5 好きなものは
ふわふわとした感覚、程よい重さに手触りのいい何か。
重たい瞼を開けると、木の天井。少し薄暗く、パキパキと何かが燃える音。顔を横に向けると、暖炉で火が煌々と燃えていた。
徐々に覚醒していく頭。
「はっ……!!!」
鮮明になってきた頭に、飛び起きると額に乗せられていた布が落ちた。
ログハウスの様な内装に、自分が寝ているベッドの大きさに気づいた。キングサイズと言っていいほどの大きさだ。
“ピー”
飛び起きたことで、落ちたヴァイスが心配そうにこちらを見た。
「ヴァイス…ここ、何処…?」
「…具合はどうだ?」
「っ、くま!!!?」
「あんまり急に動くと倒れるぞ?言わんこっちゃない」
ヴァイスの額を撫でていると、扉から入ってきた大きな熊。
驚きヴァイスを抱えると、飛び退いたがすぐにフラフラとその場にへたり込んだ。よく見ると、手にはトレーとその上に乗った湯気の立つもの。そして、服をきちんと着ている。
本当に、本当にファンタジーな世界なのだと理解した。
「この辺で見ない髪色だな。見たことない生き物を連れているし」
「ヴァイスは…」
「まあ、そんな話は後だ。それより、起きたと聞いたから作ってきたんだ、食べられるかい?」
「……」
見た目熊で、目の上にある目を覆うほどの白い毛束からするにこの熊は結構な歳なのだろうか。心配?もしてくれているのか、喋りながらゆっくりと部屋に入ってくるとベッドの反対側の椅子へと腰掛け、棚においたトレーの上の物を差し出してきた。
恐る恐る中を覗き込むと、湯気の立った美味しそうな匂いのするものだった。ぱっと見はお粥のように見える。
「毒なんて入ってないぞ。お前をここに連れてきてくれたアレはこの山の主だ。わしだって会ったの今回を入れれば2度目じゃ。そんな者に手を出す程わしは老いぼれちゃおらぬ」
そう言うと、熊は木のスプーンを器用に持ちひとくち食べた。
たぶん、毒味のつもりだろう。
手を伸ばすか伸ばさぬか、迷っているとお腹がキュルルルルと鳴った。こんな時でも、自重はしないらしい。
「お腹は正直じゃな。熱いからな、気をつけろ」
「い、ただき、ます…」
「?」
受け取ると、一口。口に含むと、食べたことないような味。でも、とても美味しく何も食べてなかった胃に染み渡るようであっという間に完食してしまった。
ほくほくと、冷えた体も温まったし心も少し落ち着いた。
「ほうほう、美味しいか。おかわりいるか?」
「ほ、ほしい…です」
「ははは、素直は好きじゃ。今持ってくる。わしは、ウェルダじゃ。ウェルダでも爺でも構わん」
雪豹に連れられ、倒れたあのあと助けてくれたのがこの熊のじいちゃんなようで
貰ったおかわりも食べ終わり、ほっと一息ついていると隣でヴァイスが、ウェルダに出された骨付きの肉をガリゴリと食べている。ふと、茹でた豚骨をあげたときのルルを思い出した。
「さて、お主は迷い人みたいじゃな」
「迷い人…?」
「ふむ、何も知らないようじゃな。聞きたいことならわかる範囲なら何でも答えるから言ってみろ。あ、そうじゃその前に…」
「此処は…何て場所、なんですか?」
ウェルダはそういうと、何やらごそごそとベッドの下を弄りだした。
聞きたいことなら、山ほどある。けれども、いざそう言われるとパッと出てこないのが人間だと思う。現にこれぐらいしか出てこない。
「うむ、まずはそこからじゃな。この世界は竜神に造られし世界ルヴァーラ。今いるのは、ヴェルナル国のリューノの始まりの森じゃ。わしらみたいな獣人種の住む国の端にある」
本当に、此処は地球でも日本でもない。
何一つ知らない世界。
ただ、そんな事で落ち込んでる場合じゃない。
そんなことよりも目の前で動く、この喋る熊ことウェルダじいだ。時々耳が動いては、喋るたびに動く鼻。真剣に話をしてくれているのだが、そこにばかり目が行き触りたい衝動にかられる。
「話聞いておるかい?お嬢さん」
「え?」
気がついたら伸ばしかけていた手を見て、やれやれと言う目の前の熊ことウェル爺。
「もう一度言うぞ?この森はこの辺はそこそこ危険じゃないが、それなりに魔物も獣もいる。だから、もし外に出るのなら必ずわしを呼ぶこと。そもそも、入らないでほしいがの。あとそれに、お嬢さんは精霊にも好かれるタイプらしい…だとしたらきっと魔法も使えるだろう。それの扱い方もじゃな」
「あ、ありがとう…御座います」
「良い良い、気にするな。この森で一人ってのも中々に暇でのう。こんななりだが、この森の護人をしているからか他にすることと言えば動物どもの世話と魔獣の管理くらいでのう。」
目は見えないが、とてもとても優しいと感じた。何度かしか会ったことはないが、元いた世界でのおばあちゃんに少し似ている気がした。
それにしても、精霊か。異世界、だなあ。
なんだかんだで、こう落ち着いていられてしまうことが自分の長所だとは思う。
反面、やってこなかった仕事や放置してきた家や親や友人たちの事が心配だったりする。こうして目の前に色々いて、触れるけれどいまいち此処にいるという実感が湧いてこない。それともなければ、勝手に脳味噌が適用してしまっているのだろうか?
悶々と悩んでいる龍を見て、心配したウェルダは少し椅子を移動させ少しばかり近くへと寄ると龍の肩をそっと押しベッドへと戻した。
「今日はもうじき陽が落ちきる。話したいこともまだまだあるであろうが、始まったばかりじゃ。」
だから、今日はゆっくり眠れと布団をかけ上からぽんぽんと撫でられた。
少し懐かしいそれに、恥ずかしいと思いつつもついさっき起きたばかりの意識がまた徐々に離れ始めた。