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ステージ上の魔法使い  作者: のりやす
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第8話 『不穏な雲行き』 その1

 合宿から帰宅して、しばらく『プレライ』の予定はないからとルーチンワークのようなレッスンをこなす日々を送っていた『Nacht』に、急遽呼び出しがかかった。



 呼び出してきたのは、司狼の父親――つまりは『星影学園』の学園長で、いわば学園十のアイドルユニットの総括マネージャーのような人だ。



「「「失礼します」」」



 重厚な扉を軽くノックする。奥から「入ればいい」という声が聞こえたところで、司狼がドアノブを捻る。



 三人は既に何度か学園長室に入ったことがある。そのどれもが、何かをやらかしたせいだとか、お叱りを受けるだとかではなく、ライブの申請や今後の活動といった事務的なことばかりだった。今回も同じことだと思えば何ら緊張する要素など存在しないはずなのに、なぜか旭姫は部屋に入る前にごくりと唾を飲み下してしまう。司狼は指先が震えているし、眞白も表情が強張っていた。



 それくらい、学園長の声には、重みがある。この人が少し前までは、観客を前にして笑顔で歌って踊っていただなんて、嘘みたいだ。



 学園長室には、彼の威光が存在を主張しているみたいに、当時曲やグループを評価する大賞のトロフィーが並んでいる。壁には数点だけポスターが貼られており、それだけが、彼がかつて笑顔を振りまく人間であったことを保証していた。



 ポスターの中で、天生目秋彦と木虎空が、こちらに笑いかけている。



 ――天生目秋彦は、自分がアイドルだった時代の幻影を追っている。



 昔、司狼がよく口にしていた言葉を旭姫は思い出す。



「三人とも、よく来てくれた」



 天生目秋彦は、艶やかな黒髪と、鋭い眼差しは司狼に似ているけれど、根本的なところに、司狼とは違った何かがあるのかもしれない。例えば、同じ黒でも、呂色と濡羽色が違うみたいに。



 豪奢な椅子でゆったりとくつろぐ学園長を前にして、三人は一列に並んだ。彼は手早く印刷された資料を手渡してくれる。ざっと目を通すと、資料はこの前発売した『Nacht』の関連書籍の売れ行きを示しているのだと分かる。グラフは右肩上がりで、もうすぐこの前撮影を行ったオフショット写真集も発売される。



「『Nacht』は『プレライ』も既に七回成功させている。特集が組まれている雑誌や写真集の売れ行きも良い」



「それで、今日呼び出した目的は? まさか、父さんが俺達を褒めるためにわざわざ時間を割くわけ、ないですよね?」



 本題に入ろうとした司狼に、秋彦は一瞬だけ目を向け、それからすぐ、視線を旭姫の方へ戻した。



 司狼の声が、聞こえていないわけではないのだろう。ただ、この親子の間には、話に聞いている以上に複雑な感情が、きっと存在しているのだ。



「お前達のデビューが、もうすぐそこまで来ているということだ」



 秋彦はいつも、司狼ではなく、旭姫を愛おしそうに見つめて話す。正確には、旭姫ではなく、旭姫の瞳を。



「今回、テレビ局から案内が来ている。この『星影学園』を……魔法を使えるアイドル養成所とやらを、テレビで紹介したいということだった」



 アイドルに「魔法が使えなければならない」けれど「人を危険な目に合わせてはならない」という制約がつき、その数が減ってからというもの、歌番組やバラエティなどからアイドルの姿は減った。たまにこうして、学校紹介の映像に出してもらえる程度だ。今回は、アイドルとして世間に見てもらえるいい機会になるだろう。



「ただ、毎回似たような紹介の方法では、つまらない」



 珍しい提案だった。何かにこだわって、昔をもう一度やり直したい。そんな思いから『Nacht』というユニットを作り上げたに違いない彼が、何か新しいことをしようだなんて。



 司狼も気になったのだろう。「どういう風の吹き回しだ?」と率直に尋ねていた。最も、彼のそんな疑問も、学園長には無視されてしまっていたのだけれど。



「今回は『プレライ』を映像で中継しようという話になった。向こうからは事故などの懸念が出ていたが、お前達なら概ね大丈夫だろう」



 『プレライ』の中継。『プレライ』ではないが、魔法を用いるステージの中継は、数年に一度の割合で行われる。眞白が学園に入って来た時には行われなかったので、最後に行われたのは旭姫が受けた年の学園オーディションだろう。



「期待しているぞ。ここをこなせば、残る『プレライ』は三回だ。デビューが近づく」



 秋彦は旭姫にだけ目を合わせてそれだけを言い、三人を退室させた。



 彼のことは嫌いではないが、向かい合えばやはり緊張してしまうし、露骨な私情には旭姫もほとほと困り果てている。司狼は「いつものことだ」と呆れながら、それでも何かを期待し、縋るような表情で、既に閉ざされてしまった学園長室の扉を振り返る。



 眞白はそんな司狼を見ていられないと思ったのか、先ほどもらった資料をぱらぱらとめくる。渡された資料は二種類。うちひとつがここ最近の『Nacht』がはじき出した売り上げについてで、もうひとつが、『プレライ』中継の企画書だった。



「……ページの、最後」



 ここ、と眞白は文字を指さす。



 ページの最後には、『プレライ』中継の出演ユニット一覧が印刷されていら。



「そうか。『Bell Ciel』も出るんだね」



 旭姫が眞白の意図を組んで返すと、彼は嬉しそうに頷いた。夕と友達になり、合宿でも美琴と何か会話を交わすことができたらしく、ここ数日の眞白は「新しい友達ができた」ととても楽しそうに毎日を過ごしていた。



 七回目のプレライまで、のんびりしている時間も惜しい。せっかく、テレビの向こうの観客に、自分達のパフォーマンスを披露できるのだから、とびっきりのステージにしたい。



「とりあえずは、この後にミーティングだな。いつもの場所で」



「またあそこなの? いい加減埃っぽいしかび臭いの嫌なんだけど」



「大丈夫だ。俺が月に何度も掃除をしている。それでも何ともならない部分は諦めろ」



「……おなか、すいた」



 司狼は先ほどのことなど何も気にしていない素振りで旧校舎に行き、いつも通りにミーティングを始めた。



 学園長室に来る前には晴れていたというのに、廊下の窓から見上げた空は、いつの間にか曇っていた。


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