ!」


 すぐさま、悪態を吐いて走り出す。

 だから言ったんだ、と毒づく。

 人の前ならいざしらず、素で居る今、知り合いの少女を見捨てることなど出来やしない。


 その魔力は想定外のものだった。黒曜庁の魔術師が束でかかっても手を焼くだろうと言うほどの──

 戦闘の気配に意識を切り替えると、理不尽なものだと自嘲する。

 正直、エリナに対してあまり良い感情は持っていない。だが、見捨てれば確実に、後で後悔する。

 きっとそれは、他でもない俺自身の心を蝕むだろうと思っていた。


 あるいは、俺が俺であるために大切なことかもしれない。

 拳を握りしめ、俺は戦闘の気配へと走っていった。

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