第03話 男装少女の初めての冒険 Ⅰ
白い光が徐々に薄くなっていく。最初に視界に入ったのは、今まで見たことのない不思議な景色だった。
私の5倍以上の高さから大量の水が吹き出す噴水。教科書の中だけでしか見たことのない、沢山のレンガ造りの建物が何処までも続く大通り。皮の鎧やローブを身にまとい、身の丈程ある大剣や弓を引っさげ行き交う冒険者。
そんな非現実的な世界を照りつける太陽が、噴水の水しぶきに反射し綺麗な虹を作り彩っていた。
世界を明瞭に認識すると同時に、大図書館とは比べようもないほどの喧騒が聞こえてきた。
「前衛の壁役後1人でーす!」「戦闘な苦手な人でゆっくり探索しませんか~?」「ヒーラー募集! 希望者はフレ申請お願いします!」「βテスターで一緒に組みませんか!」「初っ端森行くっす!火魔法の人どうっすか?」
「うわぁ……すごい人」
至る所から聞こえる叫ぶ声とそれに付随する熱気に気圧されながらメニューを開いて現在時刻を確認すると、既に現実世界の時間で10分が経過していた。
ゲーム内での時間は2倍で進んでいる為、ゲーム内時間で考えると20分。キャラメイクにある程度時間を使っていても、人によっては既に町の外に出ているには十分な時間だ。
そもそも容姿設定はAIに「かわいくして」や「かっこよくしてくれ」の様に抽象的に頼み、雰囲気を少し変えるためのものなので短時間で終わるのが普通なのだ。サービス開始と同時に始めた人は大多数がゲームを始めていることが安易に想像できた。
その為それなりの人が待ち合わせやパーティーを作るために噴水広場にいて、悠長に人を探せるようには思えなかった。
「人が多すぎて嫌になるね。それにしてもさっきのピクシーが言ってたのって……やっぱりかぁ」
楓に連絡を取ろうとメニュー画面を開いてフレンドの欄を確認すると、案の定1人の名前があった。ログインには個人ナンバーを利用しているので、既に楓がユリハという名前でフレンド登録されているのだ。
楓からのメールによると、ゲーム開始時の混雑を緩和するのとパーティー勧誘を活性化させるために、開始する町を3つの候補からランダムで決定されるということだった。楓の開始した町はラグザーという町で、私の開始した町がそれ以外の町の場合、距離が離れている為直接合流するのは難しいるらしい。
その為馬車──開始時に選べる3つの町限定での転移サービスを利用することが書かれていた。始めたばかりのプレイヤーにとってはそれなりの金額が必要で、早く貯めれた方が移動しようとの事だ。
了承のメールを返し、人がどんどん増えていく広場を尻目に大通りへ逃げる。
「さて、どうしようかね」
選択肢は2つ。ソロか、パーティーを組むかである。
ソロのメリットは経験値とお金、ドロップアイテムや素材が全て入手できると言うことが上げられるが、その代わり戦闘を1人で切り抜けなければいけない。
パーティーの場合戦闘は楽に進むが、経験値やお金は均等に分配される。
これだけ聞くとパーティーが優れいているように聞こえるが、楓曰く致命的な問題はアイテムの扱いにあるとのことだった。
パーティーにはメンバーのインベントリ領域を何割か集め、一時的にパーティーのインベントリが作成される。そして魔物を倒すとこのインベントリに素材が貯められるのだ。
パーティー全員が常にそれを確認することが出来、リーダーは分配する権限を持つ。
システムが均等に分配してくれる機能もあるが、欲しい素材やレアドロップの場合は問題が起きやすい。勝手に個人のインベントリに入っているのなら言わなければバレないのだが、パーティーのインベントリを見れば何を手に入れたかは分かるのだ。ランダム機能で自分の手元に来なかった場合、『他の誰かが持っている』という事になる。
何より問題なのが、死に戻った場合パーティーから除籍される──パーティーインベントリからアイテムを受け取れなくなるのだ。フレンドリーファイアがありなこのゲームで、“不慮の事故”を考えるのは非常に怖い。
また、先程から聞こえる声の中には、この問題を解決するために固定パーティーを作ろうとする人も一定数存在する。解決というよりは先送りなのだが、問題が起こりにくいという利点があるのだ。しかし私はラグザーに行く可能性がある以上、安易に固定パーティーに入るということは出来ない。
何よりも楓との合流が優先されるのだ。
探せば私と同じ境遇の人がいるだろうが、全体チャット等という便利なものは存在しない以上、足で探す必要がある。
「はぁ……ソロしかない、か」
同じようにラグザーに行きたいと考える、気の合う人を探すよりもその方が楽だ。
数分歩いて町の端にある門へと到着した。
開いた門の先に見えるたが、遮るものが何も無い草原だった。プレイヤーが何人かのグループになって、或いは1人で門をくぐっていく。
「とりあえず慣らしでもするか」
門の近くにあった道具屋で買えるだけのポーションを買ってインベントリへ突っ込み、たった一人での探索を開始した。
▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△
私のスキルの致命的な問題が発見した。それはどうやって剣技を発動するのか、である。
大きく威力を強化し一時的に体を自動的に動かし決められた型をなぞる、戦闘の前提である剣技。威力重視の剣技の場合、2度普通に剣を振るうよりも1度の剣技の方が強力だ。剣速も上がるため初心者でも当てやすいと言うありがたい仕様でもある。
初期スキルレベルでも幾つか使え、レベルの上昇とともに複雑な型を使うことが出来るようになってくるソレは、技名を指定の構えをした状態で技名を宣言することで発動する。普通はメニュー画面でそれを知ることが出来るのだが、私の場合皆無だったのを確認していた。通常攻撃ですら剣技を使う事もあるのにも関わらず、私には使えない。
私が持つのは技能ではなく祝福だとピクシーは言っていた。私に与えられたのは才能だと。
しかし現実問題として、使用方法がわからないのだ。スキルによって強化された一撃はなく、アシストによって生み出される連撃もない。
リアルで多少なりとも鍛えていても双剣なんて使ったこと無い。にも関わらず、私だけの力で戦う必要があるというのだ。唯の女子高生である私が。
だが、私は少し楽観していたのだ。ゲームだしなるようになるだろう、と。
別にそれは間違った考えではないのだろう。ただ、このゲームが例外というだけで。
門を出て数分後、私は案の定とでも言うべきか、魔物に見つかった。
「グギャ、ギャギャギャ!」
1メートル程の緑色の醜い体に、薄汚い腰布。枯れ枝のように細く節くれだった右手には無骨な棍棒を握っている。多くのRPGなどで出てきたであろうゴブリンとでも呼ぶべき魔物だ。
始まってすぐに出会う敵だ。単体でも最低限戦えるようにバランスが調整されているであろうことは想像に難くない。
しかし、そうではないのだ。たった独りで安っぽい双剣を握りしめ、異形の敵と相対する。このゲームの売りであるリアル差によって、私は敵を『私に悪意を向ける敵』だということを認識させていた。
そのゴブリンの所々につく傷跡も、瞳に宿す悪意も、汗と泥の臭いも、腰布の汚れも、全てが現実に見える。
デフォルメなんかされていない、一個の生命体だと認識する。させられるのだ。
これはゲームでもあり、現実だぞと。
私が怯んでいた隙にゴブリンは俊敏な動きで近づくと、棍棒を振り下ろしてくる。長い棍棒だが、100センチほどのゴブリンの攻撃は頭には届かず左肩に直撃した。
「──いった!」
鈍く響く痛みに我に返り、もう1度振りかぶっていたゴブリンに反射的に蹴りを入れて、後ろへと後ずさる。
即座に体制を立て直したゴブリンは怒ったように近づいてきた。
その姿を見てようやく双剣の存在を思い出して慌てながら構える。切れ味も攻撃力も高くなく、文字通り初期武器にふさわしい物だったが、ゴブリンに対抗する唯一の術だ。
「ギャギャ!」
私の戦意を感じ取ったのか、こちらに走ってきていたゴブリンは減速し足を止めた。3メートル程前の場所で止まりこちらを睨みつけてくる。
既に左肩の痛みはない。ただ、見ることは出来ない私のHPが減ったせいか、体が少し重く感じる。
「大丈夫、何も問題ない。僕がやるんだ、上手くいく」
自己暗示の様につぶやき、軽く深呼吸をする。
恐怖を押さえつけるのは、じっちゃんとの修行の成果の一つだ。問題ない。
握リ締める両の手から武器の存在を感じ、不思議と気分が高揚してくる。
私は殺れる、そう思い込む。
「まったく、リアルすぎるのも考えものだね」
睨み合っていたのはおよそ3秒、奇怪な叫び声と共にゴブリンが手にした混紡で殴りかかってくる。
技なんてない、走って近づき振り下ろすだけの単調な攻撃だ。威力もあまり感じられないその攻撃は、軌道を予測することが出来た。
振り下ろされる直前に左足で一歩踏み込み、見を低くしながらタイミングをずらして懐に入り込む。そんな自分自身を幻視した。
成功すれば華麗な反撃を行えるであろうその一歩は、しかし凡庸な私には遠すぎる。早すぎても意味が無いし、遅すぎても意味が無い。双剣である以上、下手に武器で受け止めればこちらがダメージを受ける。そんな一瞬に賭けないで、双剣で受け止めようとした瞬間──
左足が勝手に前に出た。体が自分のものではないような感覚。いつの間にか私は姿勢を低くし、ゴブリンの攻撃をくぐり抜けている。
完全に無意識で、私は導かれるようにその一歩を踏み出していた。
「はぁぁぁぁっ!」
ゴブリンは振り下ろした直後であり、絶好の攻撃タイミング。いつの間にか体の自由が戻っていて、好機を逃すものかと右手の剣を振るった。
1メートル程の体躯に見合って軽いその体は、胴体を捉えた一撃によって1メートル後ろへとのけぞった。
ドサリとゴブリンが地へと落ち、地面へと倒れる。
受け身が取れなかったのか非常に緩慢な動きで立ち上がろうとするゴブリンへと走って近づき、棍棒を足で抑えて首筋へと双剣を突き立てた。
体力が無くなったゴブリンは光の粒子となって消えていった。一度深呼吸をして力を抜き、剣をしまう。
「子供をいじめてるみたいで気分が悪いな」
ゲームである以上切った感触というのはあまりないのだが、吹き飛んだゴブリンをみて少し嫌な気持ちだった。
「それにしても何だったんだろ。体が勝手に動いた気がしたけど、これがギフトの効果なのかな」
技ではなく想像通りに動く威力上昇のない剣技が使えるようになる?
「んー、なんか違う気がするんだよな。その程度だったら人を選んで実験しなくてもいいだろうし。ま、考えてもわからないか」
攻撃力上昇こそなくなるが、それを補って余りある汎用性。
欠点として、どのように体を動かすかをある程度イメージしなければならないという事。隙が生まれるだろうし、そもそも敵の動きをそれなりに具体的にイメージしなければいけない以上とても使い勝手が悪い。
人型で、棍棒を使っての振り下ろしと分かったからこそ成功したと言っても過言ではない。
「今ので慣れたし、ゴブリンなら問題ないかな? はやく行こうか」
5分ほど歩いて敵とエンカウントが難しいことに気がついた。プレイヤーが多すぎるのだ。
ハーレンは草原のど真ん中に位置している。つまりハーレーンにある東西南北4つの門の付近では、同じ難易度1の草原が広がっているのだ。その為プレイヤーが分散するようになっていても、今はサービス開始数十分である。
具体的な人数は分からないが、辺り一帯を見渡せば10組以上のグループを確認できるほどには混雑していた。
ここでとり得る選択肢は2つ。
このままここで粘って狩り続けるか、他の狩場に行くかである。
幸い今いる近くには難易度2(推奨レベル6~)のハーレーンの森がある。レベルは一匹倒した程度では上がらなかったが、攻撃も当たらなかったし便利なギフトもある。
思考は一瞬。
「よし、進むか」
他のグループと揉めるよりはマシ。そんな考えとともに決断する。
少しの恐ろしさを感じつつも、私は森に向かって歩き出した。
名前 ユウ
レベル 1
ギフト 《双剣 Lv.1》
スキル 《鑑定Ⅰ》
どの程度の改行が読みやすいのかな?
WEB小説書くのが始めてだから難しいです。
アドバイスや意見、感想があれば是非おねがいします。