人知れず零れ落ちた涙
「ロザリア王女殿下って、どんなお方なんですか?」
あの日から、僕は訓練の合間にこうやってロザリア王女の身辺調査を行っていた。
面倒事には巻き込まれたくないと思う一方で、あの悲しげな瞳のわけを気にする僕は、本当に馬鹿でおせっかいのお人好しだと思う。
掃除をする若い侍女にロザリア王女について尋ねると、彼女は一瞬ためらったけれど、人気がないことを確認して、小声でこう返してきた。
「大きな声じゃ言えませんが、最悪ですよ。気に入らない侍女や侍従はひっぱたかれますし、即刻解雇を言い渡されます。ティア殿下が次期女王になられるかもと思っておりましたのに、あの人が女王を継ぐなんて、と私どもも肩を落としております」
なるほど……
ティア王妃殿下には敬称をつけているのに、ロザリア王女はあの『人』か。
これだけでもう、侍女たちからは相当嫌われているというのがわかる。
それからも庭師やコック、侍従など、様々な職種の様々な年代の人に同じ質問を投げかけてみたのだが、誰に聞いても似たような答えが返って来た。
違う答えを寄こしてきた人もいたけれど、それは全て、王女の美貌に心を奪われていた男たちだけ。
ただ不思議なことに、愚痴のような話をさらに詳しく聞き続けていくと、王女を嫌う者たちから意外な言葉も聞けた。
ロザリア王女はキツイ性格をしているものの、決して無能ではないという話だ。
劣化した水路の整備をするようにと女王に進言し、清潔な水を確保したのもロザリア王女で、いまでは国を代表する絹を特産品にするようにと目をつけたのもまた、彼女。
ロザリア王女は性格に難があれど、ずいぶんと利発なようで、王女がする必要のない仕事まで引き受けているようだったし、それを完璧と言えるまでにこなしていたようだった。
「変な女」
誰もいない廊下で、ぽつりとこぼす。
ロザリア王女を嫌いだと思う気持ちは変わらないけれど、僕は彼女という存在自体には興味がわいていた。
彼女は仕事も真面目にこなしているし、数年前に滅んだガジュダ王国の王や王妃のように贅の限りを尽くし、国の財源を圧迫したりしているわけでもない。
それなのに、城内の者からはこれ以上ないというほどに嫌われ、恐れられている。
ロザリア王女は立派な女王になれる素質を持っているはずなのに、なぜあんなにも不器用な生き方をしているのだろう。
渡り廊下に立ち、庭を見つめた。
今日もまたロザリア王女は木陰にあるベンチに腰掛け、一人静かに本を読んでいた。
孤立している彼女はいつもそうだ。
僕にあてがわれた部屋の通り道から見える、最も人気のない庭で、時折ああやって本を読んでいる。
彼女の存在にみんな気付いているのだろうけれど、誰一人として話しかけに行く者はおらず、ロザリア王女はいつも一人ぼっち。
少し離れたところに赤髪の侍女がすました顔で控えているだけなのだ。
ごくたまに廊下で誰かと話しているのを見かけたりもするけれど、相手の顔はどこか恐怖で歪んでいて、笑顔も引きつっていて……
あんな状態でロゼッタの次期女王になれるのだろうか。
あのままじゃいつか、国とともに壊れかねない。
そんな思いがふと頭をよぎったけれど、彼女から視線を外して、ふぅ、と小さく息を吐く。
「まぁ、僕には関係ないことか」
所詮僕は、他国の兵士。
ここにいるのだって三か月の間だけ。
ロゼッタやロザリア王女のことを気にかける義務なんかないのだから。
――・――・――・――・――・――
それから数日の時がたち、今日もまた僕はあの道で、庭のベンチに腰掛ける王女様を見つめていた。
きらめく朝日がロザリア王女の横顔を照らし、柔らかく風がふきつけるたび、金色の髪が麦の穂のように静かに揺れる。
緑溢れる庭で凛と背すじを伸ばし、真っ直ぐ前を見つめているその姿は、夢や幻のようにも、絵画のようにも見えるほどに輝かしかった。
何も言わなければ、あんなにも美しいのに。
そう思いながら、目の前で起きたそれに、静かに目を見開く。
とても信じられない光景に、全ての時が止まったような、そんな気さえした。
彼女の瞳がゆらゆらと揺らめきだし、透明な雫が一粒、ほほをつたって流れ落ちたのだ。
ひざの上に置かれた本はずっと閉じられているし、本の内容に感動して涙しているわけではないのだろう。
演技の線も考えたが、どこか寂しそうなあの顔と一粒だけ流れたあの涙は、とても演技には見えない。
だったら、どうして……?