第一節第四話 炎は萌え過ぎ、黒水に包まれる
次の日のことだ。私はヴァッサーにシュバルツから聞いたことを素直に話した。
私が今思っている事、そしてこれから私がやるべきことを。ヴァッサーはそのことを聞いて、少しがっかりはしていたが、
「まだ私はあきらめてないからそのつもりでいてね? フランメぇ?」
と、これからもよろしく的な感じで問われた。まあ、泣きながら恨みの言葉を言われるよりは全然良いので気にはしていない。
だが、これからも前と、もしくは前よりも同じように付きまとわれるのは、、私としては嫌だ。幹部の中で一番人づきあいがうまくない私にはあまり嬉しいとは言えない。
とにかく、とりあえず、ヴァッサーの元気が戻ったのが何より良い事だと私は思う。
そして話は変わるが、私は今、人間界にいる。
理由など一つだけだ。今度こそ燃やして燃やして燃やしつくす。ただそれだけだ。それだけのことなのだが、私を妨げる奴がいる。
「フランメさん? どうですか? 今日の家庭科の時間に作ったのですが?」
「いや、問題ない。むしろ、このくらいの味が私には合っている」
そう、言わずと知れた正義の味方『冒険ガール』である。いつもと同じ白いヘルメットをかぶり、白いバイクスーツを着ている。
そして、テーブルの上には冒険ガールが作ってきたクッキーが出されている。そう私と冒険ガールは今、とある公園の休憩所で食事を兼ねて談笑をしている最中だ。
正義の味方を倒すのは悪の幹部の最大の試練であり、最大の任務でもある。
今ここで冒険ガールを倒したい。倒してあげたい。いや、むしろ倒されたい。
……なにを思っているのだ私は!いかんいかん、冒険ガールの作ったこのクッキーのせいなのか、あるはずのない感情が高ぶってきている!恐るべし冒険ガール!毒を盛るとはさすがだ冒険ガール!
私は魔法陣から愛用のティーセットを取り出し、紅茶をカップに汲む。
「しかし、なぜ君は私に優しくするのだ? 敵同士だというのに」
私は紅茶が汲まれたカップを口に運び、冒険ガールに質問をする。
すると冒険ガールは手を膝の上で組み、体をもじもじさせながら答えてくれた。
「私はその……フランメさんが悪い人には見えないんです。むしろ人に気を使ういい人だと思ってます。それで、こういう人は生きていた方がいいと思うんです……」
ふおぉぉぉ!鼻から血が2リットル近く噴き出した。
なんなのだ、この胸が締め付けられる感じは!しかも、締めつけられているのに全然痛くない!むしろ包まれるように丁寧に締めつけられていると言えるぐらい不思議な感覚だ。やはり冒険ガール侮れぬ。
「フランメさん? 大丈夫ですか? 血が尋常じゃない気が――」
私の尋常じゃない出血を見て冒険ガールが心配そうに語りかけてくる。
ヘルメットをかぶっているので表情はわからないが、きっとヘルメットの中にある綺麗な顔はすごく愛らしいのだろう。
そんなことを思ってしまったら、私の鼻から出ている鼻血の勢いはますます増してしまった。それはまるでジェット水流のよう。
「いや、問題ない。君がそう気を使う事ないのだよ」
「でも、そのままじゃ……。ティッシュでも詰めて――」
そこまでして私を想ってくれているのか。だが無用だ冒険ガール!
「君の手が血だらけになってしまうだろう。もし君の手が血だらけになってしまったら、その白く綺麗な手が紅い血で目立ってしまう。しかし、私なら大丈夫だ。炎の幹部だからな!」
「答えになっていない気が……」
鋭いツッコミをしてくるではないか冒険ガール。だが、そこがいい。彼女なら、ツッコミの中のツッコミ、ツッコラーになれるだろう。……はっ。私としたことがつい気を取り乱してしまった。改めて考えると冒険ガールはやはり恐ろしい存在だ。早く、消しさらなければ。
「でもやっぱり処置はしないとダメですよ。今差し込みますから」
「そんなことより君、こういう時も常にヘルメットはかぶるのだな」
「はい、正義の味方として働いている時は常にかぶらせてもらっています」
「はずさないのか?」
「外す気はありません。今こうしていますけど、やはり敵対していますから素顔は……」
ふむ、少しつまらない。今までの話のパターンからだと話しそうな感じだったが、やはりその辺の所はしっかりしているらしい。いや、そうでなければ困る。我々悪の幹部もそうでなければやりがいがない。
私は汲んだ紅茶を再び口に運び、一息ついた所で席を立ちあがった。
「ここからは仕事に入らせてもらう。覚悟してもらおう、冒険ガール」
「望む所です。そうじゃないと給料入らないので」
私は左手を悪魔の手に変え、冒険ガールはバイクをランスに変え、それぞれ構えをとった。
あれだけにぎやかに公園で遊んでいた人間の子たちが、皆こちらに注目する中、私達は牽制した。
「(さあ来るがいい冒険ガール! 貴様の攻撃方法はまだ知らないが、おそらくあの時のように投げてくるのだろう……。さあ早く投げてこい!)」
「(フランメさん、なんていい構え方。クールでイケメンで、さらに構え方も綺麗だとは……。手の付けようがないです! さすがです!)」
私達は、牽制し続けた。
周りには子供だけではなく、大人の姿も見えてきた。「特撮の撮影じゃね?」とか、「あの人たち変な人だから近付いちゃダメ」だとか、警戒する者、興味を持つ者、いろいろな感情を持つものが周りに集まった。
あまり人には見られたくないものだ。普段はこんな昼間から活動をする私ではない。今日は化のじゃから電話がかかり、誘われたて来たのだ。なぜ彼女が私の電話番号を知っているのかわからないが。
「えい」
「なっ」
私は少々考え事をしすぎたのか完全に冒険ガールに不意を突かれてしまった。左手を変化させていたものの、ランスで手の甲を切られてしまった。傷口からは血が出てきている。
だが、これで攻撃方法がだいたいわかった。今度はこちらから行かせてもらおう。
「ファイアヒーリング!」
「回復できたのですね」
私はすぐに攻撃――ではなく回復をした。攻撃をくらったまま突撃するのは愚か者がすること。真の戦法は、回復からの攻撃。これが新たなスタイル。
回復もした所で次は攻撃を行う。いや、次からは攻撃に徹するとでも言っておこう。
「くらえ、ヘルボール!」
「二回行動は反則です! ポケ○ンにもありません!」
「何の話だかわからないが、いくぞ」
私は手の上に作りだしたヘルボールを冒険ガールに投げつける勢いで振り下ろそうとした。が、その時だった。両者予想もしなかった事が起きたのだ。
「君達、ちょっといいかな?」
「なんだ貴様ら?」
見物人の群れをかき分けるように二人の男性が我々に接触してきた。
どちらの服装も同じで、ボタン付きのジャンパーに、ピシッと決められたスーツ型のズボン。色はともに紺色で、腰を締めている黒いベルトの脇には拳銃のような物が下げてある。そして、金色の紋章が目立つ紺色の制帽をかぶっている。
私はこの姿の人間に初めて見るのでどんな奴らかわからないが、冒険ガールはこの人間たちの事を知っているらしい。その証拠に、足と手が震えている。
「貴様らとはお兄さん、言葉の使い方には気を付けようか?」
「ん、なにを言っている。私は悪の幹部だぞ? 貴様らより、地位は上だが?」
「悪の幹部が私達より地位が上なはず無いだろ。私達は警察ということをお分かりかな? 新入り、そちらのお譲さんの相手をしてくれ」
こいつらは『ケイサツ』と言う人種らしい。中々人間界も複雑でおもしろい。私よりも地位が高いのなら殺しがいがあるものだ。
「先輩! こちらの方、刃物に血が付いています!」
「……署まで御同行願えますかな?」
どうやら冒険ガールはこいつらの目的行動を知っているらしい。今は一旦こいつらの言いなりにでもなろう。だが、それが終われば……。
「本当に申し訳ありません!」
私と冒険ガールの隣では黒いスーツに無色のマントを手に持ったヴァッサーが謝罪の言葉と共に深くお辞儀をしている。
そう、今こうして悪と正義は合同で『ケイサツ』ではなく、『警察』と言われる職務についている人間に指導を受けていた。
ではなぜヴァッサーがここにいるのかと言うと、警察がご家族の方を呼びここで話し合いをさせてくれと言うので、仕方なく呼んだ。ヴァッサーでなくてもよかったのだが、他の幹部を呼ぶと冒険ガールに顔がバレてしまう。それは冒険ガールも同じなようで、彼女の親や協力している組織がバレる。こちらとしてはうれしいが、公平ではないのは好きではない。と言う事で、どちらも知っている人物、ヴァッサーに代理を務めてもらった。
「まったく、家の方でも指導お願いしますよ。昼間から公園で火遊びして、しかも、刃物を振り回して怪我もさせてるんだからちゃんとお願いしますよ?」
「はい、本当にすいません……」
「お前らも公園で喧嘩すんじゃねえぞ?」
「「申し訳ない(すいません……)」」
反省の言葉を言い、私達は解放された。
警察署から出ると、もう外は暗くなり街灯がともり始めている。通行人も帰宅途中の者がほとんどだ。
ヴァッサーは外に出ると手に持っていたマントを纏って私の耳元に近づき、ふくれながら聞いたきた。
「なんでまたあの子がいるの?」
「彼女はどうやらこの世界の正義の味方だったらしい」
「でも、なんで公園なんかにいたの?」
どうやらかなり怒っているらしい。その証拠に紺色の長い髪の頂点に立っているアホ毛が左右に激しく揺れている。
「彼女が話があると言ってきた。それで話す場所があそこしかなかった」
「でも、あなたは私を……」
怒りで声が震え、今にも泣きだしそうにヴァッサーが言いかけた時だった。
「あのヴァッサーさん」
「な、なに……?」
唐突に冒険ガールがヴァッサーに尋ねてきた。そして、かぶっていたヘルメットを取り外したのだった。ヘルメットを外した冒険ガールの素顔は、雪のように白い肌の上に、長い銀色の髪の毛がゆっくりと落ちていた。
「あの……今日はすいませんでした。関係ない事に巻きこんでしまって……」
「い、いや……そんなに気にしてないから大丈夫、よ?」
ヴァッサーが私を睨みながら冒険ガールにそう言った。
正直、素直に、直球に言うと、怖い。ただただ怖い。
「で、でも……」
まだ謝り足りないらしいがそろそろ帰る時間だ。悪の幹部内では異世界にいられるのは8時間だけだ。
「冒険ガール。今日はもうこれで終わりだ。明日また違う所で戦闘をしよう。次は殺す気で行くから覚悟して待っていることだ」
「は、はい! 明日もまた手作りの物をお持ちして待っていますね」
「(あっ)」
冒険ガールが私を殺す呪文を言い放ってしまった。
私の左肩がミシミシと音を立てながら苦しんでいる。その原因は、怒りで、考えるよりも手で握りつぶそうとしているヴァッサーだ。顔は怒り顔ではなく、満面の笑みに近い。
「あとで詳しく説明してちょうだいねぇ? フランメえぇぇぇぇ?(ニコオォォォォ!)」
私の隣で水の悪魔が誕生した。
私はヴァッサーの手を引き、急いで悪魔界に帰り立った。
「(この人たち、やっぱりいい人ですね。それに何だかお似合いに見えます❤)」
そんなフランメとヴァッサーを見て、今日も楽しかったと考える冒険ガールだった。