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第02話 男装少女誕生する Ⅱ

 Soul Evolving Onlineサービス開始五分前、机の上に携帯端末を放り投げ専用のベッドの上に横になった。

 

 淡いオレンジ色のジェルのような物に満たされたVR用にと開発されたデバイスである。原理は良くわからないが硬度を場所によって変えることが出来、横たわると体が首を除いて沈んでいくと言う不思議なベッドだ。


 いつでも使えるようジェルは人肌に温度が保たれ、汗等の老廃物を取り除き分解してくれるという。最先端の介護技術とVR技術を合わせた一品で、食事の必要はあるがそれ以外では起きる必要がなくなるという長時間のVR空間への滞在には必須な物となっている。

 

 全裸での使用が推奨されていてるけれど一応着衣での使用も可能で、ベッドから出た際にジェルが全て流れ落ち全く湿り気や色を残さないと言う技術も使われている。服の中にジェルが入ってくる感覚がどうにも好きになれないので私は主流の全裸派だ。

 

 設定でジェルの硬度を変え普通のベッドとして使用もできるが、わざわざ布団を用意してまでそうしようとは思わない。また、ジェルの中に首から下が軽く沈み込むような物の為、軽く上体が起きているような姿勢がデフォルトとなっている。

 

 長々と何が言いたいのかというと、自分の体が目に入るのだ。

 

 女子にしては高い身長と小さな胸。じいちゃんとの稽古中についたであろう消えない小さな傷跡。がっしりとした筋肉はないが、ふくよかな体とはかけ離れていると言っていい。

 内心自分は着痩せうるタイプだと脳内でごまかしてはいるけれど、改めて普段は服に隠れている起伏の乏しい体を見て思わずため息が出る。

 

 次いで目に入るのは殺風景の部屋だ。中学1年生の頃から祖父に個室を与えられているので4年は経っているが、小物というものに乏しい。明るい暖色系の色よりも深い青やグレーといった寒色系を好む私の部屋は、間違っても年頃の女子高生には見えないだろうと言う自負があった。所々に飾られている小さいファンシーな小物はあるが、どれもがあまり目立たないように置かれている為あまり存在感がないのだ。

 

「はぁ……、確かに女っぽくないよね。部屋も身体も寂しい」


 気がつけばサーバー開始三分前。インターネット技術の発達に伴いラグという言葉が消えて久しいが、楓と早く合流するためにも

 急ぎたい。

 

「余計な事を考えないで早く始めるようか」

 

 そうして、ゆっくりとVR世界へと意識を飛ばした。

 

 

 

 ▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 目を開けると、まるで図書館のような場所だった。

 珍しい電子書籍ではない紙の本。高さ3メートル程の大きな書架が私を囲むように円を描く様に並んでいて、それが奥に何列も続いている。収められた数万冊の本の最下層。大図書館とでも言うべき空間の底にある場所に私は立っていた。

 

 上を見れば延々と続く上階を見ることが出来る。私の周囲は円形で空いているが、それが吹き抜けになっているのだろう。

 絶対にリアルでは見ることが出来ないであろう光景を前に呆然とする。もしここで地震が起こったら大変なことになるな、なんて事を考える。

 

「……ここは?」 

「はぁーい、Soul Evolving Onlineの世界へようこそ!」


 そう誰となく尋ねると、元気な挨拶と共に握りこぶし程度の小さな妖精が目の前に現れた。透明で小さな羽根がぱたぱたと動き、宙に浮いている不思議生物だ。ぱたぱたと羽を動かす様が小さなお人形みたいでとても可愛らしい。

 

「私はキャラメイクを担当するピクシーね。気軽にピクシーちゃんって読んでね!」

 

 確かにそう言う名前の妖精は色々なゲームででてくるが種族名だったはずだ。薄っぺらい笑みでも浮かべていればNPCだと断定できるけれど、無駄に自信を感じさせるその表情は固有の何かを感じさせた。


「ピクシーは種族名だと思ってたよ」

「このゲームに、私に似ている妖精種はいるけどピクシーって私だけなのよ! サービス開始と同時に始まったキャラメイク全部を担当している上位AIの1人なんだから。まあそんな事はどうでもいいのよ! 早く登録しちゃいましょうよ。この世界についてどの程度知ってる?」

「βテストと変わってないのなら殆ど知ってるよ。大きな変更点はある?」


 ピクシーは早く説明したいと言わんばかりの活き活きとした笑顔で私に話しかけてくる。

 残念ながらというべきか、昨日ファミレスで三時間程聞かされたせいでおすすめのスキル構成やβテストで侵入可能だったマップについてはかなり詳しくなっていて説明は必要ない。

 

「もちろんあるわよ! ステータス関係が大きく変わったわ。βテストの時は能力値が数値として見れたのだけれど、よりリアルにする為にそれはなくなったの。強さの指標になるのは『レベル』だけね。レベルは戦闘に勝利したり、生産をしたら上昇するの。あ、注意して欲しいのだけれど、レベルは直接的な強さとは関係ないわ。『全ての能力値の合計の上限』がレベルなの。まあ能力値も見れないのだから意味もないのだけれど」


「それは随分と変わったね。レベルは直接関係なくても、レベルが高かったら能力値の合計が高い事が予想できるって言う認識で合ってる?」


「その通りよ! 理解が早くて助かるわ。能力値は行動によって上昇するの。例えば相手の裏を取ろうとしたり回避に専念していたら『素早さ』が、魔法を使用していたら『MP』や『魔法攻撃力』が、ダメージを受ければ『HP』や『防御力』が上昇するの。まあ色々密接にからみ合っているから自分に最適な成長を自動でするという認識で大丈夫じゃないかしら。極振りはみたいなネタプレイができなくなっているのが弊害ね」

 

 長々と喋ったピクシーは私の顔色を確認するかのようにこちらを見る。

 確かに従来のVRゲームでもステータスは使われていたという話だし、よくわかっていない人も多いのだろう。平行して何千人もの初心者に説明しながらだということを考えると苦労が偲ばれる。


 要するに大幅にステータスが簡略化されたという認識で良いのだろう。レベルが高ければそれだけ色々経験して能力値が高いのだ。言葉ほど大きな変更だとは思わない。と言うよりゲームを純粋に楽しむのではなくロールプレイで遊びに来た私にとって簡易的な方がありがたい。

 

「じゃあじゃあ早く決めましょうか。時間は有限よ? 早い人だともう終わっている人もいるもの。えーっと、決めるべきものは3つよ。『名前』と『スキル』と『容姿』ね。まずは名前からかしら?」

「名前忘れてた……。それなりにリアルの名前に似てて、それっぽい名前か」


 ユリウス、ユーフェン、ユラウス。──

 ある程度語感が似てないと反応できない為、ユから始まる名前を幾つか思い浮かべるがどれもピンと来ない。

 楓に何か案を聞いておけばよかったなぁと思うが後の祭りである。


「ん? いや、日本名っぽい名前でも日本サーバーだしそこまで浮かないよね。よし、じゃあユウでお願い」

「はいはーい、ユウね。登録したわよ! あ、種族についての説明忘れてた……。種族については変更がないけれど説明が必要かしら?」

「いや、大丈夫だよ」


 このゲームは容姿の変更がほとんど出来ないという事もあり、ありがちな獣耳がついたり尻尾がついたりするような他の種族でのプレイが出来ないらしい。獣人は確実にNPCだけれど、NPCは獣人オンリーではないという事だ。

 猫耳の楓というのが簡単に想像できて、それが見れないしちょっと残念である。

 

「じゃあスキルの選択ね。武技系統のスキルか簡易魔法の中から選んでね。他のスキルが覚えたかったら専門のNPCにお金を払えば覚えることができるから、あんまり深く考えなくて良いと思うわ。おすすめは前衛系ね。結構登録が終わった人がいるんだけど、後衛をしようとしてる人が多いのよ」


 βテストの際、自分よりも大きな魔物に襲われトラウマになった人が騒いでいるらしい。風評被害よ、とピクシーは怒りながらむぅーっと唸っていた。


「最初からそうするつもりだったから渡りに船かな。双剣とかやってみたいかなーって」

「あら、即答なのね。ちなみに理由を聞いていいかしら?」

「後ろで守られながら戦うっていうのが性に合わないからね」

「うーむ」


 そう言うと彼女はその場でクルクルと回った後、小さな腕を組んで唸りはじめた。数秒が経った後、満面の笑みを浮かべる。

 機械らしさをまったく感じさせない自然な笑みは、確かにリアルさを売りにするゲームのAIにふさわしいものだった。思わず捕まえて頬ずりしたくなる衝動をこらえ、冷静になるよう深呼吸する。

 

「もしかしなくてもユウはスポーツか武術の経験があったりするのかしら?」

「武術……武術? いや、そんなちゃんとしたものじゃないよ。喧嘩の心得みたいなのをじいちゃんから教えもらって特訓してたことがあるだけ。それがどうかしたの?」


 小学校の時、色々あってじいちゃんに泣きついて稽古してもらったのはいい思い出だ。そのなごりで身のこなしには自信があったりする。

 

「幾つか条件があってね、それを満たしたユウには技能(スキル)の代わりに祝福(ギフト)っていう選択肢があるのよ。ギフトはある種の才能をユウに与えるの。あんまり詳しく説明しちゃいけないからこれぐらいしか話せないけどどうかしら? 双剣のギフト、お買い得よ?」

「じゃあそれでお願い。なんだかレアそうだし」


「βテストで普通の人に使わせたら合わなかったみたいね。それでいい感じの被験……テストプレイヤーを募集してたのよ。努力家で体の動かし方を知っていて前衛に向いている、そんな人は少ないの。上手く使えば強力だからがんばってね?」

「今被験者って言いかけたよね? はぁ、まあ楓を守りやすいならそれでいいか。それで次は容姿の変更だよね?」


 被験者という言葉が少し引っかかるが、面白くなるのならそれはそれでいい。そう自分を納得させて肝心の容姿の設定を促す。もともと雰囲気を軽くいじる程度の変更しかできないとの事だけれど、私にとって一番需要な設定だ。

 

 普通の人ならそこまで変わることはないけれど、私の場合『東雲結希によく似た男』へと変われるかもしれないのだ。私の高身長を上手く使えば行けるかも……せめて自分をごまかしてロールプレイ出来るほどの完成度は欲しい。

 

「その通りよ。さあ、どんな感じに変えたいのかしら? あんまり変えれないけど、どうしたいっていう希望ある?」


 そう言うと同時、目の前には大きな姿見が現れた。これで私の姿を映しつつ行うのだろう。

 

 元の世界の容姿や骨格と離れすぎると精神の負荷がかかる。また素人がエディットした場合、違和感を覚える似たような顔が量産されたという過去があるのだ。しかし、そっくりにし過ぎるとリアルばれする可能性がある。

 

 そう考えた運営が出した結論は、元の体からの変更度合いに上限を設けるというものだった。AIに細かい調整を任せ、あくまで方向性を少し変え、結果雰囲気を変える。つまり抽象的な雰囲気でもAIが認識できれば最適な変更が可能となっているのだ。

 

 ニキビやそばかすを消したり、目尻をいじったり、顔を小さくしたりと多くの人が恐らく頑張ったであろうこの設定に、私は全力で1人違う方向へと努力し時間を費やした。




10分後。


「これが……私?」

「あははは、すごいイケメンになったわね。素養はあったとしてもここまでは凄いわ」


 思わず声が漏れるほどに、鏡に映った自分の容姿に驚いた。目の前に立っているのは長嶋君とは雰囲気の違う、線の細い中性的な容姿だった。これで武器や防具を装備すれば、より男性に傾くであろうことが想像できる。


「うん……自分でも予想外だよ。楓の言った通りになったわね」


 筋肉を少し増やし、骨格を少しいじり、肌の色を少し変え、肩を少し上げ、髪型を更に短くする。一つ一つは小さな変更でも、私の小学生の頃から鍛えた体と高身長に支えられ、インナーを直接見られでもしないかぎりは問題ないレベルで完成していた。

 

 正直これほどまでに変わるのは予想外で、良い意味で期待を裏切らた。もし仮に自分の姿を鏡ではなく写真で見た場合、自分だと認識することが出来なかっただろう。鏡の中自分を見ていると、きっとこの試みは上手くいく、そんな予感が芽生えてくる。

 

「ははっ、これが私か! いや、僕か。私が僕になったんだ」


 東雲結希という存在から開放されたような気がして、そしてそれがあっさりと叶ったことに笑い声を止めることが出来ない。

 性同一性障害と言うわけでもないので心のなかでの一人称は変えられそうにないが、『僕』である限り自由に生きることが出来る。『僕』が『僕』でいられるのは私が確固たる自分として存在するからだろうけど、『僕』としての仮面を被った(ロールプレイする)

 

 ピクシーはそんな私を見て、名残惜しそうながらも別れを切り出した。

 

「名残惜しいけどこれでお別れね。数少ないギフト持ちとして頑張ってちょうだいね。あ、餞別よ。あ、あと特殊装備扱いでこのサラシもサービスよ」

「ありがと」


 そう言って初期武器となる安っぽい双剣や皮の鎧。少しのポーション、少しのお金をくれたのでインベントリに放り込む。

 おまけのサラシは、つまりそう言う事なのだろう。メニューを表示し装備すると、胸を締め付けられる感覚を覚えた。ついでに武器や防具も装備していく。

 

 細かった体の線も鎧によって隠れ、腰に吊るされた双剣と自然と浮かぶ笑みが相まって、新米少年冒険者と言った感じになった。

 

「ふふっ、似合ってるわよ、男の子。それじゃあ少年双剣士として期待してるわね。それじゃあ」

 

 そうピクシーがとても楽しげに言うと、周囲の景色が徐々に白く染まり始める。ようやくくゲームが始まるのだろう。

 

「うん、色々アドバイスしてくれてありがと。僕の活躍、期待しててね」

「いえいえ、どういたしまして。あ、あなたは『ハーレーン』からかしらね。それじゃあもう一つの世界を楽しんできてね! それでは新世界へ!」


 新しい自分に出会えた開放感からか、本来の目的とは違う事を言ってしまう。だけどそんな自分が全然嫌じゃなくて、自然と苦笑する。

 

──まあでも、そう言う冒険譚も悪く無いか

  

 そうして、私は男装双剣士としての最初の一歩を踏み出したのだった。




 ……あれ? あなた()『ハーレーン』から? 






名前 ユウ

レベル 1

ギフト 《双剣 Lv.1》

スキル 《鑑定Ⅰ》

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