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始まりは卵  作者: 楸幸妃
3/8

2 産まれたのは



『ドラゴンの扱い方』



 冒頭のその言葉に首を傾げた。こんな手の込んだ悪戯する様な人間が、周りに居ただろうかと。

 紙は三つ折り、四枚に手描きにしてはとてもリアルな綺麗な白黒のドラゴン絵とびっしりと書かれた説明の様な文。

 そもそも、紙質が少し変な気がする。良く、こうアニメやら映画とかに出てくるような…



『まずは、温めて下さい。数日中には孵化します』


「ナニソレ、本当?」


 手紙を読みながらついつい口から出る言葉。確かにそうだろう。そんなこと有るわけ無いと思っているのだから。

 半分程読んだ所で、少し楽しくなったのか、今までのことを思い出して楽しければ良いやと嘘でもいいからと卵を温めてみることにした。


 ハイ、嘘でしたー!なんて、そんなオチでも良い。微かな希望を抱いて。



「こたつの布団に挟んでおけばいい?」


 部屋で温かいのは此処ぐらいしか無いのだが、でもこんな場所でいいのだろうかと迷いつつも、入れて置いてみることにした。と、言ってもまだ箱から出してすら居ないのだが。それはまあいいだろう。

 卵を触ってみると、普通の鶏等の卵とは全然違った触り心地だった。何よりも、その温度。鶏の卵は、温めていたものを触るととても温かかったのを覚えているけれども、そのまま放置された卵は常温になってしまうのだが、それは温められた卵と同じぐらいの人肌より少しばかり熱いぐらいの温度。


 これって、期待しても良いのだろうか?なんて、柄にもなく思ってしまったり。


 少しばかり、触り心地を堪能してから持ち上げ箱から出すと結構な重さに少し驚いた。


「思ったより重い!!?」


 あ、これダジャレ?なのかとまた一人ツッコミをしつつそれを胡座をかいた足に乗せ、近くにあったクッションを取りこたつ布団の下に入れるとその上に卵を乗せた。

 こんなもので、こんな程度でドラゴンの卵とやらは無事に孵化してくれるのだろうか。


 そもそも、ドラゴンなんて見たことも無い。ファンタジーでもあるまいし。誰かのいたずらで、中身はお菓子の詰め合わせかもしれない。もしくは、別の何かかもしれない。

 それでも、非日常を少しばかり望んでしまったのはきっと悪いことではない筈だと言い聞かせて、その隣に横になって手紙の続きを読みはじめた。


◆◆


 ビリリリリリ!と、朝を告げる音。

 スッとこたつから出てくる手は、その音源を探して彷徨う。


「……今日もまだ休みだ」


 煩いと、スマホのアラームを解除した。

 そう、一応黒くはない会社は土日はきちんとお休みだ。表向きは。人間集まれば何かしら問題は起こるものだ。だからこそ、人間なんて全部が全部信用するものじゃないと思っている。と、朝からどろどろとしたものが蘇る。

 昨晩、結局色々と読みつつスマホで昨日届いたものを調べていたが何もヒットはしなかった。挙句の果てには、そのままその場で眠りこけてしまう始末。干乾びた身体が、変な体勢で寝た身体があちらこちら痛み、動く度に軋む。


「全く、こんな所で眠るんじゃなかった」


 何かを思い出した様に、慌てて直ぐにこたつ布団を捲り見ると、昨日と変わらずそこに有る卵にホッと一安心。何が一安心なのかは分からない。本当に何が孵るのかなんてわかりもしないし、万が一にもし書いてあったようにドラゴンなんて産まれてしまったらどうするつもりなのだろうか。大きさは?食べ物は?もし他の人間に見つかったら?

 考えたって、答えは出ない!と溜息一つ。身体を潤すために立ち上がった。


 バキッ


「え……?」


 立ち上がった時にした音。不意に出た音に、変な声が出た。

 そんなに体重重くなったのかと、足元を確認しよくよく考えてみれば音がするものなんて一つしか無い。振り返り、こたつ布団をそーっと捲ってみてみるが特に変化はなかった。


「何だ、勘違いか……」


 こたつ布団を掛け直してから、台所へ行き冷蔵庫の中からお茶を取り出し口に含んだ。キンキンに冷えたお茶は乾いてた身体にぐんぐん染み渡り一気に乾きが潤ったような気がした。それから、二、三口含んでから冷蔵庫に戻した。

 小腹が空いて、適当に食べられるものを持ってこたつへと戻ってくると、スモークタン塩レモン味と書かれたパックを開け中身をもそもそと食べ始めた。

 テレビを点けると、丁度ニュースが始まったところだった。昼のニュースだ。

 もそもそと、食べ進めながら見るニュース。


 いつ見ても、悲惨なニュースか芸能人たちのスキャンダルやらおめでた話ばかり。



「本当につまんないな」


 机に突っ伏し、文句を一つ



バキッッ


 その音に驚き、辺りを見回し恐る恐るこたつ布団を持ち上げ中を見た。

 そこに有るのは、卵。クッションを引っ張り手前に引き出し、観察することにしたその瞬間。大きく揺れだし触ろうとした手を引っ込めた。


「揺れだした!?」


バキバキバキッ


 大きな音とともに、殻に亀裂が入り一ヶ所が砕け足の様なものが出てきた。それは白く、卵の殻よりもつやつやとした白。それが、パタパタと動きながら必死に殻の中から出て来ようとしている。

 どうしようどうしようと、右往左往したがまず生き物の子は生まれたら温かいお湯で洗ってあげると言うことを思い出し急いでキッチンへと走り、今家で一番でかい鍋にお湯を溜め、まだ出てきていないのを確認して慎重に近くに鍋を置いた。


「……頑張れ」


 ワタワタと動きながら殻から必死に出ようとしている姿に、とても応援をしたくなった。心配や期待や不安全ての感情が入り交じるこれを人は、母性本能というのだろうか?

 

ペキッ


 軽い音がした瞬間、出てきた顔。

 何とも言えない、自分が思い描いていたドラゴンそのままの顔。夢にまで見た空想上の生き物。

 真っ白な身体に、まだ小さな背中の翼、大きくなりそうな予感させる手足、まだコブの様な角、陽が落ちた瞬間の様な様々な色の混ざった瞳。


"クルルルルル…"


 真っ直ぐに私を見上げて、喉を鳴らしたドラゴンの仔。何とも言えない感覚。見つめられてその瞳の綺麗な事。今までの心配事など全て食べられてしまいそうだった。


 ぷぴゃっと変な音でのくしゃみに我に返ると、恐る恐る手を伸ばした。すると、手を見て少し首を傾げたがどこか嬉しそうに喉を鳴らし手に擦り寄ってきた。温もりがありながら、爬虫類の様な触り心地はすべすべとしていて、そのまま抱き上げると結構ずっしりとしている。



「すべすべしてる」


"ピャー"


 ゆっくりとお湯に下ろすと、高い声で鳴き翼を少しバタつかせた。それもすぐに、気持ちよさそうに目を細めた。


「癒やされてる場合じゃない。どうするんだ、この仔……飼う?」



"クルッピャー"


 飼うって、飼えるのか?ドラゴンなんて。顎に手を置き考えていると、その瞬間に走る顔の激痛と衝撃と一面の白にそのまま意識を失った。






 


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