健闘を祈る
一人残された僕はベンチに腰掛け、深くため息をこぼしていく。
そう何でも上手くはいかないか……と、ぼんやり庭の草木を眺めていると、軍服を着た男が視界の端に入り込んできた。
「カイル殿、探したよ」
「ジェームズ中佐! どうされたんです? 何か僕にご用事でも」
上下関係だとかそういう細かいことを気にする方ではなさそうだが、無礼にならないように立ち上がって尋ねる。
ジェームズ中佐もあの事件の怪我から回復してきており、いまでは部下の訓練にも顔を出すまでになっているらしい。
そもそもあの人数を相手にしていたのに、大きな怪我が一つもなかったようで。
柔和な笑顔の裏に秘めた実力の恐ろしさを感じてしまう。
「久しぶりにちょっと君と話したくなってね。ついでに一服いいかい?」
問いかけに微笑みながらうなずくと、中佐はベンチの手すりに腰かけてパイプを取り出し、マッチを擦った。
「それで、話とは……?」
僕の問いかけに、パイプをくわえた中佐はため息のように白い煙を吐き出して、にやりと笑った。
「まったく君も人が悪いね。君の想い人は、侍女じゃなかった。そうだろう?」
いきなりそんなことを尋ねてくる中佐に面食らったけれど、すぐにくすくすと微笑んで見せた。
「僕は、相手が侍女だ、など一度も言っていませんよ」
ジェームズ中佐は目を丸くして、すぐに噴き出すように笑った。
「そうか、そうだったか。こりゃ、してやられたな」
「それで中佐は“僕と僕の想い人がどういう道をたどるか”についての話を聞きに来られたのですか? 今後のロゼッタにも関係してくる話ですからね」
一度戦争になりかかって、ロゼッタ女王国軍はいまもわずかに混乱が尾を引いている。
こんな時に、この人がわざわざただの雑談のために僕のところへ来るはずがない。
となると、考えられる話の内容はこれしかなかった。
「さすが、お見通しってわけか」
「いえ、詳しい内容まではわかりません」
僕の返答に中佐は苦笑いを浮かべて、どこか渋々と言いにくそうに口を開いた。
「じつは先日、軍会議があってね……君をロゼッタ王国軍に引き入れようとする動きがあるんだ」
「それは……ありがたいことです」
「嘘をつけ。君が欲しいのは王配の座、いや正確にはロザリア王女殿下だ。王国軍になど入れば君はまた、身分や規律に縛られることになるだろう。それでも入隊を望むのかな?」
「全部お見通しなのは、中佐のほうではないですか」
この人は毎度ユルい素振りをしておきながら恐ろしい、と苦笑いを浮かべた。
「はは、私を買いかぶりすぎだよ。とにかく、君の望みがわかっていたから、私とマルク少佐が何かと理由をつけて、君の入隊話を引き延ばしている」
「お心遣い、痛み入ります」
心から、二人に感謝の想いが沸き上がる。
中佐と少佐がいなかったら、僕は今頃八方塞がりの状況に置かれていたかもしれない。
ジェームズ中佐は長く煙を吐き出して、柔らかく微笑みながら口を開いた。
「ただ、この調子だと伸ばせて二、三ヶ月だろうなァ。早いうちに決着をつけてくれ。それで無理なら、ロゼッタを出て流浪の旅に出るもよし、王国軍に入隊するもよしだが……」
中佐は途端に言葉を詰まらせて真剣な表情を浮かべ、言葉を重ねる。
「……どちらにせよ、決着がつかねば殿下への恋心を捨ててもらうことにはなる。以後、君が殿下に触れることも、私が許さない。悪いが立場上、王族と王国軍の規律を守る義務があるもんでね」
早期に決着をつけなければと覚悟はしていたが、実際に言葉として言われるとひどく重い。
「二、三ヶ月……」
呟くように声に出して確かめると、ジェームズ中佐は僕の背中をバシバシと強く叩いてきて、楽しそうに笑った。
「まぁ私としては、君が部下になってくれたら百人力だし楽ができそうでありがたいがね」
「はは……勘弁してください」
されるがままの僕は、乾いた笑いを漏らしていく。
この人の冗談は冗談なのか本気なのかわからなくて、本当にタチが悪い。
そんな中佐はどうやら一服終えたようで、灰を捨ててパイプをポーチの中へとしまった。
「君とゆっくり話せてよかったよ。本当はもっと手伝ってやれればいいんだが、これも必要な試練。君を閣下と呼べる日がくるよう、健闘を祈るよ」




