表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/5

第01話 男装少女誕生する Ⅰ

──お前のことが好きだ、俺と付き合ってくれ


 昨日の放課後、私──東雲結希(しののめゆうき)はクラスメイトの1人に告白された。 

 二年生に進級した時のクラス替えから一緒のクラスになり、始めて私を見て一目惚れしたのだという。長嶋大地(ながしまだいち)、サッカー部のエースでイケメンという学校を代表するアイドル的存在だ。

 

 VRスポーツが流行り電脳世界に多くの競技や武術が移行している中で、野球とサッカーだけは未だに現実での試合が盛り上がりを見せている。その為かその二つの部活には入部希望者が多く、その中でエースを担う彼は本物の超人なのだ。

 

 元来人付き合いがそこまで得意でもない私はクラスで沢山の人に囲まれている彼との接点なんて当たり前のようにないし、クラスメイトというだけの他人だ。けれどそんな私ですら彼の噂をいたるところで聞くのだ、色々と察せるものがある。マンモス校で生徒の在籍数も一般の学校に比べて多いこの学校にも関わらず、その名前は他学年にまで轟いているという有名っぷり。だが──

 

「全く心が揺れなかったって、なんだかなぁ」


 思わず溜め息が漏れる。私がその話を聞いた時に最初に思ったのは、その告白を「受けるか否か」ではなく「どうやって断ろうか?」だったのだ。既に好きな人がいるだとか、イケメンが生理的に無理だとか、ぽっちゃりしている人しか愛せないといった性癖はないはずなのに全く肯定的になれなかった。

 

 何が悪いとかではなくある種の申し訳無さとでも言うべきものとそれから生じる不安が、昨日から私の中で燻り1日経った今も依然として残っている。

 

 東雲結希は誰も愛することが出来ないのではないか? 

 

 と、そう考えてしまうのだ。昔から何も成長しておらず、何も克服できてはいない。数少ない例外(じっちゃんと親友)を除いて表層的な部分で周りに合わせて生きていく事に否定的な自分と、諦めによる肯定的な自分が存在していることを改めて自覚し二度目の溜め息が漏れた。

 

 気分を変えるためにと空を見上げると、後ろから走ってくる足音が聞こえた。既に学校まで十分ほどの場所なので、人通りもそれなりにあり他の道から来た人も合流してもおかしくはない。だが、終業式の日に時間的余裕があるにも関わらず全力疾走する馬鹿は少ないだろう。ほぼ確信して左を見るのと同時に、その馬鹿が走った勢いのまま肩を叩いてきた。

 

「おっはよー、ゆうちゃん!」

「ああ、おはよう楓。今日も変わらず元気だね」


 杠楓(ゆずりはかえで)。クリクリした目で幼い顔立ち、茶色がかった髪が特徴の無駄に高いテンションのこいつが私の唯一の親友だったりする。

 横目で楓の頭が少し跳ねているのを見て手櫛で直してやると、くすぐったそうに頭を振った後くるりと回って一歩前に逃げ後ろ歩きになる。

 

「ありがと。いやぁ、朝に余裕がなくてね」

「まだ時間的余裕はあるし、髪長いんだからしっかりしなよ。あと前見て歩きなよ、転ぶよ」

「あはは、大丈夫大丈夫。……んー? なんか今日のゆうちゃんちょっと元気ない?」


 楓は私の顔をじっと見つめた後再びくるりと半回転して、肩まである茶色っぽい髪を大きく広げて私の隣にやってくる。

 

「いつも通りのつもりなんだけどよく分かるね」

「小学校の頃からずーっと一緒だからね。昨日は珍しく一緒に帰らなかったけど何かあったの? 告白でもして玉砕したの?」

「……おしい、逆。産まれて始めて告白された。丁重にお断りしたけど」

「え!? あーでもゆうちゃんが告白する光景よりは思い浮かぶかな。誰からって聞いてもいい?」


 全くもって失礼な言い草だが否定することは出来ないのが口惜しい。したり顔で頷きながらにじり寄ってくる楓を抑えながら、思わず苦笑が漏れた。

 教室の移動時間から昼食、果ては下校まで一緒にいる楓からは当然の疑問だろう。昼食はお弁当で、時折他の子と一緒に食べることがあっても全員女の子だし、仲の良い男の子を聞かれても答えられないのだ。

 

「私達のクラスのプリンス様」

「おぉ……まじか、長嶋くんか。そう言った話今までまったく聞かなかったけど、くーるびゅーてぃーな感じがタイプだったのか。でもそう言われると思い当たるかも? ゆうちゃんと一緒のときは妙に話しかけられてる気がするようなしないような」

「絶対言わないでね? だけど無愛想(クール)身長170センチ(ビューティー)って凄い盲目的で都合のいい解釈だよね」

「自己紹介とか面接の時に名乗ってね! まあ内緒にしておくよ。流石にゆうちゃんがイジメに合うのは嫌だからね!」


 あははと脳天気に楓は笑うが、周囲に知られた場合どうなるか想像に難くない。彼は同学年どころか先輩後輩関わらず全校生徒に知られていると言っても過言ではないレベルなのだ。無駄に顔が広い楓なら上手く立ち回れるかもしれないが、友達とも言える人は少なく休日や放課後はもっぱら1人か楓といる私ではどうすることもできないだろう。


「でもさー断ったのは分かったけどなんでそんな暗いのさ。嬉しくなることはあってもそれが原因でへこむって」

「いやぁ、長嶋くんですら全くときめかなかった私は一体なんなのかと、自問自答してね。好きでも無いのに受けるのは失礼だし論外だけど、なんか信念みたいなのが無い私が断わって傷つけたなーって。うーん、なんか違うな。上手く言葉にできないや」


 私は上手く異性というものを認識できないのだ。顔が良くて、頭が良くて、運動が出来る。だから、何? なんて考えてしまう。

 うーんと唸っていた私を見て楓は数秒考えこむと、人差し指をピンと立てて、いい笑顔で──

 

「ゆうちゃんさ、前から聞きたかったんだけど……レズなの?」


 ──爆弾を投下してきた。思わずむせる。

 今まで思ったことはあれど、できるだけ考えないようにしていたこと。私がもし“そう”なのであれば真っ先に考えるのは楓になるのだろうけど、すでに家族のように思っていてもその類の感情は持ったことがないし。

 

「あ、ごめんごめんゆうちゃん。そんな驚くとは思わなかった。でも、ゆうちゃんと仲の良い男の人ってゆうちゃんのおじいちゃんぐらいしか思い浮かばないんだよね」

「いや、今まで考えなかったわけじゃないけどさ。違う……と思うよ? たぶん、おそらく」

「でも、イケメンより可愛い女の子のが好きでしょ? 私に誤魔化しなんて通じないんだよ?」

「うっ、否定出来ない」


 思わず言葉に詰まる。だけど待って欲しい。24時間大通りには街灯に照らされ、警備ロボットが至る所を巡回し、多くの監視カメラが設置されたこの現代に置いては既に男性の優位性は覆されたと言っても過言ではないだろうか。管理された都市部に置いて暴漢なんて発生しようもないし、極論を言ってしまえば外敵に対して必要とされた男性というものが必要がなくなったのだ。あまり公にはされてはいないが、よく分からない医療技術の発達によって同性でも子供を産むことも可能で法整備もできている。つまり男である必要は皆無! ならば可愛いくていい匂いのする女の子の方がが良いのは明白ではないだろうか? 今なお異性愛が当たり前とされている風調は、特に理由のない惰性に過ぎず──

 

「おーいもどってこーい。全部漏れてるから! 周りの人に聞こえちゃうよ」


 なんて言葉とともに強く肩を揺すられた。

 

「え、あ、ごめん。ついボーッとしてた」

「いや、それはいいんだけどさ。興味津々じゃん同性愛」

「前に考えた事があってさ、ピンとこなかったから色々調べてたら色々覚えちゃったんだよね。別に同性だから好きっていうのは無いともうけど。理解できているわけでもないし」


 色々と調べて知っているが、納得できているわけではないのだ。選択肢の一つとしてあるのかな? という程度。未だに恋愛的な意味で心を動かされた同性がいないのだし。

 調べた後に視野が広がったのは否定出来ないし、興味があるかないかで聞かれれば断然あると答えるのだが

 

「ゆうちゃんは理想が高いだけなのか、レズを自覚しないで無意識にブレーキをかけちゃっているのかな? んー、あ! 普通に誘うつもりだったけどいいこと考えた!」

「楓がそんないい笑顔の時は面倒事の予感がするんだけど」


 中学の時は私の後ろに付いて回るお淑やかな感じの女の子だったのに、高校に入った今ではその面影はない。時折その無邪気な笑みを浮かべながら、何事も経験を大義名分に持ってくるのだ。そのおかげで出来た友達や知人もいる以上無下に出来ないのが現実である。


「あはは、大丈夫大丈夫。いやぁ、微妙だったけど漸く昨日2枚手に入れられてね。ゆうちゃんさ、明日何の日か知ってる?」

「明日? 夏休みの開始、ってことじゃないよね? 分かんないや」

「ふっふっふ、流石のゆうちゃんも分からないようだね。これを見ろ!」


 じゃじゃーん、と効果音を出しながら楓はバッグから最近CMをやっているゲームの絵柄が書かれている2枚のカードを取り出した。

 

「Soul Evolving Onlineの購入コードだよ! 明日サーバーが始動なんだー」

「ゲーム? 確かに販売数に制限があってレアだろうけど、私とどう言う関係ががあるの?」

「私は考えたんだよ、いまゆうちゃんにとって何が必要なのかを!」


 楓は一旦言葉を切り、ドヤ顔とでも言うべきいい笑顔でこちらを見てくる。

 

「イラッとするから早く話そうか」

「あはは、ごめんごめん。ゆうちゃんは恋愛的な意味でどういう人に憧れるのか知りたいんだよね? 自分がどういう人を好きになれるのかを知りたいって事で」


「んー、そうなのかな? 多分そう?」

「だからさ、架空の世界でなら色んな人もいるし、パーティーとかクランに入れば必然的に色々な人と関われるでしょ? ゆうちゃん好みの可愛らしい女の子と仲良くなれたら現実でもそう言った子と話しやすくなるし」


 VRMMO。ゲームの世界に入り込む、数年前から流行りだしたゲーム形態の一つだ。発売当初は盛り上がったが、幾つかの問題が見つかり暫く発売停止していたと聞く。広大過ぎるフィールドにサーバーが停止したり、素人が安易に顔を顔を変えたせいで違和感が凄い事になったり、逆に似たような顔が自然と量産されていたりと枚挙に暇がない。

 Soul Evolving Onlineはそれらのゲーム会社が協力し、今まで発売したどのゲームよりもリアリティにこだわったというキャッチコピーを聞いた覚えがある。当事者が割り切るのであれば架空の恋愛を楽しむこともできるだろう。

 

「はぁ……同性にすら怖がられてるのかあんまり話しかけられない私にどうしろと?」


 全くもって自慢にならないが、私の親友といえるのは楓だけだ。同性の友達は相手から一歩引かれている感じが否めないし、わざわざ自分から男性と仲良くしにいこうとは思わない。


「ゆうちゃんは暗いというか、孤高の一匹狼感が出てて話しかけにくいんだよ。威嚇してくる犬? いや違うなー。なんだろ、抜身の刀? みたいな。私とぐらいしかまともに喋ってないしなおさらねー。もうちょっと表情作って喋れるようになれば、顔立ちは整ってるんだし色々な子から話しかけられると思うよ? おねーさまーって」

「……全く想像できないんだけど。っていうか男子に対して興味ないって決めつけてる様な言い方だね」

「長嶋くんでもダメだったゆうちゃんにそれは期待してないんだよ?」


 そう言って苦笑した楓は遠い目をして虚空を見る。高校に入学にてから苦節一年三ヶ月、学園一の有名人に告白されたにも関わらず即答して断った事を考えればその表情は分からなくはない、分からなくはないんだけどさ。自分でも異性に何を求めているのか分からないし。


「まあそれはいいとしてさ、ゲームだとしても私が操作する以上学校みたいな感じになってあんまり変わらないんじゃない?」

「そこが本題なのです! ゆうちゃんに必要なのは積極性。でも普通はそう簡単には身につかないよね? だからさ、男装するの! ロールプレイだよロールプレイ」

「え? いやいやいやいや、流石に話が飛び過ぎじゃない?」


 男装。女性が男性用や専用の衣服を着用する行為。

 VRではないMMOではネナベと言うものが存在すると聞いたことがあるが、容姿設定がほぼいじれないリアリティ重視のVRゲームで異性になりきれと言うのは無茶を通り越して無謀である。

 眉をひそめる私を見て、諭すように楓が言う。


「私ね、ゆうちゃんが私以外の子と話しにくいのってコンプレックスみたいなのが一番の原因だと思うんだよね。女としてのコンプレックスっていうか負い目っていうか、色々気にしすぎて周りの子と上手く話せてないように見えるんだよ。だったら男の振りをすればどうかなーって」

「確かにそうとも言える、かも?」


 ──ああ、なるほど。楓の言葉がすとんと胸の内に落ちてくる。言われるまで自覚していなかったけど、そういう事なのかもしれない。

 周りの子が話しているお菓子の事だったりアイドルの事だったりというありふれた雑談は苦痛でしか無かったから。人によっては気にしない人もいるかもしれないが、二の足を踏んでしまうのは事実だろう。

 

 だとすれば楓の提案もありといえばあり、なのかもしれない。三つ子の魂百までと言うわけではないけれど、私のこの人格を改善するにはそれぐらいの仮面(ロールプレイ)が必要なの──かな?


「話してるのは女の子との方が多いと思うけど、男の子と喋ってる時のほうがすんなり受け答えで来てる印象あるしね。私と共々小学校中学校じゃ色々あったし分からないでもないけどさー。私の場合は色々考えてこういう感じのロールプレイ(せいかく)にしてたけど、いつの間にか素になっちゃったし為せば成るって」


「出来るならやってみたいけど私にやりきれるかな? その言い方だと男の服装って意味だけじゃなくて、完璧に成りきるってことだよね? 正直男の子と全く喋らないし、雑談なんて以ての外だから何を喋ればいいのか分からないよ?」

「あはは、別に完璧に男に成りきる必要はないんだよ。ろーるぷれいだよろーるぷれい。周囲なんて二の次で、やりきれるかが重要なんだよ。一度周囲と自分を比較するのをやめて、もうちょっとありのままのゆうちゃんをだそうって話なんだしね。逆に粗野になって『俺』だとか『お前』だとかリアルで言い始めるのは嫌だよ?」

 

 楓はピンと人差し指を立てて、諭すように話す。なんだかんだで丸め込まれている気がするのは気のせいなのだろうか。

 今気がついたのだけれど、高校に入学してから大きく楓の性格が変わったのは私がクラスで浮かないように色々がんばってくれてたからだろうか。きっとそうなんだろうなぁ。お礼の言葉……は恥ずかしいから今度何かプレゼントでもしよう、うん。

 なににせよ今はゲームの話である。何秒か迷って返事を決め、私は小さくうなずいた。

 

「そこまで言うならやってみようかな。でもそのゲーム、確かあんまり容姿とかいじれないリアリティにこだわったゲームだって聞いたんだけど、男に成りきるのって難しくない? いや、でもそこまで言い切るってことはそれなりに成りきる方法があるの?」


「いぐざくとりぃ! 少し前にあったβテストに参加したんだけど、その時のフレンドリストとかの情報に性別ってなかったんだよね。声質も女の子にしては低いし口調は硬いから多分いけるよ。体格的に装備可能なら防具とかでも普通に男女共通だし、外見で騙せればバレることはなさそうなんだよ!」

「その肝心の外見は……確かに女らしくはないかもだけど、そんな極端に間違われたことはないよ?」


 思わず自分の胸元を見るが、そこには膨らみなんて物は存在しなかった。ブレザーの上からだとはいえ、全く分からないレベルなのは我ながら泣けてくる。


「確かに身長とか色々いじれないけどリアルばれ防止の為にほんの少しはいじれるからねー。まあ直接好きにできるんじゃなくて『かっこよさ』とか『かわいさ』とかの幾つかの要素がでてきて、それを色々AIがかってにやってくれるんだよね。一個一個はそこまで変わらないんだけど、全部を極端に振り切れさせれば結構良い線いくと思うんだ! 体格とかも魔力で身体能力が上がるって設定らしくて筋力とかは気にしなくて大丈夫そうだし、それに防具とかで身体つき隠せるからね」

「んー、まあやるだけやってみるよ。でも変なキャラになりそうだったらやめるからね?」


 丸め込まれた気がするけど、私の親友がここまで言うのだ、やってみる価値はあるだろう。

 楓にβテストの話を聞いて不安と期待を膨らませつつ、何事も無く夏休み前最後の日を終えたのであった。

初投稿です。

三人称しか書いてこなかったため、この先品が初の一人称の作品となります。

習作といった意味合いが強いため、途中で気になる表現や誤字がありましたら是非感想欄までお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ