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プロローグ


「聞け、我が同胞たる闇の民達よ」


 厚い雲の下、俺は大仰に両腕を天へと掲げ、水底から登るあぶくような暗い声を押し出した。

 抑揚のない声は首から下げた拡音の魔石の効果により、龍の唸り声の如く、視界の届く限りまで広がっていく。


「長い埋伏の時を経て、ついに我らはあの忌々しい天の光へと手を伸ばすときが来た」


 おどろおどろしい言葉を紡ぐ俺の眼下には、人、人、人。何千人どころではない何万人が例外なく俺の言葉を聞くために集まっており、次に俺が紡ぐ一語一句を待っている。

 米粒のような人々の顔までは伺えないが、彼らがどんな顔をしているかは、この重苦しい空気が伝えてくる。

 待ちわび、哀願する人々の期待に応えるべく、俺は続ける。


「長き暗黒に封じられし我らが、我らを見捨てた全てを手にする時が来たのだ。今こそ、あの陽光を引きずり下ろし、怠惰を享受していた者達に等しき闇を与えよう。──さあ、今こそ掴め、喰らえ。天へと手を伸ばせ、千切れんばかりに、狂おしきほどに。手が届かずば敵の骸を積み上げよ、なお届かなくば同胞の魂を礎とせよ。──掴め、喰らえ! ここからが我らの時代、我らの世界! これよりが、全てを手に入れる時!」


 俺の言葉に合わせて高まっていく民衆と同調するように、俺もまたその言葉の熱を上げる。


「そして──この時より、この私が諸君らを導こう! 我が名はユーリ=ロマノフ! 偉大なるヴェズダー=ザウル=エリンより『ヴェズダー(星皇)』の名を継ぐ者也ッ! 我が名は──ヴェズダー=ユーリ=ロマノフ! 厚き雲に覆われたこの闇の国(チェムナータ)唯一の光となりて、導の星となる者也ッ!」


 ユーリ=ロマノフ──自分の『今の』名前を再三確認するように、俺は叫ぶ。

 集まった民衆は、その言葉を待ちわびていたかのように、大きな声を張り上げた。一つ一つでさえ大きな叫びは、数万の数が一斉に合わさることで、巨大な龍の咆哮となって天まで轟く。

 それに呼応するかのように、震えた厚い雲が雨を降らせると、人々の興奮は最高潮になった。


 まさに狂信的、の一言である。だがまあそれも無理はない。『ヴェズダー』というのはこの国においてこれ以上ないほど特別な称号だ。新たなヴェズダーの誕生は──『地球でいえば法皇の誕生に近い』と、ユーリ=ロマノフは納得する。


 しかし、だ。


 ユーリ=ロマノフは、同時にこうも考えていた。


「(やっべーよ……このままじゃ本当にラスボスまっしぐらだぞこれ……!)」


 今自分が行ったのは、どう好意的に見ても『悪の帝国のやべーやつ』の演説である。(それ)を美徳とする国、チェムナータに生まれながらも、ユーリはこの状況を非常に思わしくないと感じていた。

 いや──少しばかり、その表現には訂正すべきところがある。

 その感性は、地球に住む青年のものだったのだから。

 ユーリ=ロマノフの──本性ともいうべき地球人の青年、相良鋼太郎は思案する。

 このままでは自分を中心にした、全世界へ向けての侵略戦争が始まる。それだけは避けなくてはならないと。


 かつての故郷は名前さえ存在しないこの世界のなか、相良鋼太郎はここに至るまでの己のいい加減さを呪っていた。

 『どこへ流されるかはどうでもいい、流された先で頑張るのが本当に重要なこと』

 ……そんな、分かった風な事を座右の銘にしていた、過去の自分そのものを。


 相良鋼太郎は回想する。

 何事も程々に頑張ることで、普通の学校を出て普通の会社に努めた前世の事を。

 不慮の事故で死亡したあと、地球から見れば異世界となるこのレトナーク(世界)に転生した時の事を。

 有力な貴族の長男として生まれ、魔法の才に恵まれたことを。そして──その才を見出され、ヴェズダー(星皇)としての修行が始まったときの事を──

 ターニングポイントとなる全ての分岐で、鋼太郎は流されてきた。


「諸君らに感謝する! これより諸君らは一億と六千万の龍の鱗となる! 世界を喰らい尽くすまで、殺しつくせ!」


 その結果が、これである。

 この状況で頑張れば、良くて世界征服。悪くて数千万の人々を巻き込んだ末の凄絶な死が待っていることは想像に難くない。


「(あああ……なんでこんなことになっちまったかなあ……)」


 記憶は──この世界に転生してから五年がたった誕生日へと巻き戻る。


 ◆


 俺がこの世界に生まれかわってから、五年が過ぎた。

 俺の名前はユーリ=ロマノフ。名乗るにそう考えるのももう自然になってきて、かつての『相良鋼太郎』という名前は使わなくなって久しい。


 ふと、遠い所を回想するように俺は空を見上げた。

 今日も天気は良い曇り。重く厚い雲は年中を通してこのチェムナータの国を覆っていた。雨が降っていない曇り空はこの国では『いい天気』だ。地球に居た頃は当たり前だった陽の眩しさが、遠い昔のモノであるように思える。


 ──俺の名前は相良鋼太郎。ごく普通のサラリーマンだったが交通事故で死んだ後、何の因果か異世界で貴族の息子として生まれ変わった、元地球人である。

 『ユーリ』となった自分が何処か自嘲的に『相良鋼太郎の自己紹介』をしているのを見ると、まだまだ根っこは地球に下りているのかもしれないと、笑ってしまいそうになる。


 さて、そんな事は置いといて。

 貴族の息子のユーリ=ロマノフは現在魔法の訓練中だ。

 この世界──レトナークには、魔法の力が存在する。漫画もアニメもゲームもないこの世界においては、この時間は俺にとっては何よりも楽しい娯楽の時間だった。

 ……巻き藁に向けて右手を突き出す。

 人差し指を立てて意識を集中すると、俺の指先に赤黒い魔力が集まり、禍々しく発光し始めた。


「血叫─ブラッドシュリル─」


 力ある言葉、魔法の名を叫ぶと、それを契機に俺の指から魔力が解き放たれる。

 甲高い女の叫び声の様な、邪悪な音とともに放たれた魔力は瞬きの間に巻き藁を貫いた。クッキー生地に筒を通した様な、綺麗な穴の空いた巻き藁を確認し、微笑む。


「うむ! 素晴らしい才能だなユーリよ! まさかその年で『魔力放出』をマスターするとは……父として鼻が高いぞ!」


 集中をといて小さく一息つくと、少し離れた場所で俺を見守っていた父、アラン=ロマノフが景気良く手を叩くのが聞こえた。


「ありがとうございます」


 俺は五歳児らしからぬ流暢な敬語で礼を返すと、控えめに微笑んだ。

 今俺が使った魔術は『魔力放出』と呼ばれる、最も基本的な魔術の一つであった。

 指先から凝縮した魔力を放つ『血叫─ブラッドシュリル─』は、魔力を操作する技術の上級編といったところである。


「お前くらいの年ならば、単に『放出』が使えるだけでも大した物だというに、『収束』までも使いこなすとはな。全く、末恐ろしいやつよ!」


 俺はどう甘めに見ても可愛げのないガキだが、それでも父は優秀な我が子が可愛いものらしい。

 軽やかな足取りで俺に近づいてきたアランは、がしがしと乱暴に頭を撫で回した。

 とはいえ、その気持ちも分からないでもない。この国、チェムナータは年中厚い雲に覆われているため直射日光にさらされる事が殆どなく、作物の実りの少ない国だ。

 その為、少しでも豊かな国土を得ようと、絶えず侵略戦争を繰り返している。

 この国においては、人材という資源は最も重要な資源の一つなのだ。だからこそ、優秀な人材というのは際限なく珍重されている。

 父、アランは武勇でその身を立てた根っからの武人だ。息子の将来が有望ともなれば、それは気分もいいだろう。


「しかし訓練も良いが、ほどほどにな。今日は大切なお客人を迎えるといっておいたろう?」


 このままもみくちゃにされていては、楽しみだった訓練ができない──なんて、苦笑する俺だったが、父の言葉にはっとなる。

 アランがいうには、今日は『大切な客人』が俺に会いにやってくるらしい。

 だから身だしなみを整えて準備するように、と朝から言付けられていたのだ。


「そうでした。では、一先ずこれでやめることとします」

「うむ、万全を期せよ。今日は、お前の人生でも一二を争うほど重要な出会いとなるだろう」


 それだけ伝えて、アランは去っていった。その、準備とやらをするのは彼も同じなのだろう。


 ──此方の世界に転生してからというもの、俺は順風満帆な人生を送ってきた。

 貴族の息子として生まれ、何不自由ない生活をしてきたし、この世界では最も重要といっていい魔法の才能にも恵まれた。

 『流されついた先で頑張る』というのが俺の座右の銘だ。流れに逆らわず、しかし流れ着いた先では手を抜かない。全てを適当にするのではなく、確実に結果につながる場所でこそ頑張るという意味を込めている言葉だ。


 父は、今日の客人との出会いが重要な出会いとなるといった。その言葉を信じるのならば、今日がユーリ=ロマノフの人生のターニングポイントとなるのだろう。

 朝から何度も重要だと念を押すほどの人物。それは一体誰なのだろう。少なくとも、父の嬉しそうな顔を見れば、悪い出会いではないのだろうと思う。

 案外、許嫁とかだったりして。それはないかと自嘲しつつも、無限の可能性に俺の期待は膨らんでいった。


 ──だって、俺は今最高の流れの中にいるのだから。仮にそうでなくとも、俺はただ流れ着いた先でより良く暮らせるよう頑張るだけだ。

 この時までは、俺は本気でそう思っていた。順風満帆な人生であるがゆえに、流れ着いた先で頑張ることさえしていなかったことに気が付かずに。

 そうして、俺は人生で最初の分かれ道を間違えることになる。



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