6 なにひとつと
なかなか進まない気が…
とても心地の良い夢を見ていた気がする、そんなふわふわとした微睡みの中ふわふわとした布団に少しだけ肌寒い気温。二度寝がとても捗る。まだ少し外は薄暗い。
次に目が覚めた時、飛び起きた。
「仕事行かなきゃ!!…はっ、そうだ」
飛び起きてから気づいた、此処は今までいた世界とは全くの別の世界だと。
「はっはっは、朝から元気な様じゃな良きこと良きこと」
「お、おはようございます」
「その様子だとよく眠れた様じゃな。」
声に驚いたが、すでにどこか慣れた様な自分がいる気がした。
仕事もしてないのに、こんな時間まで寝ていられるだなんて数日前の私なら想像つかないであろう。そもそも、休日休みはちゃんとあったものの疲労困憊といった感じで、こんな時間に起きるのはだいぶ稀だったはずだ。
それこそ、世に有名な黒ではなかったはずだ。多分。きっと…
ずんぐりむっくりした熊の爺ことウェルダは、龍のことを見つつ柔らかく笑うとトレーにまた美味しそうな香りのものを乗せて持ってきた。
何から何まで、全部頼りきってしまっている罪悪感に少し胸が痛くなった。だが、それよりも小さくお腹が鳴り苦笑する。
「元気じゃのう、それならばミロの肉のスープも飲めるじゃろう」
「ミロ…?」
“ぎゃう!!”
「チビ助にもあるぞ、ほれ」
ヴァイスは、生の骨付き肉を投げてもらい上手いこと口でキャッチすると、床で豪快に音を立てて食べた。
昨日のものとは確かに違う香りがした。ミロとは何だろうか、考えても仕方ない。差し出された器を受け取ると、温かい器に指先がじんわりと温かくなった。
器の中を覗くと、ミネストローネの様な赤いスープにいろいろな野菜とゴロッとした少し大きめの肉のはいったものだった。
あとから渡された、自分が使うには少し大きめの木のスプーンを使って食べ始めた。
「…美味しい…」
一口頬張ると、直ぐに出た言葉。
「おお、そうかそれは何よりじゃ!久しく人間に出す料理など作る機会がなくてのう。口にあったようで何より。」
そう、少し嬉しそうに話すウェルダ。
「ミロはこの辺の森にいる魔物で、わしら獣人の子供の狩りの練習によく使われるんじゃ。毛皮は加工して売れるし、内臓も食えるし肉は美味い。魔物だからすぐに増えるしのう」
味はやっぱり、たぶんミネストローネに近いと思われる。少し味は薄めで、肉の味が引き立つ様な味。獣人だからだろうか?それでも、臭みがある訳じゃない。
料理に感動している中、一人色々とこの世界について教えてくれるウェルダ、そしてそれを聞きながらスープをひたすら食す龍。
骨付き肉を食べ終えたのか、ヴァイスがベッドをよじ登り足元へとやってきた。口がほんのりと赤くなっているのを少し周りを見渡し拭くものがないと分かると、自分の服の裾で拭った。
「して、今日は何から始めるかのう」
もし、この先この世界で生きていかなければならなのだとしたら。
この世界での生きる術を学ばなければならない。
そして、目の前にいるこの熊はそれを教えてくれるというのだ。
いまだ、俄かに信じられない状態だけれども。
「あ、の…」
「なんじゃ?」
「なんで、そんなに親切にしてくれるんですか…?」
普通な思考ならそこだ。
もし、この人の良さそうな熊が嘘をついていたら?
「なんで、と言われてものう…困っている者を放っとける程わしもまだ老いぼれちゃおらんって事だわな」
笑いながらそんな事、気にする事なかろう。と大きな大きな平たい爪の長い手で撫でてくれた。
その大きな手からは想像出来ないほど、優しい優しい手つきで。
「ま、森を一人で管理するのにも少し骨が折れるからのう。丁度人手が欲しかったんじゃ。」
「管理って何するんですか?」
「そうさな、先ずはそこからじゃな。そろそろ大丈夫じゃろ?続きは実際に外に出て話さんか?」
ずっと室内に居ると、息がつまるだろう?とそう言って立ち上がったウェルダ。
付いて行こうにも、ってに持っている食器をどうしようとオロオロしていると笑いながら隣の棚に置いといて良いと言われ広いベッドの上に落とさぬよう移動して置いて後をついて部屋を出た。
外に出ると、一面の銀世界に緑がちらほらと見える。
向こうじゃ、田舎の森にでも来ないと見られない光景だ。
まだ雪が残っているからか、気温もまだ低く少し寒い。日差しは暖かく、雪山である雪に反射しての日焼けが気になるところ。
「管理といっても、この山にはお前さんを助けてくれた主がおるからのう。特にすることと言ったら無いんだが…昨日言ったように、獣や魔獣の管理ぐらいなんだが…」
そう話しながら急に足を止めたウェルダに、後ろを歩いていた龍はそのまま背中にぶつかった。
何かを探る様に、耳を動かし少し頭を上げ周りの匂いを嗅ぎ始めた。
ぶつけた鼻を少しさすりながら、そんなウェルダの行動を見ていると少し離れた場所の茂みが音を立てて揺れ始めた。
その茂みから出て来たのは、大きな大きな鹿だった。
その立派な角は、きっと人間なんてちょっと突かれただけで大怪我しそうな程のもので。それ以上に、きらきらと光るそれはとても綺麗だと思った。
だがそもそも、その体の大きさがおかしい。人間の身長の倍はあるんじゃ無いだろうか。
いや、ファンタジー世界だ。
何もおかしいことはないのかもしれない。
その鹿に続いて、多分群れであろう鹿たちが後に続いた。
雌らしき鹿は、人間の身長プラス少しぐらいの大きさだ。
「ルーデアの群れじゃ。あの雄の角見たか?あれは色んなものに使えるでのう、色んな人間共に狙われるんじゃ。主が守るんじゃが、それにも限度がある。」
ルーデアと呼ばれた鹿の群れが立ち去った後、そう口を開いた。
「そもそも、此処はリューノの始まり森。太古の昔から生きる者達が今も存在している場所じゃ」
「太古の昔……」
「元のこの森の主は、それはそれは綺麗な竜じゃった」
あ、これ甘いぞと話の途中で見つけた果実を投げてよこしたのを受け取ると、一口。
すると、ひんやりとしたとても甘い味が口に広がった。
「甘い、美味しい」
服の中にいたヴァイスも顔を出し、欲しそうにしている。
口元へと持っていくと嬉しそうに頬張った。
「丁度、お前さんの連れてるチビ助みたいな色だったわい」
「そうなんですか…」
「……人も愚かよな。昔はわしのような護人もどの森にもい沢山いたんじゃ…勿論この森にもな。ある時わしら護人を蹴散らし、森を踏み躙り神とまで言われた竜を殺し、人間こそ神の使いだと名を挙げた人の国の王がいた。」
その時を境に、人とわしらの溝は深まった。と、ゆっくりと話してくれた。
「だとしたら、何故人間の私を…?」
「それは、流石に野垂れ死にそうな奴を見捨てる程の老いぼれじゃなかっただけじゃ。そもそも、お前さんにどうこうされる程、耄碌しておらん」
そこは頑なに引かないようだ。
そろそろ戻るぞ、と言って甲を返したウェルダ。
その後に続き、冷たくなった手を擦り合わせた。