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ステージ上の魔法使い  作者: のりやす
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第2話 『魔法が存在する世界』

 この世界には、『魔法』というものが確実に存在している。



 最初に『魔法』が発見されたのは、20××年の日本においてだった。



 とある主婦が子供のためにおやつのケーキを作ろうと、生クリームを泡立てていた時に、事件は起きたのだという。冷えたボウルに入った生クリームにステレオタイプの泡だて器をぶっさしたところ、瞬時に泡立てられてしまった。まさに時間の早送り。最初は何が起こったか分からない主婦だったが、「きっとそういうこともあるのだろう」「何らかの化学反応が起きて液状であった生クリームに何らかの影響があり何らかの理由で泡立ったのだろう」という適当さで片づけてしまった。



 もし、『魔法』の目撃者がその主婦だけであったなら、『魔法』はこれほどまでに世界中から認知される存在ではなかったはずだ。『魔法使いが大量発生』するという現象は、その主婦を筆頭にして、世界各地で見られるようになった。



 当時、科学至上主義であった世界は混乱を極めた。科学者達は我先にと研究に乗り出そうとし、『魔法』に科学的説明を付けようと躍起になった。現代でも『魔法』が発生する詳しいメカニズムは知られていないが、『魔法』の大きさに関与するものや『魔法』が使えるようになる素質について、少しずつ紐解かれているらしい。



 もちろん、『魔法』について研究し、コメントし、社会に影響を与えたのは科学者だけではない。法律家や立法者は『魔法』で世界が混乱することのないよう、早急に法律を整備する必要があったし、実際、それは早急に実行された。



『魔法』を使って人の心に影響を与えてはならない。『魔法』を使って過去の改竄を試みてはならない。エトセトラ、エトセトラ。



 規約が大量につくられ、発見後すぐに慎重な扱いを迫られた『魔法』ではあったが、法に触れない細やかな範囲であれば、便利なものとして重宝された。ある意味、主婦の節約術だとか、ウラ技だとか、あるいはびっくり化学実験だとかと似たような扱いだったのだろう。





 とりわけ『魔法』が重宝されたのは、エンターテイメント業界だ。



 特に人気だったのが、『マジック・ライブ』(略して『マジライ』)と呼ばれる、魔法とライブを組み合わせたアイドル達のステージだ。



 当時はアイドル戦国時代とも呼ばれ、様々なアイドルが氾濫していた。どれほどアイドルを愛し、追いかけ、信仰している人であっても、「そんなに覚えられねえよ」という諦めの溜息が思わず漏れてしまいそうなほど、アイドルユニットがたくさん存在する時代だった。そんな時代に終止符を打ったのが『魔法』の発見だったのである。



 見た目に華やかな演出が取り入れられた特別な、それこそ『魔法』のようなライブに、人々は夢中になった。『魔法』が使えて初めて、アイドルは生き残り、舞台に立つことができた。



 最も注目を集めていたのが、『魔法の歌姫(ソルシエール)』と呼ばれるようになったとある女性アイドルだった。彼女が出演するステージはいつも満員御礼。息を吐く間もなく、彼女はトップアイドルへの花道を突き進み、トップアイドルへの階段を駆けあがっていく。



 そんな最中、事故が起きた。彼女の一世一代の晴れ舞台でのことだった。



 彼女の『魔法』が突如暴走し、本人を含めた死者2名、そして負傷者100名超の大事故を引き起こしたのだ。



 『魔法』が暴走した原因とされたのは、彼女の心の動揺だった。



 彼女は既に結婚していた。結婚報告を受けたファンの中には一部荒れる過激派も見られたが、多くのファンが彼女の幸福を祝福した。夫はマネージャーをしていた男性だった。しばらくは活動を休止して育児に専念していた彼女の復帰ライブ。そんな彼女がライブ前に聞いてしまったのが、息子の小児喘息が悪化し、病院に運ばれたというニュースだったらしい。



 この事件以降、『魔法』の使用にはメンタル面が大きく影響しているのだという説が、研究者の間で強く主張されるようになる。



 専門家の中には『マジック・ライブ』自体を全面禁止にすべきだという意見も出たが、市民の娯楽はそう簡単に奪えない。



 その結果、少し前に設立された『魔法省』が、いくつかの専門学校を立ち上げることを決定。そのうち、『魔法』が使えるアイドルの育成を、私立の芸能学校に委託した。既に芸能人育成に力を注いでいた『私立星影学園』に魔法が使えるアイドルを育成することを目的とした学科ができたのだ。



 そこでは男女ごとに校舎が別れており、アイドルを目指す若者たちは、ソロデビューを目指す者も、校内でユニットを結成し活動を始める者も、すべからく知識を吸収し、精神を鍛える。



 『星影学園魔法アイドル科』の特殊なカリキュラムは、学校が管理している『プレ・ライブ』において、計10回以上合格点を叩き出さないとデビューできないという点だろう。『プレ・ライブ』では、ライブの直前あるいはライブ中に、何らかの困難が学園側によってもたらされる。その困難に動揺することなく対応でき、かつライブを成功させなければ、『マジック・ライブ』をするなどもっての他ということなのだろう。



 生徒たちは皆、10代や20代と若く、未熟で、様々な試練や困難に堪え切れず、脱落していった者も多かった。



 十回もの『プレ・ライブ』を成功させ、学園の卒業に至ったユニットは、今のところ、一組もいない。



 そんな中で、『プレ・ライブ』を既に5回も成功させ、一般人にも周知され始め、『魔法の歌姫に一番近い位置にいる』という畏怖と尊敬を込め「『トップ・ソルシエ』に最も近いユニット」と称されるアイドルユニットが存在した。



 そのユニットの名は、『Nacht』という。ドイツ語で「夜」を意味するユニット名だ。メンバーは学園長の息子である天生目司狼、魔法の扱いに関しては学園トップを誇る木虎旭姫、アイドルに関してはほぼ素人にも関わらず天性の才能によって特別奨学生枠を獲得した犬色眞白の3人。



 『プレ・ライブ』においては、いかにライブといえども、観客の数はほとんどいない。魔法のトラブルに対応できる教師か、『一般人(この場合、『魔法』を使えない者という意味だ)』に閉ざされた学園内のアイドルについて伝える職業に就く者が、万全の安全対策を持して鑑賞するだけだ。彼らはライブを吟味し、点数をつける役割を担っているに過ぎない。『プレライ』には、ステージに立つアイドル達と一体になってライブを楽しもうとする観客など、どこにもいない。



 だから、いかに『トップ・ソルシエ』に一番近い者達と称されようとも、彼らが立つステージの観客席は、まだ観客で埋め尽くされたことがない。



 今日の『Nacht』の『プレライ』は、ライブ直前に記者の無茶ぶりによってインタビューに答えなければいけなくなるという、意外と小さな困難付で、それも難なく乗り越えた。



 あと5回。あと5回だ。

 あと5回の困難を乗り越えれば、彼らのライブが行われる観客席は、きっと光の海になる。


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