変装
仮面舞踏会に誘われたものの、踊りを踊るなんて久しぶりだし、正直気乗りがしない。
心証を悪くせずにうまく断る理由を考え続けていたのだけれど、結局何一つ名案が思い浮かぶことはなく翌日を迎え、ジェームズ殿から仮面を借りる時間となってしまった。
「カイル殿、待たせてしまってすまない」
すっきりとしたグレーの衣装に身を包んだジェームズ中佐が、夕日を浴びながら城門前に現れる。
「いえ、僕は構いませんし、むしろお手間をかけさせて申し訳ないです」
いつもの軍服をまとっている僕が返事をすると、ジェームズ殿は目を丸くしてきた。
「衣装のほうは大丈夫なのか?」
「ありがたいことに、ヘレナ女王陛下が用意して下さったそうで。このあと部屋で着替える予定です」
ありがたいと言いながらも、思わず苦笑いがこぼれる。
衣装がないから、と断ろうと思っていたのに、ヘレナ女王に先手を打たれていたのだ。
「さすが女王陛下、抜かりがないな。そうだカイル殿、仮面を渡さないとな。とっておきのやつだ」
ジェームズ中佐は荷物を漁りだし、僕に差し出してきた。
「とっておきって、これ……ですか?」
手渡されたそれを、じっと穴が開きそうなほどに見つめる。
眼鏡のようなもっと小ぶりのものをイメージしていたのに、渡された仮面は思った以上にゴテゴテと装飾が施されていて大きい。
額から鼻までをすっぽりと覆えるほどだ。
「ああ。近頃はやりの小さいものじゃなく、これはしっかりと顔半分が隠されているだろう? 完全に目の周りが見えないぶん、色男を台無しにしてやった。それであとは、これ」
満足そうに中佐は笑い、今度はガラスの小瓶を取り出した。
「これは?」
小瓶の中にはクリームのような色がついた液体が入っている。
ふたを開けてにおいを嗅いでみるけれど、さほど匂いは感じない。
「もちろん染料に決まっているだろう。その銀髪じゃ誰だか丸わかりだしな。それで髪を染めていけば完璧だ。水で拭き取れば落ちるし、匂いもしないから安心してくれ。珍しい髪色をしている者は皆やっているんだ」
「どうしてわざわざそんなことを」
本当かよ、という言葉を慌てて飲み込んで、言い換える。
僕の問いに『愚問だ』とでも言いたげなジェームズ中佐は、ふふんと得意げに笑った。
「誰が誰だかわからないというのが仮面舞踏会の醍醐味だろう。こんな機会にロゼッタにいられるのは珍しいんだし、こういうのは楽しんだもん勝ちだよ」
――・――・――・――・――・――
中佐とは着替え後に会場前で集合することが決まり、急いで部屋へと戻って、髪を染めていく。
「これはすごいな。亜麻色になった」
鏡で自分の姿を見ると思っていた以上にしっかりと髪は染めあがり、色のムラもない。
はた目から見たら自然に見えるのだろうけれど、二十五年間銀色と付き合って来た僕としては、どうやったって違和感がぬぐえない。
銀髪ではない自分が不気味すぎて、なるべく鏡を見ないようにすることを心に決め、ヘレナ女王が用意してくれた黒の衣装に袖を通していく。
するりと肌触りのいい細身の衣装は、シンプルだがとても品がある。
よく見ると細かな刺繍や飾りが施されており、ヘレナ女王のセンスのよさを感じさせた。
「せっかくの服なのに、髪もちぐはぐだし、似合っているのかわかんないな」
鏡の前で仮面を目元に当ててみて、笑う。
「ま、気分を変えて楽しむとしますか」
自分に言い聞かせるように呟いて踵を鳴らし、大股で部屋を出ていく。
そのまま、ジェームズ中佐との集合場所へと足を進めていった。
会場の入口にはきらびやかな衣装と怪しげな仮面をまとった貴族たちの列ができていて、列の先頭の扉の前では兵士たちが一人一人顔と名前を確認していた。
「カイル殿、こっちだ。よく似合っているじゃないか」
中佐が僕を見つけて声をかけてきた。
「これは、似合っているんですかね。見慣れないからか気味が悪いのですが」
苦笑いをすると、ジェームズ中佐は両方の口角を柔らかくあげて静かに微笑んできた。
中佐の仮面は流行にのった細身の仮面だ。
繊細な模様と黒を基調にしたシックな色遣いが、彼によく似合っていた。
「いやぁ、ただの舞踏会じゃなくて本当に良かったよ。顔を隠していなかったらまた、私の人気が君に持っていかれてしまうところだった」
中佐は声をあげて笑い、僕たちは他の貴族たちと同じように列の一番後ろへと並んでいった。
それからは、入口のチェックで上官たちの登場に兵たちが慌てたというちょっとしたアクシデントはあったものの、待ち時間も少なく中へと入ることが出来た。
会場は、大理石でできた床がぴかぴかと輝き、上を見ると何段重ねなのかわからないほど巨大なシャンデリアが吊るされている。
壁も薔薇の国の名に恥じないほど色とりどりのバラの花で飾り付けられていた。
そんなきらびやかな会場にも関わらず、中にいる貴族たちもひけをとらないほどに華美なドレスや宝石のついた仮面で自らを飾り立てていて、目がくらみそうになってしまう。
「ああ、これは本当に誰が誰だかわかりませんね」
あたりを見渡して呟く。
目元が隠され、普段と髪の色が異なっているというだけで、正直なところ全員同じ人にすら見えてくるから不思議だ。
「気に入った娘がいれば誘ってみるといい。もしあとで君だと知ったら驚くだろうなぁ、どんな娘がお好みかい?」
ジェームズ中佐は楽しそうに笑うけれど、僕としてはそんなふうに笑える気には到底なれない。
残念ながら、気に入った娘はここにはいないんですよ。
そんな言えない言葉を苦笑いでごまかし、自分のことは口にせず、質問に対して質問で返す。
「ジェームズ中佐は共に踊りたい女がおられるのですか?」
僕の問いかけに、中佐は照れたように頬を掻いて笑う。
「踊りたいのはメアリーかな。私の妻だよ。うまく探し出せたら、久しぶりにまた、一曲目のワルツに誘ってみたいと思っている。この人数だし、見つけるのも骨が折れそうだが。まぁ、そういうわけで私は失礼するよ。それじゃ、またな」
中佐が一曲目にこだわっている理由は僕にはわからなかったけれど、きっと夫人との間に何か思い出でもあるのだろう。
愛する妻を必死に探し、キョロキョロとあたりを見回しながら足早に去っていくジェームズ中佐の後ろ姿を見つめて、僕は穏やかに微笑んだのだった。




