第一節第七話 炎と水は混じり合う
ドンナーに鎖を外してもらい、唯一損傷が酷くない(なぜ他の部屋はあんなにぶっ壊れているのだろう)シュバルツの部屋の前まで来た。
それにしても緊張する。この中にヴァッサーがいると思うと入りずらい。ドンナーはバーの営業があるから後はお前に任せたとか言ってたが、囚を一人にするというのはどうなんだ? 一応、仲間ではあるが私は罪を犯している。そこをどうにかしてほしいものだ。
「おや、どこの誰かと思えばキミか」
不意に声を掛けられたので、声がした方を見る。
そこには作業着を着て、ヘルメットをかぶったシュバルツがいた。
「随分、違った仕事をなされて……」
「これはだな。ただ自分のやった事に対して責任を持ってやっているだけだ。キミとは違ってな」
シュバルツは私に向かって少しムカつく答え方をしてきたが、別に言い訳をしようとは思わなかった。
「で、キミは何をしに来た?」
「ああ、私はヴァッサーに謝罪をしに――」
「ほう。散々痛めつけたというのにノコノコと謝罪とはな。炎の幹部が聞いてあきれる」
はあ……。本当にそうだ。シュバルツの言うとおりではあるが、何か心に傷がつく。自分の行動・言動でこんなに傷つくことはおそらくもう無いのだろう。
私は壁に頭を打ちつけながら反省した。
そんな私を見てかシュバルツは言葉を進めてきた。
「……まあ、キミもおそらく反省しているのなら良い。さあ、早く中に入りたまえ」
私はシュバルツに言われるがまま部屋に入った。
「キミ、一つ疑問なんだがいいか?」
「ああ、何だ?」
「なぜ靴を脱がない?」
シュバルツは少しキレ気味に言った。
しまった、しまった。さっき頭を打ちつけていたものだから、目の中に血が入ってしまって周りが見えなかった。
「すまない。視界が悪くて」
「そうなのか? ボクは文化の違いなのかと思ったが……」
文化の違いとは? この世界にそもそも文化など無いのだが……。あるとすれば、悪の幹部が発足されているくらいだ。
私は靴を脱ぎ、寝室と思われる部屋のドアを引く。
するとそこには、ゴスロリ衣装を着てベッドに横たわるヴァッサーとナース服を着てヴァッサーの話し相手をしているヴィントがいた。
私とシュバルツは数秒間、唖然とした。
「これはなんという……」
これはなんというコスプレパーティなのだろうか。今のシュバルツもある意味コスプレと呼べる。わ、私もコスプレをした方が良いのか? いや、それでは目的が違った方向に行ってしまうから止めておこう。それに画が痛いだろうからな。
「あれ? シュバルツちゃんもう作業終わったの?」
椅子に座りながらヴァッサーと雑談をしていたであろうヴィントが振り向き、シュバルツに聞いてくる。
「いやまだ終わってはいないが……って、そんなことよりキミ達は一体何をしているんだ?」
「コスプレ」
「見れば分かる! ボクが聞きたいのは、どんな過程でここまでに至ったということだ!」
「いや……。暇になっちゃって、シュバルツちゃんに会いに来たんだけど居なかったから……」
「そして、目に付いたクローゼットを開いたらコスプレ服がいっぱいあって着てみようと?」
シュバルツは目を細めて問い詰めた。幹部の中で一番小さいが中々迫力があるな。闇の幹部を名乗るだけはある。
しかし、この後、予想もしなかった人物から答えが出てくる。シュバルツにも、私にもそれは予想外、斜め上からだった。
「いや、それを提案したのは我だ」
出入り口の戸を開き、自ら申告してきたのは、悪の組織内で最強の幹部、情の幹部であり、悪の幹部且つ悪の組織を取りまとめる首領、アイ様だった。しかも、アイ様までコスプレをしておられる。なぜ体育着なのだろうか。
アイ様はゆっくりと部屋の中に入ってきた。
「あ、アイ様だったのですか?」
シュバルツが強張った口調でアイ様に聞く。
「ああ、そうだ。何だ? 我に見られて不満かシュバルツ?」
「い、いえ。むしろ意外だったので……」
「そうか。それより、修理の続きはいいのか?」
「た、直ちに作業に戻ります!」
シュバルツはそう言うと、部屋の外に出て行ってしまった。アイ様には誰も逆らえない。悪の幹部は力関係で動いているのが見てわかる。
「おい、しょうもないことを考えているなフランメ」
「申し訳ありません、アイ様」
「我の能力をお忘れかな?」
「いえいえ、滅相もございません」
私はすぐさまアイ様に謝った。
アイ様の能力の一つである感情視察は常に働いており、いついかなる時も相手の心を読むことができる。無論、こうして私が説明しているのもアイ様にはお見通しなのだ。
「そうかならいい。では、我はこの辺で失礼させてもらう」
アイ様はそう言うとまたゆっくりと歩き始め、部屋から出て行った。
「アイ様、わたしがお送りいたします」
「うむ、すまないなヴィント。それから言い忘れていたが、フランメ、それとヴァッサー。子供の喧嘩事も体外にしておくのだぞ。我は醜い同士討ちは嫌いだからな」
アイ様は私とヴァッサーにエールのような言葉を送ると、ヴィントと一緒に部屋から出て行ってしまった。
部屋の中に漂う気まずい雰囲気。沈黙の領海といっても過言ではない。
ここは何としても私が話を振るべきなのであろう。しかし、変に話を振ってこれ以上関係が離れたら仕事に関わる。というよりも、まず何から話すべきなのであろうか……。謝罪から入ろうとは思うのだが、しかし、それでは今までより下に見られるのではないか? そういえば、元々は誤解だというのに首を突っ込んできたヴァッサーのほうが悪いのではないかという見方もできることに気付いた。だったらこちらから謝る必要はないのではないだろうか。……いや、それはやめておくことにしよう。男しての私がそれを許さないと反対している。ここは腹をくくって謝っておくのがいいのかもしれない。いや、謝らせてもらおう。今すぐに。
私はヴァッサーの顔を注視して、そして、
「申し訳なかった! (ごめんなさい!)」
私は一瞬何が起こったのかわからなかった。そしてそれは、ヴァッサーも同じなのだろうと瞬時に思った。
「何故謝った?」
「……アナタこそ」
私とヴァッサーは互いに聞いた。
「私はあの時の行いが行き過ぎたと判断している。だから、ヴァッサー。君にあやま……謝罪させてもらった」
ヴァッサーは私の謝罪理由を聞くと、「はぁ……」溜息をついた。
これで許してもらえたとは到底思えない。いや、思ってもいない。
「まあ、確かにあの時は少しワタシもアナタに厳しくしすぎたかもしれないわ……」
ヴァッサーは反省の顔でそう私に言った。
ゆ、許してもらえたかというのか? では、これでまたいつも通りに……。
私は安堵の溜息をつく。
「けれどねッ! これ見てッ!」
ヴァッサーはいきなり怒りを私にぶつけると、首元を見せつける。
「アナタがあの時、炎の手で首絞めるから火傷しちゃったのよッ!」
ヴァッサーの首元はひどい火傷の痕で痛々しい姿に変わっていた。
「それは大変そうで……」
「何その他人事のような言い方ッ! 一生残るかもしれないのよッ!」
何だと……。それはちょっと加害者である私からでも悲惨だ。何とかしなければ……。
「すまない……」
「謝って治るようなものじゃないのよッ!」
「申し訳ない!」
「丁寧な言い方にしただけじゃないッ! いい? よく聞いて。許してほしかったら――」
ヴァッサーは一息吸い込むと、私の肩に手を置いて、
「――これから毎日、ワタシの隣にいて。ずっと隣にいて。そして私に尽くして」
穏やかな表情で、優しくそう私に命令を下した。
「……仕方がない。私は命令には逆らえないからな。見て驚くといい。私の完璧なる看病と治療をなっ!」
私は忠誠を高らかに誓った。
「どうやら、うまくいったみたいだな」
王座に付いたアイ様は、どことなく嬉しそうにそう言った。
わたしが思うには、フランメくんとヴァッサーちゃんも事なんだろうなぁ。早く仲直りした二人を見てみたい。
「それよりもこの服装もいいな」
「そうでしょ! それはわたし用にシュバルツちゃんが作ってくれまして」
「……」
アイ様は無言になっちゃいました。しかも、どうしてでしょうか? わたしをずっと見てきます。
「何かありましたか、アイ様?」
「いや、これを着た幹部の姿を見てみたいと思ってな。つい想像をしてしまった」
アイ様が少しだけわたしとシュバルツちゃんの仲間に入ってきてくれました。良かったね、シュバルツちゃん。