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第05話 男装少女の初めての冒険 Ⅲ

 地を蹴って全力で接近する。双剣のような超近接武器で、見通しの良い広場において奇襲の失敗は大前提だ。

 悠然と歩く狼が倒れている女の子にとどめを刺す前に、庇う事の出来る距離まで近づければそれでいい。


 既に戦意のない者に脅威を感じていないのか、狼は非常にゆっくりとした動きだ。

 そうして、隠密性を犠牲したその接近は間に合った。倒れていた子に近づく前にその間に割って入ることに成功する。人間を侮っているかの様な態度が気に食わないが、間に合ったのだ。

 

「……え? だ、誰、なんでしょうか?」

 

 背後の少女からは、突然現れた私に対する戸惑いの声が聞こえる。

 狼もまた私の存在に気がついたのか、大きく後ろに跳躍して驚いた様子で私を見つめてきた。

 

 明らかに私より一回り大きく、そして今まで見た魔物のとは比べ物にならないほど力を秘めていることが察せられる。

 数秒もしない内に乱入者である私の実力を測りきったのか、自然体へと戻って興味深そうに観察してくる。

 次の瞬間には飛びかかられているかもと思ってしまい怯みそうになるが、必死に堪えて睨みつける。

 

「ははっ、遅れてくるのは正義の味方ってね。僕が来たからにはそう簡単にやらせないよ、狼」


 姿勢を落とし、双剣を構える。冷静になって敵の初動を観察する。1対1なら突っ込んで接近戦に持ち込むが、後ろの女の子から下手に離れると狙われる可能性がある。故に全力でのカウンター狙い。

 

 森に入ってからカウンターと逃走しかしていないな、と思わず自重しパーティーを組まなかったことを改めて後悔するが後の祭りだ。

 

 後ろに倒れている少女は1人でここまで来たのか、或いは仲間が既に死んでしまっているのかは分からない。だが、先ほどの聞こえた音が爆発音だけである点と、魔法使いだけが生き残っている事を考えればおそらく前者。

 

 つまりソロでかなりの実力を持つプレイヤーが1分程で負けたことを考えると、隔絶した戦力差を察することが出来る。

 そもそもこの森は最初の草原より適切レベルが高いのだ。そしてその奥にある、隠しボスのような敵にたどり着けている時点で実力はあるといえる。


 そんなプレイヤーが、目の前の狼には負けているのだ。警戒してし足りる事はない。

 

 CDが3分であるギフトは使えない。ギフトは行動終了時には数秒の反動で動けなくなり、しかも発動は『双剣で攻撃する為の』モーションである必要があるが、明らかに目の前の狼は簡単には倒せない。

 下手に使った時点で敗北が確定してしまうのだ。

 

 相手の手札が分からない時点で切り札を使うのは愚策だ。まずは出来るだけ時間を稼いで、相手の出方を見る必要がある。

 そう考えて警戒しながら観察していると、狼がおもむろに口を開いた。

 

「呵呵、今日はよく客人がやってくる日だのぉ。なんじゃお主は、その女子(おなご)の仲間か?」

「……喋った? 魔物が喋るとは聞いたことがないね。それに人の名前を尋ねるときは自分からって教わらなかったのかい?」


 流暢な日本語で狼が喋っているように見えなくもないが、どう言う構造になろうとも無理なものは無理だ。狼が喋っているかの様に見せかけ、他の何かが喋っているかのように感じられて気味が悪い。非常に出来の良いアテレコだ。センスは最悪だが。

 狼が人語を介せるとはどう言う仕掛けかは正確には分からないが、口の動きと台詞が連動して逆に違和感が凄まじいのだ。

 

「そう睨むなよ、坊主。まさか知らずにこの場所に入り込むのが2人もいるとは思わなんだが、中々どうして興味深いのぉ。まあいい、その女子(おなご)、名乗りもせずに襲いかかってきてな。どっちにしろ殺す前に教えてやろぉ思ぉてたところよ。とは言っても俺等精霊に名前はないんじゃがな。強いて言うなら風の精霊、といったところかのぉ」

 

「風の精霊? 魔物じゃなくてか?」

「その通りじゃよ。全てに平等に試練と加護を与えるこの世の風の精霊じゃ。そしてこの異界は、全ての森の中であって外である場所、試練の場所じゃ。お主にもお主の道があるんじゃろうが、この場に来たからには試練を受けてもらうからのぉ」


 そう言って狼は楽しそうにぐるぅと唸った。思わず頬が引きつる。

 グランドクエストが存在することは運営が仄めかしていたが、その実態は何1つ明らかになっていなかった。だがこの狼はたかが難易度2程度のマップにしては明らかにイレギュラー。『全ての森の中であって外である場所』など、妙な事を喋っている。

 雰囲気から察するに、ゲーム開始初日に来るような場所ではないことだけは察せられた。

 

「明らかに勝てない相手を無理矢理けしかけて、試練だなんだていうのが精霊様のやることなのかな?」

「呵呵、安心せい。試練は挑戦者によって姿を変える。逆に言えば強けりゃ良いって問題でもないがのぉ。肝心なのは気づくことじゃ。さて、そろそろ準備はいいかのぉ?」


 そう言うと、狼はこの森全体に響かせんとばかりの雄叫びを上げた。その直後、瞬間的に狼の足元に大きな緑色の魔法陣が展開される。

 草原で軽く見ただけだが、プレイヤーの使う魔法の10倍は軽くある。発動前に潰す事も考えたが、とてもではないが実行出来る速度ではなかった。こうなってしまっては距離を取って効果を確かめたほうが安全だ。

 

 数秒ほどで魔法は完成すると、狼を中心に渦を巻くように風が集まり始めた。飛ばされることは無くとも、踏ん張らなければ体勢を崩してしまいそうになる程の圧倒的な暴風だ。

 数秒ほどですぐに風は収まった。だが──

 

「なに、その風……」


 今の吸い込み程では無いにせよ、それなりに強い風が狼から吹いている。縦横無尽になびく草がその強さを物語っていた。

 狼は私の問には答える気は無いとばかりに唸ると、私を中心に大きく円を描くように回り始める。やがては広場の周りの木々をも利用した三次元的な動きになった。その速度は圧倒的で、どこから攻撃が来るのかが分からず全方位の警戒が必要になる。

 

 初手で使うつもりはなかったとはいえ、これでギフトは封じられた。相手がどのような攻撃を行ってきて、私はそれに対しどのような反撃を行うかをイメージする必要があるのだ。だが、早すぎるその狼の攻撃を捉えることが出来ず、仮に出来たとしてもイメージしている間に攻撃を受けるだろう。

 

「来ます!」

 

 背後からの声。

 声に導かれるように体を前に投げ出した。直後、右前方から狼が突進のよって私が元いた場所が抉れる。受け身を考慮せずに飛んだ為地面に体が叩きつけられたが、気にせず横に転がって距離を取ってから立ち上がった。

 

 風を纏った巨大な狼の攻撃だ。もともと守備に寄った立ち回りをしていない以上、育っていない能力値の1つの守備力では受け止めていたら死んでしまっていただろう。


 狼の姿を探すと、狼が体の向きを変えて再び私を中心にぐるぐる回り始めたところだった。

 

「くそっ」


 思わず悪態をつくが反撃の手口はつかめない。

 思考が空回りして数10秒後、妙な気配を感じて全力で回避行動を取る。一瞬遅れて私がいた場所を狼の爪がえぐった。

 即座に反撃しようと剣を振るうが、既に全力でその場を離れていた。ヒットアンドアウェイを堅実に行っているのだろう、やりにくくってしょうがない。

 

 とてもではないがカウンター出来る速度ではないはないのだ。一応は避けているが、ある程度のダメージは負っているのか徐々に体が重くなってくる。少しずつとは言え回復する隙が無い以上減る一方なのでじり貧だ。

 

 幸いなのが、狼も気を使っているのか後ろの少女に当たらないよう横からの攻撃はしてこない事だ。

 延々と躱しながらも、徐々に削れて披露していく体力に絶望を感じる。なるほど、嫌な相手だ。速度重視で戦ってきた私だからこそ辛うじて躱せるが、魔法職なら一撃で飛ばされるのも道理である。

 

 

 

 既に戦闘という名の蹂躙が始まって10分ほどが経過していた。その間躱した突進は15回以上。

 辛うじて保たれていた均衡は、体力が低下し集中力が薄れてきたせいでのミスで起こった。

 

 今の一撃を完全に躱しきれなかったのだろう、左足が痛み、動きが大きく阻害される。部位欠損まで行かなかったのは幸いだが、大きなダメージを1箇所に受けたことによる痺れが発生した。

 30秒程でHPを対価に完治するが、それではきっと間に合わない。そう直感が告げていた。

 

 どうする? どうすればいい? 


 次に攻撃を受ければ死ぬ。身を持って知った痛みが教えてくれたのは、このままでは負けるということだけだ。

 

 痺れた足では次の攻撃は避けられない。

 考えろ、あの狼は試練だと言った。試練は乗り越えられるからこそ試練なのだ。

 

 浮かぶのは幾つかの疑問だった。

 狼は言った、肝心なのは気がつくことだと。何に気がつくことだ?

 今までの狼の攻撃も変だ。そもそもあの巨体だ。速度をつけなくても私を殺すのには十分だろう。だが、それをしなかった。

 

 それは何故だ? ゲーム的演出なら風の魔法で十分だった。高い機動力に遠距離攻撃が組み合わされば、私は為す術もなくやれていただろう。

 そこまで考えて、1つの考えが浮かんできた。

 

 風?


 今思えばあの狼、自身が風の精霊であることを妙に言っていた。これは風の試練なのだ、風がメインで当然だ。それに、ここに来る前に知ったこのマップの名称は『風の集う場所』。

 つまり、気がつくべきは風?

 

 私は何度も狼の攻撃を躱してきたが、それは私の直感に従ったからだ。では、その直感とは何からくる?

 後ろの少女に当たらないよう、狼が考えながら戦っていて行動を制限されているせい? 

 私が今まで森で戦ってきた時の経験?

 

 違う、そうではない。

 風だ。強い風を周囲に撒き散らしながら高速で周囲を回る狼が、私の方へと方向転換する為に生み出される風。それによって生じる違和感。それを感じ取り、離れるように避けてきたのだ

 

 ならば、私のすることは決まっている。その直感を最大限まで高めることだ。

 

 その考えに至り、私は左手の剣を投げ捨て、右手の剣を両手で握る。


 目を閉じ、全神経を風に集中する。強い風をまとう狼が、周囲を高速で走り回ることによって生じる空気の流れ。それを、全神経をもって知覚する。

 

 狼の突進は常に一定で、既に行動パターンは頭に入っている。後はタイミングと方角だけなのだ。

 体力もなく、死にかけの状態。1度失敗すれば死ぬだろう。だけど、怖気づくことだけはない。

 暗闇の世界で、ただ自分の存在だけが明瞭だった。

 

「大丈夫、何も問題ない。僕がやるんだ、上手くいく」


 そう暗示のように呟いた数秒後、やがてその時はやってきた。

 

 風の動きが変わった場所、自分の右前方。それは奇しくも最初の攻撃と全く同じ位置だ。

 一番インパクトに残っている攻撃で、他からの攻撃以上に完璧に合わせられると内心笑みを浮かべる。

 

 風を纏い私に近づく物体を感じられ、徐々に近づいてくるそれを直前まで引き付ける。

 攻撃を耐えていた時から蓄えられたイメージに修正を加え、そして明瞭なる暗闇の世界でギフトは発動した。

 

 今まで跳躍していたタイミングで、腰を低くし小さくなって1歩だけ前に出る。そして両手に握った剣を、頭上を飛び越えんとしていた狼の腹に突き刺した。絶対に落とすものかと強く握られたその剣は、弱点である腹部ということも相まってダメージを与えていく。

 ダメージ算出の何割かを占める速度ボーナスによって、狼は自らの突進に大ダメージを受けた。

 

 完全で完璧なカウンター。ほんの1センチずれただけで巻き込まれるし、撒き散らされる暴風の邪魔を読まなければならない。

 

 努力をした天才(ギフト)によって起こされた奇跡の数秒後に、狼の姿は青い光となって虚空に溶けたのだった。

 

 

 



名前 ユウ

レベル 7

ギフト 《双剣 Lv.8》

スキル 《鑑定Ⅰ》

おじいちゃん口調が難しい……

また、戦闘シーンの為読みやすさ重視で改行多めにしてみましたがどうだったでしょうか?

何か気になる点がございましたら是非感想欄までお願いします。


書き溜めが終わら無かったため、次回更新は2月中頃になる予定です。

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