本音
目を伏せたまま、絨毯についた小さな染みをただただ見つめる。
はたから見れば、ぼんやりとした男に見えるだろうが、実際心の中は大荒れだ。
「カイル様」
僕の名を呼ぶ声が聞こえて、ゆっくりと顔を上げていく。
そこにいたのは、殺気に似たものを放ってくる赤髪の侍女だった。
「メリダさん……」
自分が思っていた以上に動揺していたのだろう。
声をかけられるまで、彼女の存在に気づけなかった。
赤みの強い茶髪を後ろにまとめた侍女のメリダさんは、睨みつけるように僕の顔を見上げてきて、淡々と話し出した。
「王女殿下のお声が聞こえましたが、あなた様は一体、何をされたのです?」
「足にお怪我をされていたので、手当てをしたまでです」
動揺を隠して、メリダさんに柔らかく微笑みかける。
幸いなことに王女様へのキスは未遂で済んでいるし、余計なことは言わないほうが得策だ。
メリダさんは、平静を装う僕の顔をじっと見つめてきた後、小さくため息をついて、憎らしげに睨みつけてきた。
「……そうですか。ロザリア王女殿下をならず者から守っていただけたことには礼を言いますが、そもそも王女殿下を外へなど連れ出そうとするから、そういうことになるのです。王女殿下が城下に行く意味などこれっぽっちもありません。二度と余計なことをなさらないでください」
意味はない、その言葉に少しばかり苛立ちが沸き起こるけれど、口論をしたところで時間の無駄でしかない。
僕は他国の兵士で、この国や王女の行く末を心配をする義務もないかわりに、それをできる権利もないのだから。
「これは、失礼いたしました」
貴族式の礼をして微笑みかけると、不愉快そうにメリダさんは僕を一瞥してきて、医務室の扉に手をかけた。
「カイル様。ここはノースランドではありません。どうかそれをお忘れなく」
吐き捨てるようにメリダさんは言い、医務室へと消えていく。
一方の僕は壁に背をつけ、その場に座り込んで天井を見上げた。
あの時、踏みとどまることができて、本当によかった。
もしキスをしていたら、大切な部下たちが罰としてどんな目に遭わされるか。
そんなの想像すらしたくない。
ひょっとしたら僕も、来週あたりクライブ陛下に殺されていたかもしれない。
そもそもその前に、この国を生きて出られるかどうかすら怪しいし、これでもかというくらいにキツい拷問を味わうことにはなるだろう。
さらには、ロザリア王女からも拒絶され、二度とその姿を見ることすら許されなくなる……
そう考える一方で、ロザリア王女の笑った顔やその香り、手首の細さ、足や頬の柔らかさを思い出している自分は相当頭がいかれている。
床に座ったまま視線を落とし、自嘲して笑った。
なぜあの人は王女で、僕は他国の兵士なのだろう。
国や地位の違いが、こんなにも僕の心を縛り付けて、邪魔をしてくる。
どんなに僕が彼女を孤独から救いたいと願っても、ノースランド出身の僕にそれは許されない。
そして、ロゼッタの次期女王が愛する人は、それなりの家柄、地位、実力がなければならないのだ。
他国の成り上がり貴族など、その目にもとまらないだろう。
だから、クライブ陛下を恋のお相手に選ぼうとしたのだろうか。
今も貴女は……陛下のことを想っておられるのだろうか。
……いつまでもここで考え込んでいても仕方ない。
自分らしくない自分に呆れ、ふんと鼻で笑いながら立ち上がる。
そしてふと、こんなことを思った。
地位や立場といった余計なことは何も考えずに、さっきのようなふとした衝動のままに彼女をこの腕に抱けたら、唇を奪えたら、どんなによかっただろうか、と。
僕はなんて馬鹿なことを考えているのだろう。
それではまるで、僕がロザリア王女のことを……
そこまで考えて、深く息を吐きながら思わず頭を抱えていき、苦笑いを浮かべた。
ああ。僕は本当にどうしようもない。
大嫌いだったはずの王女様を興味本位で調べているうち、いつの間にやらどこまでも深い恋の穴に落ちてしまっていたみたいだ。




