第一節第八話 冬に燃える炎……と多色
「待たせたな、冒険ガールっ!」
私は久しぶりに戦いを交える冒険ガールに言い放った。
「お久しぶりです、フランメさん。おでんいかがですか?」
冒険ガールは、いつものバイクに屋台を連結させた特別仕様で私を接客した。
「一つ貰おう。それから勝負だ」
私は躊躇なくおでんをもらう。炎の幹部でも体が冷える。
悪魔界と人間界では時間の流れが大幅に違う。悪魔界の一ケ月は、人間界では四季が変わる。それくらい時間の流れは違う。
「だいこん。出汁が通ってて美味そうだ」
私は大根を見ながらそう言った。
「はい、煮込みましたから。昆布もおすすめです」
「なるほど。では、おすすめのものをもらおう」
「わかりました」
冒険ガールは注文を承ると、手際よく注いでくれた。
「どうぞ」
私は渡された中身を見て驚く。
全部か。全部おすすめだという事なのか、冒険ガール。さすがだ。
「熱いうちに召し上がってください」
冒険ガールにそう言われ、私は大根に手を出す。柔らかく簡単に切れ、中からは出汁がほつほつと出てきている。とてもうまそうだ。
「どうですか?」
冒険ガールは私に津々と聞いてくる。
当然のごとく私は返した。
「美味い。コンビニと同等、もしくはそれ以上の美味さだ」
冒険ガールは嬉しそうにほほ笑む。
可愛い。悪に褒められて喜ぶとは、敵ながら見事だ。
「ところで、フランメさんはコンビニ行ったことがあるんですか?」
「ま、まあ、一応。この世界の主流の機能でもあるしな」
私は戸惑いながら冒険ガールに答えた。
「ちなみにどこの?」
「……3丁目のセボンイレボン」
「ホントですか! わたしそこで以前働いていたんですよ」
何だと……。まさかの驚愕の事実発覚。というか、なぜ正義の味方がコンビニなんかで働いていたんだ。
「お父さんの会社が多大なる借金を抱えた反動で、お父さんリストラされちゃって……。お母さんもその反動で逃げちゃって……。職探しを手伝っていたんですけど、お父さん、酒におぼれて行ってしまって……」
なんて過酷な人生なんだ正義の味方、冒険ガール。可愛そうになってきて、汁が、大根の出汁が、目から……。
「でも、そんなある日。親子心中しようと線路で寝ていたわたしとお父さんの前に、一匹の神様が舞い降りて」
自殺なんて、馬鹿なことを……。それも心中……。というか、今、さらっとすごいことを口にしていた気がするのだが。一匹の神様?
「その神様に、わたしこうして冒険ガールにしてもらって」
「こうして、ね」
私は冒険ガールの今の姿を見ながら、卵を口へ運ぶ。今の姿からは、到底正義の味方には見えない。ニット帽に、マフラー。あったそうなダウンのコート。ただの高校生、もしくは中学生にも見えなくはない。
「神様はすごいんですよ、今もこうして――」
「今もこうして、おでんの出汁となっている」
「ぶっ!」
私は思わず卵をのどに詰まらせ、汁を吹く。幸い、冒険ガールには1ミリもかかってないようだ。しかし、誰が予想できたであろう。鍋から亀が出てくることを。
「フランメさんっ!大丈夫ですかっ!」
冒険ガールは慌てて私に駆け寄る。
「今だカノ! こいつの首を取るんだ!」
「そんなことできません!」
「何故だ」
「客だからです!」
優しい。優しいぞ、冒険ガール。そうやって私の背中をポンポンと叩いてくれて、卵を出そうとする姿は敵ながら見事だ。ただ、もうその卵は飲み込んでしまったがね。
「カノ! そいつはもう卵を飲み込んでしまっている! その証拠に、表情が幸せそうだ!」
ちぃっ。この亀! 余計なことを。
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ。大丈夫だ。ただ詰まらせただけだからな」
私は最後の余韻に浸ると、亀に目掛けて言い放つ。
「その上から目線と、馴れ馴れしく冒険ガールの名前を言うという事は、貴様、神様とかいう奴だな」
亀は目を光らせ、ラスボスっぽい感じの雰囲気を作り出す。
「はっはっはっ。そうだ。このオレこそ、カノ改め冒険ガールの神様だ」
亀は光に包まれ、そして、
「どうだ、驚いたか」
全裸の人型状態で立ち尽くす。
私も、冒険ガールも、絶句だった。とりあえず、今することは、あれしかない。
「誰か! ここに変な男が!」
「ちょっ! 待てよっ! いくらなんでも、悪だからって警察呼ぶのはやめろよっ!」
「お巡りさん、この人です!」
「か、カノっ!? お前まで悪にっ! お巡りさん、こいつは悪です! 悪の組織です! え、うそでしょ……。もっと騒げば、裁判沙汰? そんな、無茶苦茶な! オレはその女の子の神様で――」
亀神は冒険ガールの腕を掴もうとする。が、
「おっと、危ない。大丈夫か、冒険ガール?」
「はい、ありがとうございます。フランメさん」
私が手を振り払い、冒険ガールを背に回す。
「お巡りさん、その人に危害加えられそうなので、私達はどこか安全なところに行かせてもらいます」
警察は生かした顔で、「グッジョブ」と手で返事をする。
「行くぞ、冒険ガール」
「はい、フランメさん」
「ちょ、オレ、神様だからっ! マジでっ! 冤罪だからっ!」
後ろで警察と楽しく戯れる声を聴きながら、私と冒険ガールはその場から立ち去った。
「ここまでくれば、大丈夫だろう」
私は周りを確かめる。神様だったら、意思だけでも飛んで来たりするだろうから、念のため確認。まわりには、セボンイレボンと公園、か。
「あの、フランメさん」
「何だ、冒険ガール?」
冒険ガールが裾を引っ張って来るので、私は聞く。
「今日はすいません。神様のせいで台無しになってしまって」
「いや、別に謝ることではない。むしろ、謝るのは私のほうだ」
「え?」
「元々、私達は敵同士。今日のようないざこざがあるのが普通だ」
「そうなんでしょうけど……。でも――」
「でも、ではない。冒険ガール、君は自覚しておいた方がいい。私達は悪と正義。混ざり合うわけがない。ただ、殺し合うだけの関係だ」
冒険ガールは、プルプルと震えていた。いきなりきついことを言った。だが、自覚させないといけない。もうあんなことにさせないように。
脳裏にヴァッサーが出てくる。
「じゃあ、混ざり合うにはどうしたらいんですか?」
いきなり聞き返され、私は戸惑った。何を言うかと思えば、甘い考えだ。
「そんなことはしらん。悪と正義は混ざり合わない」
「そうでしょうか」
冒険ガールは少し小馬鹿にするように言うと、私の手を引いて、近くにあったセボンイレボンに入る。
「何がしたいんだ?」
「混ざり合えないのであれば、先輩を観察しましょう」
「というと?」
私がそう聞くと、冒険ガールは私の目をじっと見つめる。
「他の幹部の人たちは、あと何人ほどですか?」
☆
「フランメ、今日も遅いな……。強姦してるのかな……」
「キミはまた、何をぼやているんだ……」
ワタシはシュバルツの部屋でそうぼやいた。また、あの子と楽しいひと時でも送っているのだろうか。そう思うと、偽の感情でも少し悲しくなる。
「シュバルツちゃ~ん! 遊びに来たよ」
外からヴィントが入って来る。風呂に入ったばかりで、シャンプーの匂いがほのかにする。
「キミもか……。ていうか、なんでどいつもこいつも、この時間にボクの部屋に集まる!?」
「だって、ここに来れば誰かいるかなって思っちゃうんだもん。それに、まだ、寝るには早いよ」
「寝るにはって、ボクはもう眠いんだが……」
シュバルツがそう言うと、ヴィントは顔を寄せる。
「眠いの?」
「うん、眠い」
「子供だね」
「うん、子供……って、違う! ボクは、キミたちより年上だ!」
「はいはい」
「勝手に、クローゼット除くな!」
「はあ……」
そんなやり取りなどどうでもいいワタシは、深く溜息を吐く。
「……どうしちゃったの?」
「……実は、かくかくしかじかでな」
シュバルツがヴィントに、ワタシの悩んでいる理由を説明する。
はあ……。早く帰ってこないかなぁ。ここにいれば、少しは楽しくなるかと思ったけど、全然ならないし。もっと溜息ついちゃうし。
「溜息吐くと幸せが逃げるぞ」
ワタシはその声を聴いた瞬間振り返る。そこには、ビニール袋を抱えたフランメがいた。
「あ、フランメくん。今日の任務はどうだった?」
「それについては、また今度」
「はっ。キミまでここに来るとはな。迷惑なことだ」
フランメ、どうしたんだろう。じっと見つめて……。もしかして。そんな、こんなところで、皆見てるし……。それに、まだ、心の準備が……。
「これ」
「……はい?」
「土産」
土産? ああ、土産、ね。土産?
「ヴィントにも」
「わー、ありがと~」
「シュバルツも」
「はっ。親切なことだな」
シュバルツは悪態をつきながらも、嬉しそうに中を確認する。
「おお、これは……おでん?」
「ああ、おでん」
「いい匂いだよ、シュバルツちゃん」
「そ、そうなのか? どれどれ……本当だ。ありがとう、フランメ」
「どうも」
土産がおでん? もうわけがわからない。何故、このチョイス? しかもセボンイレボン。
「では、私はこれで」
「もう行っちゃうの?」
ヴィントが食べながら聞く。
「ああ。ドンナーにもあるからな」
そう言うと、フランメは部屋から出て行った。
ドンナーにもある、か。……ひょっとして、本命はドンナーってこと!? 嘘でしょ!? 本当だったら、ヤバいし、洒落にならない。
「美味しいね、シュバルツちゃん」
「まあ、食えないことも無いな。なあ、ヴァッ……さー?」
シュバルツは私に答えを求めてくる。が、フランメの事が気になり、早く食べようとして、逆に熱さで苦しんでいるワタシをみて唖然とする。
胸が熱い! 熱いよ! 水の幹部なのに! 卵がこんなに熱いとは聞いていない!
「どうしたんだ、一体」
「きっと恋をしたんだよ」
「……おでんに?」