望まぬ派遣
第二王女も楽じゃない! の後日談となります。
思えば、ここまで来るのはあっという間だった。
入隊したその日から血反吐を吐くような訓練が続き、やがては実戦で上官や部下と共に軍功を立てるようになり……
気がつけば、ノースランド王国の大尉に昇格。
そんな順調すぎる出世を果たしていた僕に、突然その日はやって来た。
「陛下、さすがにそれは御冗談ですよね!?」
ノースランド王であるクライブ陛下からのお言葉に、思わず声を荒らげた。
陛下は歳が近いこともあってか、剣の稽古相手に僕を選んでくださることが多い。
だからこそ、今回のご依頼もそうだと思っていたのに……晴天の霹靂とはまさにこのことだ。
広い廊下に何度も反響した声は、吸い込まれるかのように消えていく。
けれど、僕の混乱は少しも消えやしなかった。
「冗談を言ってどうする。俺はカイルが適任だと思っている」
目の前にいらっしゃるクライブ陛下は、僕の問いに呆れたようなお顔を見せられた。
深紅の瞳は炎のようにも見えるのに、性格は沈着冷静。
陛下は整った容姿と安定した政治で、国民からの人気も非常に高いお方だ。
“天は二物を与えず”
その言葉が当てはまらないのは、陛下くらいだと思う。
こんな僕だって、五つも歳が下の陛下を尊敬してやまない国民の一人だが、いくら陛下の頼みとはいえ、こればかりはどうしても受け入れがたい。
僕と選抜された部下たちが、ロゼッタ女王国の剣術指南役して派遣され、しかも僕がその団長になるだなんて――
「お言葉を返すようで申し訳ありませんが、僕が適任だとは思えません。兵を鍛えるのであれば、オリバーさんやフランツ氏のほうが向いているように思います」
同じ階級の兵士の名を挙げて、声高に反論する。
けれど、陛下は僕の言葉など一秒たりとも考えようとなさらず、淡々と話し出した。
「オリバーは結婚したばかりだろう。そんなやつを他国にやるわけにはいかない。それに平和ボケしつつあるロゼッタの兵が、フランツの指南についていけるとは、とても思えない」
「確かにおっしゃる通りですが……」
大尉となって上流貴族の仲間入りを果たしたとはいえ、もともと下流貴族の自分が一国の王に口ごたえするなんてのは、許されないことだと分かっている。
けれど、とがりゆく口を止めることなど、僕には出来やしなかった。
「ですが、なんだ?」
眉を寄せられる陛下に、意を決して本音をそのままお伝えすることにした。
「ロゼッタの第一王女、ロザリア殿下のことなのですが、僕、あの方のこと嫌いなんですよ。世界の中心は自分なのよ! とでも言いたげなあの目といい、意地の悪そうな性格といい。王妃殿下の姉上だなんて、とても思えません」
「……そうか」
「僕の派遣、止めていただけますか?」
クライブ陛下は唐突に聞かされた悪口に、急に黙りこまれ、何やら考え出すような仕草をなさった。
もしかしたら『こいつは派遣には向いていない』と思われたのかも――と、心は躍るけれど、浮かれた心はそのまま地獄へと突き落とされた。
「いや、ますます適任だと思った」
「な、どうしてそうなるんですか!?」
陛下のお考えは、僕にはさっぱりわからない。
がっくりと肩を落としていると、後ろから柔らかい声が聞こえてきた。
「あれ、陛下にカイル。どうされたのですか?」
慌てて振り返ると、そこにはクライブ陛下の妻で、王妃のティア殿下がいらっしゃった。
月のような金の髪も、海のような深い青の瞳も綺麗としか言いようがない。
誰もが羨む美女とは、こういう方のことを言うのだと思う。
昔はなぜか地味で、お似合いにならないドレスばかり着てらしたけれど、最近は華やかでしっくりとくる衣装をまとわれることが増えたような、そんな気がする。
助け船のように現れた王妃様に、すがりつくように一歩踏み出して口を開いた。
「ティア王妃殿下、お聞き下さい。ロゼッタの兵指南の件、僕が行くことになりそうでして。殿下は、僕よりフランツ氏の方が向いていると、そう思われませんか?」
王妃様なら、フランツ氏を推してくださる。
そう思っていたのに、得られた返答は予想外のものだった。
「そうかしら、私はフランツよりあなたのほうがいいと思うけど」
「どうしてです?」
「カイルは、なんだかんだで優しいし、面倒見いいし。どんな部下も見捨てないでしょ」
にこりと微笑みかけてくださり、温かいお言葉をかけてくださるのは嬉しいことのはずなのに、なぜか今は全然嬉しくない。
視線を落とす僕の肩に、陛下は叩くように手を置かれ、真っ直ぐに僕のことを見つめてこられた。
「お前が三ヶ月間ロゼッタで兵の指南をすることで、二国の結びつきはより強固なものとなる。この大事な仕事を任せるに値するのはカイル、お前しかいないんだ。どうか、行ってはくれないだろうか」
そのお言葉に胸の奥が、燃えるようにじんと熱くなっていく。
ああ、この方はいつもこうだ。
命令さえしてしまえば部下は従うしかないのに、その特権を使わないまま、やる気のないやつに自らやる気を出させてしまう。
そして、結局最後には自分の思惑どおりに、ことを運ばせるのだ。
これが王の器ってやつなのかもしれない――なんてことを考えながら、右手をすっと上げて敬礼をした。
「ありがたきお言葉、その任、私目にお任せください」