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ステージ上の魔法使い  作者: のりやす
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第3話 『ライバル登場』 その2

「新進気鋭の王道アイドルユニットとして学内では注目度が高い。リーダーは、あそこにいるアイツだ」



 司狼が自分のパートをしっかりと務めながらも周囲を見渡し指示を出している青年に目を向ける。



「リーダーの織田美琴(おだみこと)。世界各国で事業を展開し、ピュアホワイト企業とも名高く、一般学生が就職したい企業ナンバーワンである織田コンツェルンの一人息子。まあ、要するに御曹司だな。そのカリスマ性からか、ユニットのリーダーにも相応しいと評判がいい。俺ほどじゃないけどな」



「さりげなく自分をプッシュしないで。……織田美琴、ね。御曹司は御曹司らしく、経営学でも帝王学でも学んでればいいのに、なんでわざわざアイドルを目指してるんだか」



 この瞬間から、旭姫が持った、ステージで気品溢れる声で持ち前の歌唱力を活かしている男の印象は「物好きな奴」である。



「そんなことはない。アイドル戦国時代では、御曹司や社長令嬢がアイドルをやることなんて、ざらにあったんだから」

「それって企業の広告塔ってことでしょ?」



 そう考えると、新ユニットのリーダーとやらが、大人の事情に巻き込まれてしまった可哀想な人物にも見えるから不思議だ。もっとも、彼の優美な微笑みからは、そんなこと微塵も感じられないが。



「ねえ、女の子が、いるんだけど……」



 舞台に見惚れていた眞白がようやく口を開いたかと思ったら、それは素っ頓狂な疑問だった。

 男性アイドルユニットに、女性がひとりでもいたら荒れてしまうだろう。ロックバンドやミュージシャンならともかく。



「彼女……じゃなかった。彼はれっきとした男だよ。瀬ノ尾夕(せのおゆう)と言えば分かるだろう」

「ああ、あの……」



 名前を聞いて思い出したのは、眞白ではなく旭姫の方だ。眞白はまだ分からないというように首を傾げている。ファンになったアイドルはとことん知ろうとするが、それ以外は覚えていないのが眞白らしい。

 瀬ノ尾夕。少し前まではソロでデビューを目指し活動していた人物だ。

 基本自分の所属するユニット以外どうでもいいというスタンスの旭姫が覚えていたのは、何も彼に注目していたからではなく、彼の活動が少々特殊だったからだ。

 瀬ノ尾夕は、あまり『魔法』というものが使えなかった。『魔法』が使える者にも、能力の差はある。いわゆる『魔力』とでも呼ぶべき能力が、瀬ノ尾夕にはあまり内在していなかったらしい。

 それでもアイドルを目指したい彼は、四苦八苦しながら試行錯誤を繰り返したのだろう。

 旭姫の記憶の中にある彼は、ステージの上で、ひらひらふりふりしたアイドル衣装に身を包み、女の子がキュン♡とするような甘酸っぱい恋の歌を歌っていた。



 いわゆる、「男の娘アイドル」というやつだ。



 『魔力』はあまりないものの、『星影学園』が男女別に『魔法アイドル学科』を設置していることもあり、むさ苦しい男ばかりの空間に咲く一輪の造花は結構ちやほやされていたはずだ。

 そんな彼がソロ活動を投げ出してユニットを組んだ。それだけで、『Bell Ciel』は期待値の高いユニットであると判断されたのだろう。



「ちなみに、彼が今着ている衣装はスカートのように見えるが、キュロットっぽいな」



 どうでもいい情報も司狼が律儀に教えてくれる。



「確かに、スカートだったらもっと動きにフェミニンな甘さが出てくるかもしれないし、何よりよく動くステージではパンチラが危ないよね」

「旭姫の口からパンチラって言葉が出てくると、すごく微妙な気分になる……」

「……うん。眞白は黙ってステージに見惚れててくれればいいから」



 邪険な扱いを受けて少ししゅんとしてしまう眞白である。



「それにしても、司狼ってどうでもいい情報にまで詳しいよね」

「これでも、一応学園長の息子だ。それにユニットのリーダーともなれば、営業力は大事だ。そして営業力には、記憶力が欠かせない」



 だから些細なことも覚えておきたいのだと司狼は言う。一見何の苦労もせず親の金とコネと生まれ持った素質でここまでのし上がってきたように周囲からは思われがちな司狼だが、常に努力を欠かしていないことは、ユニットのメンバーである2人だけが知っている。

 旭姫が感心していると、「ああ、でも」と司狼が逆説を付け加えた。



「センターにいる奴のことは、あまり詳しく知らないな。何しろ、最近学園に転校してきたばかりの奴だから」



 知っているのは名前だけだと、司狼は言う。

 しかし、その名前は、司狼に言われるまでもなく、旭姫も知っていた。




 ――鷲崎空翔(わしざきあきと)




 転校生で、名前以外はすべて未知数でありながら、今最も注目される学内ユニット『Bell Ciel』のセンターに抜擢されている。それだけで、彼に実力が備わっていることはよく分かる。



 そんな彼は、リハーサルでもセンターに立ち、サビ前の特徴的なパートを歌い、踊っている。



 言葉にしてしまえば陳腐なものだが、空翔は人の目を惹きつけて離さない「何か」を持っていた。



 彼が笑顔を見せる度に、その笑顔を向けられた誰かは心をわしづかみにされ、揺さぶられるのだろう。

 彼が一歩踏み出す度に、自分の前へ進みたくなるような勇気を与えられるのだろう。

 彼が手を伸ばす度に、彼の前に開かれた輝かしい未来を、ファンは想像するのだろう。



 太陽を浴びてまっすぐに育った草花のような眩しい煌めきを、鷲崎空翔は持っている。

 人好きのする天真爛漫な性格を、鷲崎空翔は持っている。




 彼はまさに、生まれながらにアイドルで、アイドルになるために生まれてきた存在のようなものだ。




「……きらきら、してるね」

「ああ、そうだな」



 司狼も眞白も、一瞬で鷲崎空翔の天性の才能を見抜いていた。見抜いた上で、彼がセンターを務めるステージに見惚れていた。



 その事実に、旭姫は爪がてのひらに食い込むほど拳を握りしめ、唇を噛みしめる。けれど、そんな旭姫の行いにメンバーは気づかない――気づいているのかもしれないが、触れてこない。

 あんな奴、この学園に転校してこなければいいと思っていた。実際、自分は彼が転校してこないように手を尽くしていた。



 なのに、アイドルになるべき人というのは、自分のちっぽけな工作を乗り越えてアイドルになるよう、運命づけられているのだろうか。



「……くだらない。素人丸出しのパフォーマンスにしか見えないよ」



 別に焦っているわけじゃない。自分は鷲崎空翔に負けることはない。ちゃんと根拠を持って旭姫はそう断言できる。



「司狼も眞白も、行くよ。外に学園の車を待たせたままだ。僕達に油を売ってる暇なんかない。……それに、あんなユニット、気にかけるほどでもないよ」




 鷲崎空翔という欠陥がある限り、彼らが僕達を差し置いてトップに踊り出ることはない。




 苦々しい表情でステージから――正確には、ステージの中央で踊る鷲崎空翔から――目を逸らしながら、追いかけてくるメンバー2人と共に、旭姫はライブ会場を後にした。


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