第一節第五話 修羅場の炎はまさに……
修羅場というのは突然やって来るものだ。それはいかなる場合の時でも、だ。通勤時間に間に合わず遅刻したり、取引先でへまをしたり、ましてや恋愛で言動や行動で失敗する者もいる。そう言う時にあらかた修羅場は自分の所に回って来るだろう。
また、自分以外の者が口を滑らしたりすることでも修羅場はやって来る。情報が何らかの形で漏れ、それが近所に出回り拡散される。今では、パソコンやスマホの普及により全世界に拡散する方が正しいのかもしれないが。
そして今、私が立っているこの状況こそ修羅場とも言える。
地面に建てられた一本の鉄パイプに、ヴァッサーが作りだした水の鎖により手を止められ、どうすることも出来ない私だ。
能力を使い逃げ出すことも出来るにはできるが、私の属性とヴァッサーの属性とでは相性が悪い。簡単には逃げることはできないだろう。まして、今ここで能力を使えばさらに怪しさが増すだけなので、逃げるという事はまず私の辞書には無い。選択肢にも無い。そして、運命にも無い。正々堂々と尋問を受けるつもりだ。
「さて、フランメぇ? 今までのあの子とのやり取りを話してもらえるかしらぁ?」
右手に持った黒い鞭をしならせながら、脚を組むヴァッサー。そして、いつも通り無色のマントを羽織っている。
尋問の時間がやってきた。
落ち着け。何もむきになって言う事でもない。ただ真実を言うだけだ。ありのままの事を言うだけでいい。頼むぞ、私。
私は自分に気合を入れて尋問に臨んでいった。
「まず、なんであの子と一緒にいたの?」
「それは……仕事だからだ」
「それは分かってる。ワタシが聞きたいのはなんであの子といつも一緒なの?」
少々むきになりながらヴァッサーが訪ねてくる。
「私の担当している世界がたまたまあそこだった。ただそれだけだ」
「じゃあ、なんであの時ここにあの子と一緒にいたの? おかしいでしょ?」
ヴァッサーは少し興奮気味に訪ねてきた。
興奮気味というより、怒り気味なのかもしれない。が、今の私にはそんなことあまり関係ない。仲間から尋問をされている時点で問題なのだから。
「あの時とは?」
「ほら、フランメがあの子と一緒にバイクに乗っていたじゃない?」
「あれはバイクではなくランスで――」
喋っている途中で強烈な鞭が顔面に飛んできた。おかげで、頭から血が流れ出てきた。
「……ふざけないで。ワタシだってこうしてあなたを問い詰めたことしたくないんだから」
ヴァッサーはいつにも増して真剣に、本気に、本意を告げた。
頬には赤みが増し、鞭を持った右手はプルプルと震えている。目には涙を浮かべ、今にも泣きだしそうだ。
ただこちらもふざけているわけではないのだが……。ただ、私も真剣に尋問を受けることにする。少しふざけていたような気もしたし、何より仲間の、女性の泣き顔はあまり見たくない。
「もう一度聞くわ。なんであの時、ここにあの子と一緒にいたの?」
「……人間界まで一緒に行くはずだったが、彼女が飛び間違えてここに来た」
ヴァッサーは驚き、「え……」という声を漏らした。
「……あの子となら行動してもいいの?」
「敵同士だが、一緒に行動しても問題ないと思った」
ヴァッサーの目からついに涙が噴出された。
「……ワタシの時は毎回嫌がるのに、あの子は良いってこと?」
「そう言うわけじゃない、が……」
私は改めてヴァッサーの顔を見た。
くしゃくしゃだった。私に対する悔しさと自分の哀れさが混じっていた。
涙は勢いを増している。それでも私を見つめることだは止めなかった。
あの時誓ったことを私はもう破ってしまった。彼女を、ヴァッサーをもう泣かさないという誓いをいとも簡単に、容易く、何の前触れもなく私は破り裂いてしまったのだ。
「すまない」
「……謝ったつもり?」
私は、今この偽りの感情でしかない感情をできるだけ謝罪の言葉に想いをこめた。
しかし、ヴァッサーの胸にはこれっぽっちも響いていない。
「申し訳ない」
「それでいいと思ってるの?」
「申し訳ないと思っている」
「思っているだけでしょう? うわべだけの謝罪はもう止め――」
「違う!」
「違くない!」
とっさに私の何かにヴァッサーの発言が触れた。
その発言に対し、私はすぐに反応を怒り返した。だが、それに負けずヴァッサーも怒り返す。
「あなたはいつもそう! 自分の行いが悪かったら、謝るだけ謝って! 理由なんて何も言わないじゃない!」
ヴァッサーは涙を流しながら怒りをぶつける。
「……ふざけるな」
「は?」
「ふざけるなと言ったんだ」
「何でワタシがあなたに言われなきゃいけないの!?」
ヴァッサーは私の発言に対し、怒った。
ふん。むしろ怒りたいのは私の方だ。
「毎回思っていたんだ。……君の行動、言動が本当にうっとおしかったんだ」
「ワタシあなたに嫌われるようなことした?」
「ああ、したさ。毎日のように。君の過激すぎる私への接触、嫌がらせとしか思えない行動、そして怒りを仰いでいるとしか思えない言動……そう、私は最初から君が嫌いだった」
私は心から嫌に思っていたこと全部を吐きだし、ヴァッサーに殴りつけるように言い放った。
「な、なんですって……。この……っ」
ヴァッサーは怒りが頂点にたまったのか、鞭を思いっきり振り下ろそうとした。が、
「そうはさせないっ!」
「ぐっ!」
私はすぐに左手を悪魔の手に変え、弾き飛ばす。水の鎖は怒り任せにぶち壊したため、原形を保たず地面でぐしょりと濡れて落ちている。
ヴァッサーは私が鎖を壊せるとは思わなかったのか、驚いている。
「ぞ、属性での相性なら――」
「関係無いっ!」
「うっ……」
私は左手でヴァッサーの首を絞め持ち、そのまま宙に揚げる。
ヴァッサーは苦しいのか、足をバタつかせもがいている。
「くる……しい……助けて……」
「これで終わりだ……さらばだ、ヴァッサー」
「あっっ」
私は左手の悪魔の手に炎を纏わせヴァッサーを焼き絞め殺す体制に入った。
これで終わる。本当に終わる。苦しかった生活がついに……。私はうれしいぞ、ヴァッサー。一番憎かった相手を殺せるのだからな。さらばだ。
止めをつけようとした時だった。
「そこまでよ!」
ヴァッサーの部屋の扉が勢いよく開き、張り込んでいたのだろうかヴィント、ドンナー、シュバルツらが特攻をしてきた。
ヴィントは周りに風の刃を作り私の左腕に向かって放ってきたのだった。
邪魔が入るとは思っていなかった。完全に油断していた。ここまで対策しているとは……。殺すまで時間をかからせてくれる。
「ぐっ!」
私の左腕に見事なほど風の刃は命中し、私はヴァッサーをつかんでいた手を離してしまった。
苦しみから解放されたヴァッサーは地面に落ち、せき込み、息遣いが多くなっていた。
そんなヴァッサーにシュバルツが駆け寄る。
「大丈夫かキミ?」
「……え、ええ問題な――ううっ!」
ヴァッサーは唸りを上げた。
私の相手をしていたヴィントが心配そうにヴァッサーに近寄る。
「大丈夫じゃないわ。早くわたしの部屋へ――」
「そんなことしてる場合じゃないわ! 一刻も早くフランメを――」
そんな状態になっても私に挑もうとするヴァッサー。
こんな所でそんな健気さを出すとは。殺す気も失せてくる。が、殺すがな。
「一回ちょっと眠ってくれヴァッサー姉さん。ほい」
「ううう……」
ドンナーが首に巻いていた白いマフラーから小さな雷が放たれ、ヴァッサーに命中する。
そうすると、ヴァッサーは一瞬しびれたように体を震わせ、そして地面にパタリと音を立てて眠ってしまった。
「これはちょうどいい。殺すのが楽になった」
「キミも少し黙っていてくれ」
シュバルツがうっとおしそうにこちらに手をかざした。
「来い、べーゼエンゲル」
シュバルツは自信の相棒と言っていい黒い大鎌を召喚する。
すると、部屋の壁を何回も突き破り、轟音を鳴らしながら主人のもとに駆け付けた。それを華麗に左手でキャッチし、こちらに構える。
駆け付けた風圧により、シュバルツの黒いミニスカが揺れている。
ベーゼエンゲル。それが彼女、シュバルツの最凶の武器であり、能力である。
普段は巨大な百足の姿をしており、気持ちが悪い。が、彼女に召喚されると大鎌となり彼女のもとに駆け付ける。そして彼女は、自分の背丈を軽く超えるその大鎌を悠々と使うのだ。
「いい子だ。さあ、少し止まってもらうぞ」
「何を言ってい……」
私は喋っていた。喋っていたはずなのに突然発声することができなくなってしまった。発声だけではない。行動も、思考も、感情も、そして自分を意識することも出来なくなってしまった。
完全に停止したフランメを確認しシュバルツは構えをやめる。
「よし、ひとまず退散するとしよう」
「シュバルツちゃんも手伝って~」
「なっ!」
一瞬で終わった戦闘を終えシュバルツは警告し、後ろを振り返る。
すると、そこにはヴァッサーを必死で抱えようとするもまったく持ち上げられていないヴィントの姿があった。
「そのくらい持ちあげられるだろ!」
「だって私、力無いし~!」
「弱音を吐くな! 人間界で任務をしている時の威勢はどうした!?」
シュバルツが猛烈なツッコミを入れる。
「そんなの知らないよ~! いいから早く~!」
「分かったから嘆かないでくれ! ボクが間違ったみたいじゃないか! そして、ドンナーは! なぜ彼はいない!」
「バーの仕事があるからって言って行っちゃったんだよ~!」
「はあっ!?」
驚愕すぎる答えだった。
「仕方がない。ベーゼエンゲル、キミは僕の部屋に戻っていてくれ」
シュバルツは持っている大鎌、ベーゼエンゲルに命令を下した。
命令を貰ったベーゼエンゲルは大胆に天井を崩し、そのままシュバルツの部屋に飛び去ってしまった。
「修理大変そうだね~」
「人ごとみたいに言わないでもらえるか!?」
「だってシュバルツちゃんの責任でしょ、これって?」
「まあ、否定はできない……」
シュバルツは考え込むような仕草で納得した表情を浮かべる。
「あと、今日の寝床はシュバルツちゃんの部屋ね~」
「なんでそうなる!?」
新たな修羅場がここに生まれた。