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ステージ上の魔法使い  作者: のりやす
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第6話 『あの日の約束』 その1

 新人教育、という言葉がある。文字通り、機関が研修などを催すことで新人を使えるレベルにまで育て上げる。古くから、日本にとどまらず世界において、新人教育という課題に人類は四苦八苦してきた。新入社員合宿だの、マナー講座だの、OJT制度だの……。様々な様式が発明され、さながら人体実験の如くあちこちで実践されていた。



 もとより、人を育て上げる方法に、明確な正解など存在しない。



 現在進行形で、多くの機関が血と汗と涙を流しながら、新人を教育するにベストな形を模索し続けている。



 そして、それは『星影学園』でも例外ではない。



 『星影学園』には、既に何度か『プレライ』を成功させたユニットが、新しく結成されたユニットの面倒を見る制度がある。新ユニットが前座という形をとり、別ユニットのライブに出演する。いわば新ユニットが演出やMCなどの指導およびサポートを受けられる『合同プレライ』のようなものだ。



 という制度が存在することを、『Nacht』は今この瞬間に初めて知った。



 なぜなら、今までその制度が使われることなく、細かな校則の片隅でひっそりと眠っていたからである。

 どのユニットも、自分達の『プレライ』に必死で、他のユニットに構っている暇などどこにもなく、使う者のいない制度だった。



 けれど、今その制度を使う余裕のあるユニットは、学内に二組、存在していた。

 指導者側として、既に六回もの『プレライ』を成功させている『Nacht』

 新ユニット側として、その『Nacht』と同等の実力を持つと言われている『Bell Ciel』

 彼らなら、この制度を用いた『合同プレライ』すら、難なく成功させてしまうように思えたのだが――。




「却下だ! 却下!」



 そう喚きながら、『Nacht』が誇るべきリーダー、天生目司狼が椅子を蹴り上げた。折り畳み式のパイプ椅子が見るも無残な音を立てて横になる。



「随分と足癖が悪い。アイドルは身体が資本だというのに、自分から身体を傷つけるような真似はしない方がいいよ? 足は無事かな?」



「てめえほど足癖悪くねえよ! この腐れ御曹司が!」



「『腐れ息子くん』にはそんなこと言われたくないんだけどね……。そんなにかっかしていると、アイドルらしいお顔が台無しだよ? ほら、スマイルスマイル。僕達の持ってきたお菓子でも食べてよ」



「うるせえ! こんなお洒落の代表みてえな洋菓子持ってきやがって!」



「……司狼、落ち着いて。どうして舞台上じゃないのにそんな性格になってるの……。それにマカロンに罪はないでしょ……」



 場所はいつもの旧校舎の一室。時間は授業も終わり、麗らかな陽射しが降り注ぐ放課後。いつもと変わらず、『Nacht』は次の『プレライ』に向けてざっくばらんなミーティングを終えてからは、本を読んだり、新曲の構想を練ったり、ひなたぼっこをしたりと、思い思いの暇潰しを楽しんでいた。



 そこにやって来たのは、菓子箱を持った王子様達――ではなく、菓子箱を携えたひとつの嵐、『Bell Ciel』の三人だった。

 出迎えた眞白がどう対応すればいいのかおろおろしていると、夕が持っていた菓子箱を「これ、手土産です」と差し出す。

 それから、美琴が一歩前に出て、周囲を見渡し、司狼に視線を定めると、素敵とも不敵ともとれる笑顔でこう言った。



「君達にお願いがあるんだけど、いいかな?」



 そして、冒頭に戻るというわけだ。

 司狼はさっさと追い返そうとしたのだけれど、旭姫が宥め、教室の中央にある古びた木製の長机に三対三で座らせるところまではできた。



「……おいしいし、可愛い」



 眞白が机の上にあるマカロンを口に放り込み、呟く。そのマカロンは動物の形を模している、色とりどりでラブリーなものだ。目で楽しみ、舌で味わうためのフェミニンな洋菓子。

 そのチョイスは、夕によるものだったらしい。



「よかった! それ、私の行きつけのお店のマカロンなんです! 眞白さんに気に入っていただけたみたいで、嬉しいです」



「喋り方は、そのまま……?」



「一応、他の方の目もあることですし……」



 マカロンを夢中になって頬張る、本能だけで生きているような眞白と、そんな彼を微笑ましく見つめる夕。



 その隣の席では、互いのリーダーがぴりぴりとした空気を醸し出していた。



「『息子くん』は日本語を理解できないのかな? 僕はちゃんと『合同ライブがしたい』って発音したつもりなんだけど。よかったら『息子くん』が普段使用してる言語を教えてくれる? 地球上に存在しかつ僕が使用可能な言語なら対応するから」



「うるせえうるせえうるせえ! さっきから何なんだてめえは! お願いしにきた!? ざっけんな! ただ喧嘩しに来ただけじゃねえか! 帰れ! 今すぐ帰れ!」



「……司狼、落ち着いて」



「……美琴さん、俺ら、『Nacht』に頼み事をしに来たんですから、煽るのは止めましょうよ」



 頭を抱えながら、こちらもリーダーの隣にいた旭姫と空翔が小声で彼らを止めようとする。一触即発とばかりに席を立ちかけていた彼らが、制服であるブレザーの裾を引っ張られてすとんと座る。



「あ、あの、お願いというのはですね……!」



 ようやく自分の隣の異変に気がついた夕が、美琴を庇うようにして、ぐるぐる唸っている司狼の視線を自分の方へと逸らした。



「一応、美琴さんも伝えたと思うんですけど――」



「あぁ!? てめえも俺の日本語が日本語じゃねえって言いてえのか!?」



「ひ……っ! ちちちちち違い、まして……っ!」



「……司狼、女の子には、優しく」



「眞白、何か勘違いしてるようだから言っておくけど、夕くんは女の子じゃないからね?」



 三者三様思うように言葉を発してしまうから話が進まない――が、ここで男もとい男の娘瀬ノ尾夕が勇気を見せる。



「み、美琴さんが伝えたように……っ! オレ……じゃなかった……私達『Bell Ciel』は、『Nacht』と共に合同ライブを開催したいと考えておりまして……っ!」



「おい、『クソ御曹司』。てめえんとこの人間の方にこそ日本語を教えるべきじゃねえのか?」



「失礼だなあ。どこぞの育ちのなっていない『クソ息子くん』がうちの夕に脅迫的な態度をとるから、取り乱して日本語が私利死滅になってしまっただけでしょう?」



「ご、ごめんなさいっ!」



 びくつきながらも、何とか話を進めようとするあたり、合同ライブ開催に何より思い入れを持っているのは夕なのかもしれなかった。



「私は、眞白さんと同じ舞台に立ってみたいって思ったんです」



 夕の決意を込めた一言に、疑問を呈したのは旭姫だった。



「それだけ? 『Bell Ciel』はたった一人のメンバーの私情だけで動くユニットなの?」



「もちろん、それだけじゃないよ」



 まだ威嚇を止めない司狼を「しっし」と追い払う仕草をして続けたのは美琴だ。ちなみに、殴りかかろうとした司狼は眞白に止められた――というよりは、眞白にヘッドロックをキメられて、落ちた。



「『姫ちゃん』が言いたいことは、僕達『Bell Ciel』がどんなメリットを期待して今回の行動を起こしたのかっていうことでしょ? もちろんメリットはある。僕達『Bell Ciel』は結成されたばかりの新人ユニットで、『箱』がないんだよ」



 ひと昔前、すなわちまだアイドルが観客の前でライブパフォーマンスを披露していた時代には、この季節――秋に、一番多くの『マジライ』が開催されていた。文化活動の一環ということなのだろうか。ツア

ーライブもあったし、野外ライブも多かった。



 そして、それは現代でも例外ではない。観客の有無はともかく、『プレライ』の申請が一番多い季節は、相も変わらず秋なのだ。



「この季節になると、色々なユニットの活動が活発になってくるね。星影学園女子部に所属するユニットなんかも合わせると、どうしても箱は不足してしまう」



「そんなはずはない」



 いつの間にか人類もびっくりの回復を見せていた(もちろん眞白が手加減したということもあるのだろうけれど)司狼がすかさず口を挟んだ。一度意識を手放したことで頭も冷やされたのか、口調もライブ時のそれではなく、普段、日常生活を営む時のものに戻っている。



「『Bell Ciel』は今や『プレライ』で俺達『Nacht』と同得点を叩き出すほどのユニットだ。学園もそれを考慮して融通するはず……少なくとも、俺の親父なら優遇して箱をとるはずだ」



 それに……と、司狼の口出しに、旭姫も続いた。



「君達の言う『合同のプレ・ライブ』にはデメリットも多くある。例えば、前座になるユニットは、どうしてもその後にライブするユニットと比べられたりね」



 そこで切って、旭姫は意味ありげに美琴へと視線を向けた。美琴はと言えば、腕を組んで何かを考えている――否、何かを考えているのは振りだけで、内心では既に答えを決めてここに来ているのだろう。



 合同でライブをする限り、どうしても観客はユニット同士で比較してしまう。ひと昔前であれば、ユニットのファン同士が揉め、「推しage他sage禁止」などという暗黙の了解が作られていたらしいのだが、『プレライ』はどうかと言えば、パフォーマンスの採点が前提にあることで、採点者である観客はユニット同士を比較せざるを得ないのだ。



 だからこそ、『星影祭』では『Nacht』のパフォーマンスがラストを飾っていた。実質学園トップの実力のあるユニットのライブの後で、他のユニットのパフォーマンスが霞んでしまわないように。



 もっとも、『星影祭』の『プレライ』は、中盤にパフォーマンスを披露した新人ユニットと同店一位という、『Nacht』にとっては屈辱的な結果に終わってしまったけれど。


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