ロザリアとの出会い
兵士に案内され、謁見の間に向かって歩き続ける。
すると視界の端に、きらびやかな女性の姿をとらえた。
「あの方は、もしや……」
独り言のように呟き、僕は足を止めた。
こちらに向かって優雅に歩いてくる女性を、目を凝らして見つめる。
赤みがかったクセのない真っ直ぐな金髪には美しい髪飾りがつけられ、伏し目がちなこげ茶色の瞳が微かに光に照らされていて、物憂げに見える。
そして透明感のある白い肌に、薔薇のようなみずみずしい唇がなんともいえない色気をかもし出していた。
薔薇の姫と呼ばれるだけあって、向かってくるロザリア王女は絵の中から出てきたのではないかと思うほどに美しい。
実際、僕の隣を歩いていた兵士も、ぴたりと足が止まっていて。
何度もその姿を見ているだろうに、ぽおっとした顔で彼女のことを見つめていた。
何も知らなければ、僕もこんなふうにあの容姿に夢中になっていたかもしれない。
けれど、幸か不幸か、僕は彼女の裏の顔を垣間見てしまっていたのだ。
僕が初めて彼女を見た時に感じたのは、違和感だった。
ロザリア王女がそばにいる時のティア王妃殿下は表情が強張り、穏やかなはずの侍女マリノさんの顔も険しくなる。
そして、観察を続けているうちに気付いてしまったのだ。
皆が夢中になっていた彼女の笑顔は、毎度同じ顔。作り物の笑顔だということに。
なんとなく“苦手”だと思った彼女。
それが“嫌い”にまで昇格したのは、ティア王妃殿下の殺害未遂事件があったから。
あの翌日、モンド卿とコナー卿を見つめる冷酷さを含んだ彼女の瞳と、都合のいい涙を見た瞬間、僕の脳内ではうるさいほどに警鐘が鳴り響いていた。
『あの女を信用してはならない』
『あれは大きな嘘と共に生きている』と。
周囲の者たちは惚けたような目で涙を流すロザリア王女のことを見つめていたけれど、僕は百年の恋もさめるという言葉の意味を、この身をもって感じていた。
「貴方は……?」
ノースランドの軍服を不審に思ったのか、ロザリア殿下は僕を見てぽつりと呟く。
あまり関わりたくないと思ったけれど、立場上無視するわけにはいかない。
薄っぺらい笑顔を貼り付けて、非礼にならないように貴族式の礼をしていった。
「ロザリア王女殿下、お会いできて光栄です。私は、ノースランド王国軍で大尉をしております、カイルと申します」
「ノースランドの? ……ああ、そういえば、どこかでお見かけしたような、そんな気がいたします」
ロザリア王女は小さくため息をついて、美しい顔には不釣り合いなしわが眉間に寄っていく。
不機嫌さが全身からあふれ出るという様子が意外すぎて、思わずぽかんと口を開けてしまった。
数か月前ノースランドに視察に来た時、この女はいつも嘘臭い笑顔を貼り付けていたのに、なぜ今日はこんなにも不愉快さが丸出しなのだろう。
まったくもってわからない。
「ロザリア王女殿下のご記憶にとどめていただけていたとは、光栄でございます」
混乱する頭を必死に働かせて、思ってもいない言葉を吐き出し、精一杯の作り笑顔で微笑む。
けれど、ロザリア王女の表情は一切変わることがなかった。
この女はもしや、自国では自分を繕わないのか?
それともたかだか一兵士に媚を売っても仕方がないと思っているのだろうか。
そんなことを考えて見つめていると、彼女の眉はさらに寄せられ、憎らしげに顔が歪んでいった。
「ノースランド、まったく忌々しい……」
「え?」
声が小さくて聞き取りにくかったが、もしやこの女は忌々しいと、そう言ったのだろうか。
そして、困惑する僕など眼中にないとでも言うように、彼女は窓の外を見つめてくすりと笑んだ。
「まぁいいわ。こんな思いをするのもあと少しなのだから」
呟くように言った王女様は僕の隣を横切り、何事もなかったかのように去っていくのだった。
――・――・――・――・――・――
……しまった。
あまりの雰囲気の違いに気圧されて、頼まれたものを渡すのを忘れてしまった。
上着の内ポケットに入れたティア殿下のしおりにそっと触れる。
まぁいい。渡す機会はまたあるだろうし、そもそもあのタイミングで渡したところで突き返されるのがオチだ。
そう思いながら隣を見ると、兵士はまだロザリア王女の後ろ姿をうっとりとした目で見つめていて。
呆れた僕は、小さくため息をついてくすりと笑う。
「兵士さん。すみませんが、謁見の間に案内してはいただけませんか?」




