ロゼッタ女王
ようやく謁見の間へとたどり着き、片膝をついて頭を垂れる。
クライブ陛下以外にこういった姿勢をとることなどあまりないからか、違和感がぬぐえない。
光輝くほどに磨かれた床に視線をやると、わずかに緊張している自分の顔がうっすらと反射していた。
その姿勢のまま待ち続けていると、衣擦れの音と数人の足音が聞こえてくる。
恐らく女王陛下が来られたのだろう。
「面をお上げなさい」
凛とした声が広い謁見の間に響く。
言われたとおりに顔を上げると、金の細かい装飾がされている豪奢な椅子に、ゆったりと女性が腰かけていた。
年齢の割にお若く美しく、凛とした気高さを全身から放つこの方が、ロゼッタ女王国の最高権力者である女王ヘレナ陛下だ。
そんなヘレナ陛下は僕の顔を見てきた途端、ピクリと身体を震わせた。
「もしや、あなたが兵の指南を……?」
その声には、どこか不安が宿っているようにも感じる。
だけどまぁ、そうなってしまうのもわかる。
僕は二十五歳の若造で、見た目もフランツ氏のように筋肉モリモリじゃないし、どちらかと言えば線が細いほうの部類に入るだろうから。
だが、そんな僕も実力でここまで駆けあがって来たのだ。
大尉の名に恥じない力を持ち、それだけの働きをしてきたつもりではいる。
不安げな表情を浮かばせておられる女王の瞳をまっすぐに見つめ返し、柔らかく微笑んで深々と礼をした。
「左様でございます。私は、ノースランド王国軍の大尉をしておりますカイルと申します。三ヶ月間剣術指南をさせていただきますので、どうぞお見知りおき下さい」
再び顔を上げると、女王は鋭い瞳で僕の目を見つめてきていて。
そして、ふ、と安心したように微笑まれた。
「貴方、良い目をしているわね。それに、なかなか男前じゃない。深緑の瞳の人はよく見かけるけれど、銀色の髪なんてロゼッタじゃなかなか珍しい。ああ、ロザリアも貴方みたいな人に入れ込んでくれるといいのだけれど」
発せられた言葉に、思わず右手がぴくりと震えた。
あのロザリア王女が僕に入れ込む?
頼むから、それだけは勘弁してくれよ。
笑えない冗談に自分の顔が一気に引きつったのを感じるけれど、同盟国の女王の前でこんな顔を続けているわけにはいかない。
慌てて顔を正し、にこりと笑んだ。
だが……何かがおかしい。
女王陛下の言葉が胸につっかかり、もう一度思い返して考えてみる。
そして、ようやく違和感の正体を見つけ出した。
「私目にはもったいなきお言葉です。が、恐れながら、入れ込むとは、どういった意味でございましょう。もしも何かお困り事でもあられるのでしたら、微力ながらお力になれればと思いますが……」
『貴方に恋をしてくれたら』という言い方ならわかるが、貴方みたいな人に『入れ込む』という言葉はそうそう使うものじゃない。
なのに、それが出てくるということは、ロザリア王女が誰か困った男に入れ込んでいるのではないだろうか。
そう推測したのだ。
そして、その推測は恐らく当たっていた。
女王陛下の表情が徐々に曇り、小さなため息が聞こえてきたのだ。
「私としたことが、余計なことを言ってしまったようですね」
「申し訳ございません。聞かなかったことにいたしましょう」
ヨソの国の問題にわざわざ首を突っ込む理由はない。
そう思って微笑むと、女王は静かに首を横に振ってきた。
「いいえ、構いません。第一王女のロザリアは、クライブ王に恋をしていたの。けれど、一か月前その恋が破れてからあの娘はおかしくなった……。サウス王国の商人に入れ込むようになってしまって」
「サウスの商人、ですか」
「ええ。素性を探らせているのだけれど、サウスの商人ということ以外、何もわからないのです。何もないといいのだけれど……」
女王陛下は視線を落とし、憎らしげに眉を寄せていた。
そうやって、不安に思うのも無理はない。
自分の娘であり、国を継ぐ予定の第一王女が事件に巻きこまれているかもしれないのだから。
「何もつかめないというのは証拠を消しているともとれますし、反対に気になりますね。サウスは闇取引の国ですし、悪意がないと良いのですが……」
僕もまた女王と同じように視線を落とし、考え込んでいく。
サウス王国はいつもキナ臭い噂で溢れているし、相手が闇商人だとしたら、何か良からぬ企みがあったとしてもおかしくはない。
「カイル、貴方……もしかして心配して下さっているの?」
女王陛下のお言葉に、顔を上げてこくりとうなずく。
「ええ。王妃ティア殿下の祖国のことですから」
「ありがとう。素敵な方を送ってくださって良かった」
そうやって、心配ごとを隠しながら微笑む女王陛下の姿は、厳格でいて気高いと言われたロゼッタ女王の顔ではなく、娘を心配する母親の顔をしていた。