恋語りに至るまで 2
「それでは! ミュラさんの健康と無事を祈って! 乾杯っ!!」
「「「「「 乾杯~~っ!! 」」」」」
「ありがとう、皆。私の為に集まってこんな場を開いてくれて、嬉しいわ」
ミュラさんを囲んで、皆でカチィンッとコップを合わせる。
今日は、ミュラさんのお別れ会だ。
数日前、ミュラさんに辞令が出て、竜巻と豪雨による洪水などの災害で壊滅的な被害にあった土地の復興支援の為の増員としてその土地に赴く事になった。
数年は、帰って来れないらしい。
「ミュラさん、大変だと思いますけど、頑張って下さいね!」
「ミュラさん、お元気で! 絶対また、会いましょうね!」
「色々と、お世話になりました」
「これまで、楽しかったです!」
「ミュラお姉ちゃん! お土産話、楽しみにしてるね!」
「ミュラちゃん、これ、干物。食べ物も不足しているでしょうから、持って行って」
「体には気をつけてな、ミュラちゃん」
「ミュラさん、これは私から! チーズとバターとジャム、それと錬金術で作った薬類です! どうぞ持って行って下さい!」
「僕からはこれ。燻製。行ってらっしゃい、ミュラさん」
「ありがとう! 行ってくるわ。…………セイル? あんたは私に何か言う事はないの?」
皆の思い思いのお別れの言葉のあと、ミュラさんはセイルさんに視線を向けた。
セイルさんはこれまでずっと、一人、不機嫌そうな顔をしていた。
「……お前が他所へ行くなんて、今日ここに来るまで知らなかったぞ、俺」
「そりゃそうよ。あんたには言わなかったもの、私」
セイルさんはミュラさんを睨んだ。
対してミュラさんは平然とそう言い放った。
次の瞬間、ガタン!と音を立ててセイルさんが立ち上がる。
「何でだよ!? こんな、大切な事何で言わなかった!?」
「ちょっと、怒鳴らないでよ。いいじゃない、私とあんたは、ただの同僚でしかないんだから。……この話はいい機会よ。私はもうあんたの事なんか忘れて新しい恋を探すわ」
「なっ!?」
「え!?」
「ミュ、ミュラお姉ちゃん!?」
「……それ、本気? ミュラさん?」
「ええ、本気よ。だって、あれから何年経ったと思う? 未だにおちない男をこれ以上想ってたって、仕方ないじゃない。だから、もうやめるわ。私だって、結婚して、幸せになりたいもの。もう嫁き遅れもいいとこだけど、それでもいいって人、急いで探すわ」
「……っ!」
「あっ、セイルさん!!」
ミュラさんの言葉を聞くと、セイルさんは弾かれたように駆け出して、部屋を出て行ってしまった。
「……放っておけばいいのよ。さ、雰囲気悪くなっちゃったけど、気を取り直して続けましょ! もう一回乾杯し直す?」
「ミュラさん……」
出て行ってしまったセイルさんを気にしながらも、私達はお別れ会を続けた。
★ ☆ ★ ☆ ★
そして、数時間後。
用意した料理も飲み物も尽きて、そろそろ終わりかな、という頃。
「ミュラ!! 書け!!」
セイルさんが戻ってきて、ミュラさんの前に何かを突きつけた。
「え? ……ちょっと……何よこれ……?」
「見ればわかるだろう! 婚姻届けだ! 結婚したいって言うなら結婚してやる、幸せになりたいって言うなら幸せにしてやる!! だから書け!!」
「なっ……何よそれ!? 何で今更……っ!! 大体、これから離れ離れになるのにどう幸せにするって言うのよ!? 気軽に会える距離じゃないのよ!?」
「わかってる! 遠距離になるけど、クレハちゃんに親愛の水晶作って貰って、送るから! それ使って、毎日話そう! 出発の日までにお前と俺の両親に挨拶に行って、届け出そう! 式はお前が帰ったら上げる! それでいいだろ!?」
「なっ……なっ……!! 何が"それでいいだろ!?よ"!! 良くないわよ!! 何でこうなるまで何も言ってくれなかったのよ!? こんな、こんなムードも何もない求婚……っ!! もう!! このヘタレ!!」
「なっ……!! ヘタレはないだろう!!」
突然戻ってきていきなり求婚したセイルさんと、混乱したミュラさんの怒鳴り合いは、暫く続いた。
私達は呆れたような笑みを交わした後、そっとその場を立ち去った。
しばらくして、顔を真っ赤にして出てきたミュラさんとセイルさんの手は、繋がれていた。