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第十二話:お買い物

 食事を終えてしばらく。

 雲が赤く焼け始める時間帯、俺達はとある店の中で立ち止まっていた。

 厚い雲に覆われたこの国の夕方は短く、あっという間に夜が来る。早くしないと夜が来てしまうのだが──

 

「んむむ……」


 それでも、エリナは店の中から動かない。

 視線の先にあるのは、一匹のくまのぬいぐるみだ。

 地球で言うとテディベアに近い。それよりもデフォルメが進んだ造形だが。

 休日も終盤に差し掛かった時間。エリナの要望で寄ったのは玩具店だった。それなりに富んだ者が住む王都では、人気の店の一つだ。


「小娘、いつまで悩んでいる。もうじき日が暮れてしまうぞ」

「わかってるわよ。ちょっとまってなさい」


 悩むエリナを見て、クロは面倒くさそうに息を吐く。

 まあ、気持ちはわからんでもない。

 女子の買い物は長い──今日は、その言葉を痛いほど実感させられたのだから。


 本来ならばクロの買い物も長くなりそうなものだが、クロの生活に必要なものは昼前から始めて、昼食までには済んでしまっている。

 家具やら衣服やら、時間がかかりそうなものが多かったのだが。


「決断力は生きていく上では必要なものだぞ。私も一度判断を誤って死にかけた事がある。なんだったら熊一頭くらい狩ってくるぞ。オディウムルスも今や問題にはならん」

「……あんたが言うと説得力があるわね。でも熊とくまさんは違うから。しかもオディウムルスみたいな筋肉ダルマじゃ話しにならないわ」


 サバサバとしたその態度の根幹となっているのは、やはり自然界で生き抜いてきた者特有のものなのか。

 食事も、買い物も──何を決めるにも、クロは俺達の中では一番早かった。

 だからこそ、エリナの女の子らしい時間の掛け方に苛立ちを感じているのだろう。


「時間の許す限り悩んだらいいさ。こんな機会はあまりないし、たまにはいい」


 それでも俺は、こんな時間は嫌いではなかった。

 黒曜庁に入ってから、これほど穏やかな時はなかったと思う。

 限界まで磨き上げ、磨いた力を同胞に振るう。そんな日常に比べれば、外で友人と喋っているというだけでもこの休日は特別だ。


「うー……でもあんまりない事だからこそ、時間が勿体無いのは確かだわ。どうしよう……買えるんだけどな……」


 一方で、エリナの考え方は俺とは逆のようだ。

 偶にしかない休日だからこそ、時間を惜しむ。だが、根底にあるのは同じ感情、休日を特別だと思う気持ちである。

 その気持ちも、わかるというものだ。

 社会人的な考えが残っている俺にとっては、ぐだぐだと一日を無為に過ごすのも休日の醍醐味の一つだが、大人ぶっていてもエリナは遊びたいざかりなのだろう。


「なら、こうしよう」

「あっ」


 くまのぬいぐるみを前に唸っているエリナから、ぬいぐるみを取り上げる。

 あっけにとられるエリナをよそに、俺は店主の前へとぬいぐるみを置いた。


「包んでくれ」

「はい、かしこまりました」


 ぬいぐるみとともに、提示された金額を渡す。

 決して高くはないが、実用性のないものと考えると安くもない値段だ。

 ……まあ、日本人的な感覚から言うと、少し高いかなとは思う。


「ちょ、ちょっと。どういうつもり!?」

「悩むくらいなら買ってしまえ、と言おうとしたが、昼食の借りを返していないことを思い出してな。受け取っておけ」


 正気を取り戻して食って掛かるエリナの頭を手で押さえつけ、会計を済ませてしまう。

 先程の昼食でヘンな空気になってしまった借りを、ここで返そうというのだ。


「で、でも……!」

「これで貸し借りなしだ。……いや、ついでにクロが迷惑をかけた分も混ぜてもらえるとありがたいが」


 あの『迷惑』を考えると虫が良い気がするが、ついで程度にクロの件を混ぜておくと、エリナは唸るが言い返さなくなった。

 ……いや、アレをこの程度でチャラにされても困るのだが。


「その、なんだ。自分で買うか迷うモノでも、他人から贈られれば大事にはするだろう。お前はほしかったものが手に入る、俺は──贈ったものを大切にしてくれれば嬉しい。それでいいだろう?」

「包装が終わりましたよ」


 根が真面目な彼女に、これ以上冗談を言うと余計こじれてしまいそうだ。

 包装を終えた店主からぬいぐるみの入った袋を受け取ると、押し付けるようにしてエリナに渡した。


「……ありがとう。ふん、さっきの件くらいは、チャラにしてあげるわ」

「クロの分は?」

「それはまだ根に持つわ。いつか、返して貰うんだから!」


 ペット……というと少し違うが、契約獣の不始末は契約主の不始末といった所だろうか。

 つい生暖かい息が出る。

 冗談に答えを返したエリナは、とても良い笑顔をしていたからだ。


「むーん。小娘ばかりズルくないかユーリ」

「お前には家具やら衣服やら色々買ったろう。それに、誰かさんのせいでまだ負債が残っているんだがな」

「それは言いっこなしだぞ。だがまあ、そういうことならば今回は引き下がろう。あいにく玩具にもさほど興味はないしな」


 そんなやり取りを見て頬をふくらませるクロ。

 ただ、本人の言うとおり、あまりぬいぐるみには興味が無いようだった。

 犬……いや、狼が喜ぶ玩具は何かあるだろうか。ぬいぐるみをわたしたら数日後にはズタボロになっていそうな気がする。


 とりとめもないことを考えていると、空はもう大分暗くなっていた。

 もう帰らないと、晩飯を食いっぱぐれてしまうだろう。


「じゃあ……そろそろ、帰るか」

「うん」

「そうだな」


 帰ろうと言うと、返事が帰って来る。それだけのことが、とても懐かしく感じた。

 玩具屋を出ての帰り道。王都ブリェスクは、輝きを意味する名の通り、魔力灯に照らされていて夜でも明るい。

 太陽を、太陽の恵みを受ける民が憎い。チェムナータの人々は、皆そう言う。だがそれは、多分光を恋しがるが故の物なのだろうと考えると、複雑な気分だった。


「ねえユーリ」

「どうした?」


 優しい光に照らされて、袋を抱えたエリナがふと脚を止める。

 呼びかけに応えて振り向くと──エリナが俯かせていた顔を上げた。


「今日は、凄く楽しかった。……私と友達になってくれて、ありがとう!」

「……ああ、こちらこそ」


 そうして彼女が浮かべたのは──太陽の光のような、満面の笑みだった。

 とんでもない国に生まれてしまったと思っていたが、この国も悪い人ばかりではないのかもしれない。

 いつか太陽の下で笑える日が来るといいんだが。

 さっきまでは黒曜庁に帰りたくないという思いが強かったのだが──殊勝な事を思い浮かべながら帰る足取りは、少しだけ軽かった。


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