第一節第三話 白は水をのみ込み、炎は萌え始める
「えっ……どうしてここに、正義の味方がいるの?」
ヴァッサーは目を丸くし驚いている。というよりも、危険を感じているのだろう。それがアホ毛からも読み取れる。今の彼女は武器にもなる万能なあのマントを纏っていない。よって今のヴァッサーは自分で自分を守ることができない。
「まさか、悪の幹部ですか?」
「えっ、ええ、そうよ。私は水の幹部・ヴァッサー。覚えておくがいいわ、正義の味方さん」
「では、わたしもお仕事をさせてもらいます。フランメさん、ですよね?降りてもらっていいですか?」
「あ、ああ構わないが、いったい何を?」
冒険ガールはそう私に指示をした。指示を受けたので私はすぐに降り、こっそりとヴァッサーの方に向かった。
「では、いかせてもらいます」
冒険ガールはそう言うと、バイクをランスに変化させ、ヴァッサーに向けて構えた。
このままでは、ヴァッサーが瞬殺されてしまう。それだけは何としても避けたい。
「どうやら、やる気みたいね……」
「ヴァッサー、今の君では冒険ガールに太刀打ちできない。私が――」
「いや、いいわ。名前を名乗って喧嘩売ったのはワタシだから、責任もって私が相手になるわ」
ヴァッサーはそう言うと、冒険ガールの前で腰に手を当て、胸を張り立ちはだかった。
「どこからでもかかってきなさい!」
「では、ここから」
ヴァッサーがそう宣言すると、冒険ガールはランスを持ってテクテクと近付いてきて、ヴァッサーの脇腹に思いがけない事をした。
「どうですか?」
「うっ……こんなの……ワタシにはぜんぜっんぅぅぅ……効かないんだっぁぁぁ……んっ~。んんんっ~! くっ、ぷははははは!!!」
冒険ガールはヴァッサーにこちょこちょ攻撃を炸裂していた。それにはヴァッサーも耐えきれず、思いっきり笑ってしまっている。彼女のアホ毛も踊りに踊っている。それにしても、やはり冒険ガールだ。私の斜め上の行動をしてくるな。さすがだ。
「どうですか、戦うのあきらめてくれますか?」
「はぁ……はぁ……こんなんで、諦めるわけなっあっはははははんんんん!!!」
なんか見てもいいのだろうか。非常に悩まされる。こんなヴァッサー私は本当に見てもいいものなのだろうか。ヴァッサーは笑いすぎて、耳まで赤くなっている。
「はぁ……はぁ……はぁ……仕方がないわねぇ。今日の所はひとまず見逃してあげるわ……」
「よかったです……あと、ついでにメアドを交換してくれませんか?」
悪の幹部に対してこちょこちょをしたついでにメアドまで交換してくれと言うのはどうなのか。私達には、感情など真似事でしかないというのに……。冒険ガール、やはり貴様は冒険ガール。
「なんでアナタにメアドを教えな……わかったわ、交換するわ。だから、その構えをやめて」
ヴァッサーが言った通り、冒険ガールは右手の指を器用に動かしている。これはもう願いでも何でもない、ただの脅迫だ。恐るべし正義、冒険ガール。
「ありがとうございます。これでメル友ですね」
「「メルトモ?」」
ヴァッサー、そして私は聞きなれない言葉に困惑した。
メルトモとは一体?やはり、人間という生物は我々にはわからない感情を知っている。その感情、早く消さなければ。
「では、また明日どこかの世界で会いましょう。さようなら、フランメさん。それとバッサーさん。いい子にフエラムネでも食べて待ってて下さいね」
そう言うと、速さ0.1秒で自分の世界に戻って行った。冒険ガールのことだから無事にたどり着けるかわからないが。
「(アクセントが違う……)」
「(フエラムネとは一体……)」
私達は、そのまま10分立ち止まったままだった。言葉の意味を考えるように。
悪魔界深夜0時5分。私は幹部専用の寮にある自分の家で今日あったことをひたすらパソコンに記録していた。
今日、私はとんでもない事をしてしまった。まずは、いつものだ。行き先を間違い、シロワニにかみ殺されそうになった。正義の味方でもない奴に殺されそうになった。
次に、謎多き冒険ガールについてだ。彼女は何を考えているかわからない。それはメットをかぶっているからなのかもしれないが、とにかく行動パターン、性格、言動、趣味思考がわからない。
最後に、彼女の素顔についてだ。彼女の顔は先程のとおりメットをかぶっているため把握できない。が、たぶんだ。たぶん、色白だと思われる。彼女のバイクに乗っていた時だ。彼女のメットから居心地のいい、まるで春の花のようなにおいがしたのだ。……そんな事はどうでもいい。首筋にスーツで隠せていない所があったが、その色が白だった。と、言う事は、だ。彼女は間違いなく色白で――
「ものすごくかわいい美人なのではないかと妄想をさせてくれる。恐るべき冒険ガール。まんまと私に感情を見せつけてくれた。彼女こそ本当の――」
「なんで貴様が私の部屋にいる?」
私は書くのに必死で気を取られていたのか、まだ黒いスーツ姿ののヴァッサーが入ってきたのもしらずに書いていた。その書いた文章をヴァッサーが口に出して読んでいるのだから恥かしい。というよりも、なぜヴァッサーがいるのかがわからない。
「戸が開いていて忍びこんでみたら、アナタが熱心にパソコンを打っていたのでそっと近づいてみたら、なにやらおもしろそうなことを書いていたのでつい読んでみちゃった。てへ❤」
「『てへ❤』ではない。焼ける用意はできているか?」
「まあそんなにいいなさんなって!!」
「おい!」
ヴァッサーは私を巻き込むように地面に倒れた。私は重みでそのまま一緒に倒れ込んだ。
そのとき、彼女の口から独特の匂いがした。
「この匂いは……デビルウオッカか?」
「ううう……おさけもういっぽんついかで…………」
「寝てしまうのか、この状態で……」
どうやら彼女はアルコール濃度が230%のデビルウオッカを飲んだらしい。普段自棄酒しない彼女が一体なぜ……
「あっ、ここにいたのか彼女は」
「貴様も勝手に入るのか?」
「ボクは勝手に入ってきてはいない。彼女と一緒にしないでもらおうか?」
悪態をつきながら私の部屋に入ってきたのは、闇の幹部・シュバルツだ。彼女は、闇の幹部らしくプライドが高い。しかし、人とはあまり付き合いはしない。そんな彼女がなぜヴァッサーの事情を知っているのか。
「彼女、なにやら酒場で君の事を言いながら泣いていたぞ」
「なぜ?」
「なぜって、キミも知らないのか? これだからキミは困る。ボクにあまり説明させないでくれるか」
もしかして、私が何かしてしまったのだろうか……。
シュバルツは、悪態をつきながら説明をしてくれた。
「キミが他の女に浮気をしたってボクに訴えてきたぞ」
「なんだと?」
私が浮気だと?その前に、私には恋人などいないのだが、一体どういうことだ。
「心当たりないのかもしれないが、一応、ボクの印象が悪くならないようアドバイスしてやる。……あまり彼女を泣かせるな。彼女、キミの事が好きなんだ。例え偽りの感情でも、キミの事が好きらしい」
ヴァッサーが今まで私に付きまとってきたのは、愛情表現だったのか……。そう思うと、今までの行動は全て私に対する嫌がらせではなく、むしろアピールだったのかもしれない。
「ではボクは帰る。彼女はキミがちゃんと付いてやれ」
シュバルツはそう言うとせっせと部屋から出ていった。
私は、酒に酔い寝ているヴァッサーに向かって静かに呟いた。
「今まで、私の事が好きだったのか……。私にはその気持ちの表し方もまだ付いていない。だから、私はヴァッサー、君の事がまだ好きでもないし嫌いでもない。だが、今回のようなことがないように、君を泣かせないように努力はする。だから、許してくれ、今までの私を」
私はヴァッサーをお姫様だっこし、自分のベッドに寝かせ、ゆっくりと部屋から出ていった。
「シュバルツちゃんも結構かっこいいとこあるんだね?」
「は? なにを言っている? ボクはただ話を聞いた借りを返しただけだ。断じて親切心などはな――」
「さてと、それじゃ私は夜の風にでも当たりに行ってくるわね~」
「おい! 話を聞いているのか!?」
部屋から出てきたら、シュバルツと風の幹部・ヴィントが仲良さそうに会話をしている。
シュバルツはヴィントの後を追うように外に出ていった。
今日の夜も悪の幹部は偽りだらけだ。